10 二度目の出産
「ドロシーさん、完治ですね。もう明日から薬はなしで大丈夫ですよ」
「わぁ! 良かったわね」
「あぁっ、うっ……ううっ……ベンジャミン先生、あ、ありがとう……ございます……!」
半年後、ドロシーのパーキラ病は正しい量の薬を服薬して無事に完治した。
ドロシーの顔色は良く、出会った頃はガリガリに痩せ細っていたが、今は普通の量の食事が食べられるようになり身体は健康的な肉付きをしている。
村の医者には「治らない病気だ」「薬を飲み続けなければ死ぬ」と言われていたから、本当に治るのかずっと不安だったのだろう。
完治の言葉を聞いてドロシーはボロボロ泣きながらベンジャミン先生に礼を言った。
「ルルシアさんもそろそろ出産準備を進めてくださいね」
私はルルシアという名で病院通いをしている。病院にはカルテが残るので全くの別名を使いたかったのだが、始めにドロシーにルーシェと名乗ってしまった以上、ルーシェという愛称の名前を付けるしかなく、私はルルシアと名乗ることにした。
「もし陣痛が来たらこの村の出張所へ来てくださいね。私も出来るだけ早く向かうようにしますから」
ベンジャミン先生は普段隣町で生活しているが、私の出産の際は隣町まで呼びに来てくれれば村まで駆けつけてくれると言った。
ドロシーの病気はベンジャミン先生から薬をもらうようになってから三ヶ月程度で劇的に良くなって、寝台から出て、外を歩けるくらい回復をした。
村は小さな村で村の人たちはみなドロシーが病気になったことを知っていた。寝たきりだったドロシーが家の外を歩いていることに村の人たちは驚いてどんな治療を受けたのかと聞いてきた。
ドロシーは隣町の医者に来てもらった、薬代は村の医者の半額だったと話をすると、高い薬代を要求する村の医者に不信感が集まり、みな隣町のベンジャミン先生の病院へ掛かるようになった。
ベンジャミン先生は村からの患者が多くなってきたので、最近は村の空き家に出張所を作り、週に二度は出張所で診察をしてくれるようになった。
今は見習いの医者を採用し、出張所の方で常駐できるように教育中らしい。
村にいた医者は高齢で、今さら他の街に移動することもできず、村の人たちから冷たい目で見られながらも薬の値段を下げて細々と医者を続けているようだ。
◇
「やっぱりルーシェの作る料理が食べたいなぁ」
最近ウォーレンは頻繁にこれを言うのでひやひやしてしまう。
「ドロシーの料理も美味しいわよ」
「そうだよね。やっぱりルーシェの作る料理の方が美味しいよね……」
ドロシーは自分の作った食事を口にしながら、少し俯いている。
私は前世、東京のレストランで料理人をしていた。お客様に提供する料理を作っていたのだから、美味しい料理が作ることができて当たり前なのだ。
「簡単なレシピなら教えるから」
「うん……。でもルーシェほど手際よくできる自信ないな……」
「そんなのは慣れよ」
そう慰めるが、ウォーレンの無神経な発言は今日だけのことではない。
ドロシーの病気は完治し、ウォーレンもドロシーもセカンドオピニオンを勧めた私のことを「命の恩人」だと何度も言う。
かなり前からドロシーは私の手などいらないくらいに回復をしていたのだが、二人は「命の恩人なのだからいつまでいてくれても構わない」と言ってくれていた。
私は今妊娠九か月。今のところこの村に王宮からの捜索が来るような気配は感じられない。産後も一人では何かと苦労するだろうから、今から家を探して出産に備えるよりはここでもう少しお世話になった方が良いかと思い、二人の好意に甘えることにした。
そして最近ではドロシーが料理や洗濯など代わってくれるのだが、ウォーレンは時々ドロシーと私を比べるような発言をする。
「ねぇウォーレン、さっきみたいなことを言うのはやめて」
「さっきみたいな?」
「ドロシーの料理を食べながら、私の料理が食べたいって言うことよ!」
「なんで?」
はっきり言ってもまだピンと来ていないらしい。
「だれも良い気がしないからよ! あなただってドロシーにベンジャミン先生の方が頼りになる、なんて言われたら良い気はしないでしょ」
「うーん、確かに……? でも実際ベンジャミン先生の方が頼りになるかもしれないしなぁ……」
そういうことを言いたいわけではないのにウォーレンには伝わらなくてイライラする。
「とにかく! 恋人に誰かと比べられるようなことを言われたら傷つくから、ドロシーのことが大切ならもっと気遣って発言してよね」
「はあ、わかったよ。後でドロシーにも謝っておくよ」
ちゃんとわかっているのか心配になる。私がここにいることでウォーレンとドロシーの関係が悪くなるなら、出ていくべきだと思うのだが、お腹はすっかり大きくて、前世ではもう一週間もすれば早産で出産をしていた。何かあったら、と思うと人の目のあるこの家が安心だ。そんな自分本位でずるい思いもあって、私は良くないと思いつつもこの家から出られずにいた。
「そいえば、頼まれてたルーシェの実家、見に行ってきたけど、葬式なんてしてなかったぞ」
「え?」
私は父のことが気になり、父の葬儀の日にウォーレンに私の代わりに祈りを捧げて欲しいと依頼していた。
「ルーシェの父さんって赤毛に髭の迫力のある、品の良いおじさんだろ? 葬式なんてしてる様子なかったから、こっそり公爵家の中にも入ったけど、金髪の美魔女と早朝から庭でダンスしてたけど……?」
「げ、元気そうね……」
間違いなく父だ。一緒に踊っていたのは母だ。父と母は毎日早朝、庭でダンスをする習慣がある。
一度目の人生で私が妊娠八ヶ月のとき、父は寝台から起き上がれない状態だったのに。
「能天気だな、と思ったけど、踊りながらもルーシェのことを案じるような会話が聞こえたぞ。お互いに心配しあっているんだから、実家で匿ってもらって過ごしたらいいんじゃないのか?」
「公爵家では人の出入りが多すぎてそんなに簡単に隠れられないわよ……」
王宮からの使者も頻繁に来る。口の堅い使用人ばかりのはずだが、どこから情報が漏れるかわからない。
両親が私の心配をしてくれていると聞いて胸が痛む。だが公爵家にはもう二度と帰るつもりはない。
――お父様、お母さま、親不孝な娘でごめんなさい。
「ふーん、色々あるんだな。まあ、うちはいつまで居てくれてもいいけどさ」
ウォーレンはこう言ってくれているが、出産を終えて落ち着いたら出ていこうと考えている。
ドロシーが完治した今、二人の生活に私の存在は完全にお邪魔者だ。
「というわけで、代わりに祈りを捧げて欲しいって依頼は未達なんだけど……」
「いいわ、ありがとう。報酬は始めに提示した額そのまま渡すわ」
なにはともあれ、父が元気そうで安心した。
◇
早産の不安はあったが、私は無事に正産期を迎えた。一度目の人生よりもストレスが少ないことが良かったのだろう。
今回は妊娠線ができないように肌のケアだって頑張った。
「陣痛来てるかも……」
朝から痛かったのだが、夜になって痛みの感覚が短くなって、ズキズキと痛みが強くなってきた。
二度目だからわかる。これは間違いなく陣痛だ。
いよいよか、と緊張が走る。
たまたまベンジャミン先生が村へ出張診療に来てくれる日で、ウォーレンが急いで出張所へ向かってベンジャミン先生にまだ帰らないように、と引き留めてくれた。
そして私は村の出張所で出産をした。
今回は正産期まで赤ちゃんをお腹の中で育てることができたけど、一度目の出産と同じで早産気味だったせいか、スピード出産といえる速さでお産は終わった。
二度目の出産は前回と違い、出張所へ向かう途中でパチンと何かが弾けるような音がしてパシャッと生温かい水が溢れ出た。急に陣痛が強くなり激しい痛みに「こんなの知らない」「赤ちゃん死んじゃう」と私はパニックを起こしてしまったが、すぐにベンジャミン先生が駆けつけてくれて「破水だから落ち着きなさい! 破水から始まるお産もあると説明したでしょう」と叱られてしまった。
前回と違う出産に動揺してしまったが、先生の声で少し落ち着きを取り戻し、前回と同様壮絶な痛みを乗り越えてアルヴィンは無事に産まれてくれた。
「あぁ……アルヴィン、ようやく会えたわね……」
私は綺麗に拭いてもらったアルヴィンを寝台に横たわったままさっそく抱かせてもらった。
前回よりも一回り大きい気もする生まれたての我が子。
一度目は疑いの目で見られた子だが、間違いなく私とエルティミオ様との間にできた子だ。
私はアルヴィンの小さな手を軽く握る。
――今世こそは絶対にあなたの手を離したりしないんだから!




