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12 彼女の死

 ここドラセナ公国へ来る前にリナルーシェの周りにあった危険はできる限り排除した。

 一度目と同じ失敗は繰り返さない。


 二度目の初夜、彼女に変な疑いをかけられないよう、彼女が気絶をしてしまったときに、私は自分の指を少し傷つけ血を出した。

 シーツのあらゆるところにそれを塗って、破瓜の証のように見せた。何度もしつこく抱いたように見せるための演出もしておいた。

 そして気絶した彼女を腕に抱いたままメイドを呼んでシーツの取り替えを依頼する。


「私があまりにもしつこいせいで彼女は気をやってしまってね……ああ、彼女の世話は私がするからいいよ」


 と言って彼女の髪を一束掬って口づければ、口の軽いメイドたちは私のしつこい寵愛を噂した。

 その後もリナルーシェのことは丁寧に抱くが、リナルーシェが寝入ったころにシーツをぐちゃぐちゃのドロドロにしてからメイドを呼ぶ。


 私のことはなんと言われても良いが、彼女にあらぬ疑いがかけられることは許さない。

 しっかり噂は流してもらったので、口の軽いメイドは私が国を出る前に雑用や体力仕事の多い騎士団のメイドに異動させた。



 リナルーシェを死に追いやったあの女を捕らえるまでに至らなかったことは不満だが、大きな罪を犯したわけでもない者を捕まえるわけにもいかないので仕方がない。小さな罪で修道院送りにまではできたし、リナルーシェに危害を与えないよう女の見張りは付けてきた。


 私はこの国を一刻も早く建て直しリナルーシェの待つ祖国シェフレラ王国へ帰りたい。



「はっ!? ルーシェがいなくなった!?」


 王宮から急使として騎士のネイトがやって来た。ネイトは学園時代からの友人で、騎士団長であるサンデリアーナ伯爵の息子だ。

 ネイトの話では二週間前にリナルーシェが行方不明になった、と。急ぎ捜索を行ったが、王都内では発見できず、捜索範囲を広げているとの事だった。


「陛下のもとに『王太子妃は頂いた』というメッセージの書かれたカードが届いたようだ。誘拐の可能性が高いかと」

「犯行完了のメッセージ……怪盗ワロンか……」


 その日リナルーシェは宝物庫の絵を見たいと宝物庫の中で一人でいたらしく、大怪盗からのメッセージを受け取った陛下が慌ててリナルーシェの所在を確認しに宝物庫の中へ入ったところ、リナルーシェの姿はなくなっていたらしい。


 私は話を聞いて歯噛みする。


「く……私の失態だ……」


 怪盗ワロンが宝物庫へやってくることは知っていた。だが私はリナルーシェを今度こそ救わねばと時を戻すことばかりを考えていてワロンがやって来た日までは確認していなかった。

 最悪、秘宝を盗まれたとしても、使う人物さえ見張れば問題ないと思っていたが、私の想定外の方向へと歯車は動き出してしまった。


 リナルーシェが宝物庫に入った日に偶然怪盗ワロンが現れるなんて……!


「身代金の要求などはないようだけど、リナルーシェ妃の遺体などは見つかっていないって……!」

「当たり前だ! リナルーシェが死んだなど絶対に認めない!!」


 私が大きな声を出したのでネイトはびくりと肩を揺らす。

 私はもうすでに王家の秘宝『時戻しの宝玉』を使ってしまっている。あれは一度使用するともう二度と使えない。

 失敗など許されないのだ。


「帰国する! 補佐官を呼べ!」


 もう後悔したくない。私は帰国して自らの足でもリナルーシェを探しに行こうと立ち上がる。


「何言っている! 公国には来たばかりだろう。俺はここへ来るまでに物乞いをする子どもたちをたくさん見かけたぞ! 町では度々暴動も起きている! 指導者を失ったこの国はお前の力が必要だから来たんじゃないのか!」


 私の唐突な発言にネイトはものすごい剣幕でまくし立てる。


「くっ……」

「リナルーシェ妃を探すことは俺達でもできる。だがこの国を正常な道へ導くことができるのはお前しかいないからお前がここにいるのだろう!? この国でお前の代わりをできる者は他にいない。冷静になれ」


 ネイトの言うことは正論だった。


 今はまだこの国は大公が亡くなって間もなく、混乱の渦中にある。すぐにでも自らの足でリナルーシェを探しに行きたいが、私が国を離れるわけにはいかない。

 国の王子として生まれてきたからには、自由に動けないことがあることなど覚悟してきたが、ここ最近は自分の立場が煩わしく感じるほどに思い通りに事が進まない。


「とにかく! 急いで彼女を探し出して安全を確保しろっ!」



     ◇



 一度目の人生では祖国を旅立って一年半を過ぎたころ、リナルーシェからの手紙が途切れていることに違和感を感じ、一時帰国を決めた。「この忙しいときに帰国したいだなんて!」と公国の補佐官からは大反対されたが、ここへ来てから一年半の間で公国はかなり再建出来ていたため、補佐官の反対を押し切り、無理やり一度祖国に帰ることにした。

 何か嫌な感じがした。


 私は先触れもせず、馬を飛ばして帰国したので、突然の帰国に父も母も驚いていた。


「リナルーシェはどこですか? 部屋へ行きましたが、彼女はいませんでした。調度品などはそのままでしたが、生活感がまるでありませんでした。彼女は今どこで暮らしているんですか!?」


 二人は気まずそうに目を逸らし、私がじろりと睨むと重たそうに口を開いた。


「はっ!? なぜそんな!!」


 リナルーシェは心無い噂に傷ついて、離宮に引きこもっているという。

 リナルーシェの父であるステファニア公爵が急逝したという連絡は受けていたが、彼の死後そんなことが起こっていたとは……。

 なぜ教えてくれなかったと問い詰めれば、リナルーシェから私に心配を掛けたくないから伝えないでほしいと言われていたらしく彼女の意向を汲んだと言われる。

 彼女の優しさが苦しい。すぐに頼れないような距離へ行ってしまった自分が悪いのかもしれない。


 私は急いで離宮に向かった。近づくたびに嫌な汗が噴き出てくる。

 彼女は無事だろうか。


「リナルーシェ!」


 私は玄関の扉を開けると「エルティミオ様!?」と彼女の声が聞こえてホッとした。


 だが現れた女の姿を見て愕然とした。


「お久しぶりです、エルティミオ様。先触れもなくお戻りになったので驚きましたわ」


 見た目はリナルーシェだ…………だが違う。


「お前は誰だ! リナルーシェをどこへやった」

「ひっ……」


 私は腰に下げていた剣を抜いて目の前の女の首元に突きつける。


「わ、私はリナルーシェです。エルティミオ様のおかえりを心待ちしていたのに、いきなりひどいですわ……」


 目の前の女はリナルーシェと同じ顔をして、目に涙を溜めてふるふると震えた。


「お前はリナルーシェではない! この女を捕らえろ!」


 女は「やめて! 私はリナルーシェよ!」と叫び声を上げていたが、捕らえることを躊躇う騎士にしっかり拘束するよう指示を出した。


 ワーワーと喚くその女には猿轡を噛ませて私は女を引っ張り、謁見室にいた陛下の前へ連れて行った。


「どういうことですか!! 離宮にはリナルーシェに成り代わって別の女が住み着いていましたよ!」


 ドンとその女を押してやれば、女は陛下の前で横たわり「うー! うー!」と首を振って涙を流す。


「はっ!? その女性はリナルーシェ妃では……!?」

「あなた、リナルーシェになんてことを……!」


 陛下の隣に立つ母上も青い顔をしている。


「あなたたちの目は節穴ですか!? この女のどこがリナルーシェだというのです!」


 私は女が手に嵌めていた白のグローブを引き抜いて、現れた指に嵌っていた指輪を抜いた。


「っ……!!」


 陛下と母上は同時に息を呑む。

 リナルーシェの姿をしていた女は別の女に姿を変える。

 ごく平凡な貴族女性のようだ。見たこともない女が現れ私は顔を歪ませて女を見る。


「これは『成り代わりの指輪』ですよね」


 私が指輪を陛下に見せつけると、陛下は泥棒が王宮内に忍び込み盗まれてしまったと説明する。



「エルティミオ!」


 先ほど離宮へ向かったときに一緒にいたネイトが慌てた様子で謁見室に入ってくる。


「陛下との謁見中に申し訳ございません! 緊急で……」

「どうした?」

「り、離宮の地下牢で……リナルーシェ妃を発見したが…………」


 勢いよく入ってきたわりにネイトは報告を始めると口ごもる。


「な、なんだ……」


 ネイトは私から目を逸らして下を向く。ネイトはそれ以上は何も言わない。

 体の先から血の気が引いていく感覚がした。私は頭を抱えて首を振る。


「…………うそだ! やめろ! 私は信じない!!」

「あっ……エルティミオ!!」


 私は離宮まで駆け出した。


 うそだ、うそだ、うそだ……

 そんなことあるはずがない! そんなことあってはいけないんだ……!


 離宮へ向かうと大勢の騎士が集まっていた。

 拘束された者と保護された者で入り乱れている。


 その中でリナルーシェの侍女のナタリーを見つけた。真っ青なやつれた顔で騎士に保護されていた。手には泣き叫ぶ赤子を抱いている。


「ナタリー!」


 私がナタリーに声を掛けるとナタリーは物凄い形相で私を睨む。


「ひどいです、王太子殿下! あなたのせいでリナルーシェ様は……! 私は絶対にあなたを許さない! あなたのせいでリナルーシェ様は……リナルーシェさまは……っ! うっ……ううっ……うぁぁぁ……!」


 ナタリーは赤子を抱いたままその場でボロボロと泣き崩れた。

 そばにいた騎士が「エルティミオ殿下への態度、不敬だぞ!」と注意をするが私はもう何も考えられなかった。


 身体中の感覚が麻痺していく。震える足を叱咤させて、とにかく離宮の中の地下牢へ急いだ。



 地下牢にも騎士は集まっており、独房の中にいたのは、白い布を掛けられて冷たくなってしまった愛する人。


 私はすぐにそこへ入り、布を外して彼女を抱きしめる。

 青白く、冷たい。柔らかかった彼女は硬くなっている。


「ルーシェ……ルーシェ……遅くなってすまない……」


 私が声を掛けても彼女は目を瞑ったままで、返事がない。


「遅かったから、怒っているのかい。ねぇ、目を開けて、リナルーシェ……」


 それでも彼女はなんの反応もない。


「ルーシェ……私の帰りを待っていると言ってくれたじゃないか……」


 私の頬を伝って、リナルーシェの顔に雫が零れ落ちる。


 目を開けて。どれだけ願っても目を開けてはくれない。


「愛していると言ってくれたじゃないか……」


 固く閉ざされた口を見る。


「ねぇ、ルーシェ……もう一度……私を愛していると言ってくれ……」


 私は君を愛しているから……。

 どれだけ想ってももう彼女へ想いは届かない。


「ううぅ……うぁあああああああーっ…………!」

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