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2 これはチャンス

『君にはすっかり騙されたよ。妊娠も出産も異様に早いとは思っていたが、浮気相手の子を孕んだ状態で私と結婚したなんてね……』


 久々に会った夫は冷めた顔で私を見る。


『もう君は必要ない。これからは彼女が君の代わりになるから』

『誰の子かわからないような子どもを王子として育てるわけには参りませんから、この子は私が責任をもって里親を探してあげますね』


 そう言って夫の連れてきた女性は私から可愛い我が子を取り上げた。


『やめて! 私の子を……アルヴィンを、連れていかないで』

『この女を捕らえて地下牢に閉じ込めておけ!』


 彼の指示で私は騎士に捕らえられ、地下牢に入れられた。


『ここで自分のしたことを悔いて死んでいけ。ルーシェ……』



 ――アルヴィンっ!!



 愛する我が子を取り上げられた過去の悪夢で朝、ハッと起きた。すると私を地下牢に閉じ込めるよう指示をした張本人が上半身裸で私の顔を覗き込んでいた。


「っ!」


 朝っぱらから瞳孔が開ききったような目で私を凝視していて、驚きと恐怖で息が止まるかと思った。


「起きた? おはよう、身体はどう?」


 私が辺りを見回すと、寝ていた場所は地下牢ではなく王宮の一室だった。

 そうだ。時間が巻き戻っていたのだったと思い出す。


「……おはようございます。身体は平気です」


 私が目を覚ましたところで彼の目は穏やかな視線に変わり、私はなんとか平静を装って返事をした。


「そう。なら良かった。悪いけど私はこれから公務に行かなくてはならなくて」


 エルティミオ様は寝台から抜けて「愛するルーシェと結婚した翌日だというのに、こう公務公務と予定がいっぱいだと嫌になるよね」とブツブツ文句を言いながらガウンを羽織る。


 ────愛するルーシェ……


 本当にそう思っているのだろうか……?

 一度目に言われたときは、頬を赤らめ胸を高鳴らせたその言葉が今では異様に薄ら寒いものに聞こえる。


「ルーシェは何も予定は入ってないはずだから、今日一日ゆっくり過ごして」


 本当は彼に色々と問いたいことがあるのだが、とにかく状況を整理してからでないと下手なことは言えない。

 私は「わかりました」と返事をして部屋を出ていく彼を見送るが、彼は扉に手を掛けたとき、くるりと私の方を見た。


「ねぇルーシェ、君もしかして……」

「? 何か?」


 私は少し首をかしげて彼の言葉を待つ。


「いや、いいや。行ってくる。できるだけ早く戻るから夜は待っていてくれると嬉しいな!」


 にっこり笑って弾むような声で言われ、なんとか「はい」と返事をしたが、今となっては彼のとびきりの笑顔も非常に怖い。



 彼が部屋を出てから鏡で自分の顔を見た。


「やっぱり私だわ……少しだけ若返ってる……?」


 鏡に映るのはステファニア公爵家のリナルーシェ・ステファニア。実は乙女ゲームの悪役令嬢。

 私は羽織っていたガウンを少しはだけてお腹を覗く。


「妊娠線もなくなってる」


 私は一度出産を経験しており、お腹が大きくなってきたころに下腹部に妊娠線が出来た。みっともないと嘆いた覚えがある。



 そんなことを考えていると侍女が部屋にやってくる。


「おはようございます、リナルーシェ様。お身体は大丈夫でしょうか。お着替えができるようならドレスを選びますが」

「おはよう、ナタリー。大丈夫よ。ドレス、選んでもらえるかしら」

「かしこまりました」


 そして侍女のナタリーは薄紫のドレスを選んで「これなどいかがでしょう」と見せてくる。

 その行動は一度目と全く同じだった。やはり私は人生を初夜からやり直しているらしい。


「リナルーシェ様? お気に召しませんでしたでしょうか」


 私が難しい顔をしていたせいか、ナタリーは不安げな顔をしていた。


「失礼、大丈夫よ。そのドレスでお願い」


 ナタリーは私の着替えを済ませるとお茶を用意して部屋を出ていった。



 私はソファに座って出産経験のない薄いお腹に手を当てた。

 アルヴィン。あなたに会いたい……!


 幼い我が子を思い出して、視界がジワリと滲む。


 そして吹っ切るように首を振る。

 いいえ、これはチャンスだわ……!

 私は一度目の人生には悔いがある。愛する我が子を取り上げられて地下牢で死ぬなんて二度とごめんだ。



 私はその夜、彼に抱かれた。


 彼は昨日、優しくしてあげられなかったから、と抱きしめて眠るだけにしようと言ったが、私は一度目と同じように「エル様に愛されたいのです……」と媚びるようにすり寄った。

 彼は私と肌を重ねて嬉しそうにしていたが、どうもその笑顔が胡散臭く思えてしまう。


「愛しているよ。ルーシェ」


 甘く囁かれ口づけされるとチクチクと胸が痛む。ここで一度目は「私も愛しています。エル様」と返事を返したが、今回はどうしてもその言葉は口から出てこない。

 言ってしまうと本当に彼を愛してしまいそうだから。


 二年後、私は彼に裏切られる。彼の愛が他の女性へ向くことがわかっているのなら、好きにならない方が賢明だ。


 彼のことなんて好きじゃない。

 そう思うのに彼に抱かれながら泣きたくなってしまうのはなぜだろう……。



     ◇



 あれから一週間、私は毎日彼に抱かれている。抱かれるたびに愛されていると錯覚して、胸が苦しくなるが愛する我が子に出会うためには避けて通れない道なのだ。


「リナルーシェ様。今、王太子殿下とリナルーシェ様のお噂がすごいのですよ!」


 噂?


 私は一度目の人生で、この噂というものにもかなり振り回された。

 ドキリとして冷や汗を掻きながら、涼しげな顔でナタリーに「どんな噂?」と聞いてみる。


「王太子殿下のリナルーシェ様への寵愛がすごいってお噂ですよ! 特に夜がすごいって……!」

「よ、夜……!?」


 そんな噂、一度目の人生であったかしら、と首をかしげる。


「ご本人を前に大きな声では言えませんが、絶倫とか、鬼畜とか……!」

「ぜっ……? きっ……!?」


 私は初めて聞いた言葉に息を呑む。

 一体なんでそんな噂が流れているのか。


「洗いに出された初夜のシーツは真っ赤に染まってぐちゃぐちゃのどろどろ……シーツの取り替えにお部屋に呼ばれたメイドの話ではリナルーシェ様はあまりの激しさに気を失ってしまったとか。その後も毎日出されるシーツは悲惨な状態って聞きますよ。リナルーシェ様、実際のところはどうなのですか?」


 ナタリーはニヤニヤしながら私にこっそり聞いてくる。


「な、何よそれ……?」


 私が驚きに目を見開くとナタリーは楽しそうに「とぼけちゃってー」とクスクス笑った。


 この一週間、私はエルティミオ様に毎日抱かれており、メイドが寝台のシーツを替えているので、それは王宮内の人間には筒抜けになっていることも理解はできる。

 確かに初夜は気絶をしたが、行為の激しさに気絶したわけではなく、時が巻き戻っていたことに動揺して気絶した。そして初夜のときの出血はそれほどひどいものでもなく、一度目の人生では出血が少なすぎて問題になったほどだ。

 そして今世でも初夜以降、私は一日一回優しく丁寧に抱かれており、彼以外との情事がどんなものかは知らないが、至って普通に愛され、彼が絶倫……や鬼畜……などと言われるようなことはされていないと思う。


 一度目の人生でも、根も葉もない噂に翻弄されたが、二度目の人生でもまた違った根も葉もない噂に翻弄されるのか、と深いため息を吐く。


 そして、王宮内のみんなからの温かい視線を浴びながら過ごすこと三週間。

 私は月のモノが来ていないことに喜んだ。


 ――よかった! 第一関門はクリアだわ!


 私は決して同じ轍を踏んだりしない。

 私はしっかり前を見て、拳を強く握りしめた。

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