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18 落とし物を届けに

 私は仕事を終えるとミーナさんのところへアルヴィンを迎えに行く。

 まだ心臓はいつもより速く鼓動しているが、それを顔に出さないように邸へ入る。


 あの後、食事を終えたエルティミオ様たちは「素晴らしい料理だった。シェフを呼んでくれ」などと言うこともなく、普通に食事代を支払ってお店を出た。まあ、そもそも私はシェフでもないので、シェフを呼んで、と言われても問題ないのだが。


「お疲れ様、今日はもうアルヴィンの食事は終わっているわよ! ルルシアさんも食べていく?」

「あ、いえ。今日はこの後、近所の方がお野菜をおすそ分けしてくれる、と自宅に届けに来てくれることになっているので帰ります」


 一刻も早く家に帰って落ち着きたいという気持ちもあるが、近所の人が野菜をくれるというのも事実だ。アルヴィンと同じ月齢の子どもを持つ、農家の奥さんと仲良くなって、ときどき野菜を分けてもらっている。

 今日はキャベツとジャガイモとブロッコリーをくれるというので、仕事終わりに取りに行くと話をした。だが、たくさんあって重たいから旦那さんと届けてくれると言ってくれたので甘えることにした。


「そう? じゃあ気を付けて帰ってね!」

「はい! ありがとうございました! アルヴィン、帰ろう」

「あーい! ばっばっ」


 私がアルヴィンを抱き上げるとアルヴィンは手をグーパーさせてバイバイする。


「アル、ばいばい!」


 ミーナさんの一番末のお子さんのハリー君はちゃんと手のひらをひらひらさせてバイバイしてくれた。


 私はアルヴィンを抱き上げて帰路へ就く。

 借りている集合住宅はレストランからも近く、町から外れてしまうと治安の悪い地域もあるが、この辺りは街灯もたくさんある道で治安も悪くない。私はアルヴィンに「夕飯は何を食べさせてもらったの?」など聞きながら帰り道を歩く。

 アルヴィンは覚えた言葉をたくさん教えてくれる。


「たーご! にんにん! にゅーにゅー!」

「たまごとにんじんと牛乳かしら? 食べた物ってよりも知っている食べ物の名前って感じ?」


 そんな会話をして家に着く。


 今日はすごく疲れた。すぐにでも寝台にダイブしたい気持ちだったが、もう少しだけ我慢しなければならない。

 それからすぐにドアノッカーがゴンゴン鳴る。


「あ、もう来たのかな。ちょっと待っててね、アルヴィン」


 扉を開けると約束していた野菜を持った農家の奥さんとその旦那さんがいた。


「いつもありがとうございます」

「いいんです! いつもうちのと仲良くしてくれて、こちらこそありがとうございます」


 箱に入った野菜を置いて「またお休みの日、公園で子どもたち遊ばせましょうね」と言って夫婦は仲良さそうに帰っていった。


「アルヴィンお待たせ!」


 私は靴下を脱いで指輪を外す。その指輪をテーブルの上の小物入れにカランと入れる。


「靴にあたって結構痛いのだけど、仕方ないわよね」

「たいたい?」


 アルヴィンが私の赤くなった足先を見て心配そうな顔をする。

 私はウォーレンからもらった王家の秘宝の指輪を家から出るときには必ず身に着けている。ただ、調理をする仕事をする上で指輪というのは邪魔な存在で、衛生的にも良くないし、接客をするのにも目立つ指輪は良くない。なので私は足の指に王家の秘宝の指輪をはめることにした。


「平気よ。もう慣れたし」


 私が素の顔でにこりと笑うとアルヴィンは嬉しそうにギューッとしがみついてくる。

 アルヴィンは私のそのままの姿が一番好きなようで嬉しくなる。


 私は農家の夫婦からもらった野菜を片付ける。


「あれ?」


 ブロッコリーも、と言ってた気がするけど入っていない。


「まぁいっか。さぁ、アルヴィンお風呂にしましょうか!」

「んっ! おふお、はいゆ」


 もらえるだけありがたいので、言われたものが入っていなかったとしてもそれに何か言ったりするつもりはない。私は靴下を履き直し、お風呂の準備をしようと立ち上がる。


 すると再びゴンゴンとドアノッカーを叩く音がした。


「ん? もしかしてブロッコリー届けに来てくれたのかしら?」


 私はテーブルの上の小物入れから指輪を取って手の指にはめて扉へ向かう。


「はーい!」


 ドロシーの姿で扉を開けるとそこに立っていたのは先ほどの農家の夫婦ではなかった。


「っ!!?」


 私は慌てて扉を閉める。だが、どんなにドアノブを引っ張っても扉は閉まらない。

 足元を見ると扉の隙間に足を挟まれている。


「こんばんは」


 隙間から金髪碧眼の美形が顔を覗かせる。私は「ひっ」と小さく声を上げて顔を引き攣らせる。


「ど、どなたですか!? こんな夜に……!」

「先ほど君に食事を提供してもらったのに、もう忘れてしまったの? ひどいなぁ」


 彼は扉の隙間からキラキラした笑顔を見せる。笑顔が怖い。その笑顔の下は何を考えているのだろうか。


「お、お客様だとしても……こんな夜に、場合によっては憲兵に通報しますよ……!」


 私は彼の足を挟んだままの扉をぐいぐい引っ張る。


「通報してもらっても構わないよ。その前に君に落とし物を届けたくて……」


 彼は私が強く引っ張る扉を掴んで反対にぐいっと引っ張り私の手からドアノブはすっぽ抜けてバーンと大きく扉が開く。


「お、落とし物……?」


 私は無理やり開けられた扉を前に、一歩後ろに後退りした。


「そうだよ。これ……」


 グイッと腕を引っ張られて大きく一歩彼に近づく。近すぎる距離に私の足は震える。


「拾ってくるの大変だから、もう落とさないでね」


 そう言って私の首に何かを掛ける。一体何なのかと横を向き、狭い玄関先に置いてある姿見を見てゾッとした。

 私の首にはネックレスが掛けられていて、それは以前エルティミオ様から誕生日にプレゼントされたものと全く同じものだったから。宝石の大きさも並ぶ順番も、チェーンだけは新しくなっているように見えるが、宝石は内包物まで同じように見えるのは気のせいだろうか。


 私は全身に寒気が走りガタガタと身体を揺らす。


 このネックレスは宝石を全てばらして売ってもらったものだ。私の目の前でウォーレンが宝石をバラバラにしていたので間違いない。しかも売った場所は一か所ではなく数か所に分散して売っているはずだ。

 それがこんな元通りになっているなどおかしい。


「こ、これは私の物ではありませんが……どなたかと人違いをされているのでは……?」


 青い顔でそう応えるが、身体が震えて説得力がまるでない。


「いいや? 間違っていないよ。ねぇ……リナルーシェ……?」


 私は慌てて手を背中の後ろに隠そうとするが、すぐに掴まれ手の指にはめていた指輪を引き抜かれる。

 私の姿はドロシーの姿からリナルーシェの姿に変わる。


「な、んで……」


 彼は私の指から抜いた指輪をつまんで眺めて見る。


「私がリナルーシェを見間違えるわけがないでしょう……?」


 彼は恍惚とした笑みを私に向ける。


「やっと会えたね、ルーシェ。ずいぶん探したよ」


 そこまで私を殺したいのか。彼の執念が怖い。私はずっと青い顔で震えていた。すると……


「まーま?」


 っ!? アルヴィン……!?


 部屋の方からなかなか戻ってこない私が気になり、アルヴィンが玄関を覗いていた。

 アルヴィンを見られてはまずい。

 生まれてしばらく私そっくりで、一度目の人生ではエルティミオ様に似ているところがなく色々と言われたアルヴィンだったが、一歳を過ぎたころ急激に髪の毛の赤みが引いて、金髪になってしまった。そして緑だった瞳も色が変わって海のような碧色をしている。

 はっきり言ってエルティミオ様そっくりなのである。


 私は急いで部屋に戻りアルヴィンを抱きかかえて、エルティミオ様から見えないように自分の身体で隠す。


「君の子? 君にはあんまり似てないよね」


 だが私の行動は遅く顔を見られていた。


「誰の子だろうか? 相手の男の顔も拝みたいものだったけど、近所の住民の話では一緒には暮らしていないみたいだね。さっきレストランへ来て君に何かを渡していた男がそうなのかな?」


 幸い、彼そっくりのアルヴィンを見ても、彼は自分の子であるとは思っていないようだ。

 彼は苦痛そうに顔を歪める。だがすぐに顔を緩めて仄暗く笑う。


「まぁ、誰の子でも関係ないか。君の子どもなら、君とまとめて可愛がってあげるよ……」


 ――か、可愛がる……!? 嬲り殺すつもりだわ……


 その黒い笑顔に私は強くアルヴィンを抱きしめる。そして咄嗟に腕に嵌めていた魔法道具に魔力を込める。


「んんっ!? リナルーシェ?」


 私はアルヴィンを抱えてその場から逃げ出す。その場にはタッタッと走る足音が響く。姿が消えたアルヴィンが「まーま?」と可愛い声を上げる。


「ネイト! リナルーシェが逃げた!」

「子どもの声が聞こえたぞ! あっちか!?」


 とにかく走ってレストランの方へ向かう。だが、走りながらはたと思う。

 ミーナさんたちの許へ行ってどうする。王家の秘宝の指輪はエルティミオ様に奪われてしまった。

 ドロシーの姿でしか会ったことがないというのに、リナルーシェの姿でアルヴィンを連れていけばアルヴィンを誘拐した女という目で見られてしまう。


 ――だめだ。行けないわ……


 私は仕方なく町を出て森へと逃げ込んだ。

 ちらりと町の方を覗き見ると、騎士を二人見かけてドキリとした。


 ――騎士も来ていたのね……。そうよね……さすがにエルティミオ様とサンデリアーナ伯爵令息だけでこんな国の外れの町まで来たりしないわよね。


 もう町には戻れない。充実した毎日の中、いつかこういう日が来るかもしれないとは思っていた。

 せめてお世話になったミーナさんやロバートさん、料理長やみんなに挨拶くらいしたかったな、と思う。

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