試練の洞
姦しいやり取りを経てやっと「試練の洞」に辿り着いた。
「予定より早いな」ザイカの話ではあと一日はかかる行程だった。
「途中でモンスターに襲われる予定込みだからね。お局ドラゴンのせいでモンスターが皆遠巻きに見ている」ザイカは説明した。
「お局って何ですか?」というユランの言葉は無視された。
ともあれユランが幻肢体を見せているお陰で行程が一日減った。
「試練の洞」の前に人はいなかった。祭壇のような石造りの門が山の斜面に造られ、注意書きの立て看板がその前に立てられている。
「途中で洞から出ると死ぬ」というような事が書かれていた。
「死にたくはないな」と思わず呟いた。
「でしょ? だから入れなくても良いのだ!」ザイカは保身の為に言う。
『でもここでレベルアップしないとムナガノーシカに殺される』コーシカは僕の耳元で囁く。
「まあ入るけれど」
「ご主人様! お供します〜!」ユランは嬉々として後からついて来ようとするも注意書きには「必ず一人で」とある。
ユランを説き伏せ、コーシカにも一応辞退してもらった。
『何かあればすぐ行くから』
『大丈夫だろう』気休めは主に自分に向けて言っている。
皆に手を振って洞に入る。手にしたランタンの火に照らされた壁には壁画が描かれている。どうやら前時代の文明が残した文明史のようなものが描かれているらしい。
栄えた文明が天から降り注ぐ火の矢によってことごとく蹂躙される。シンアルの首都にあるという塔が壊され半分になった。
残された人類は再び農耕時代に戻るもそこで光をまとった人に教えを乞う。そこから人は唐突に進化が進む。
「なるほど」知的関心が起きるも先へ急がねばならない。
壁画の最後に人は天に登り星へと渡る。地上にはそれを見送る多くの人がいる。その中に光をまとった人の姿を見受ける。
「残った人たちもいるのか」
「私もその一人だ」と誰かが言った。
「誰だ?」僕のその一言は間が抜けている。自分から会いに来たからだ。
「誰だ、か。初めて訊かれたな」闇の中から白髪の少女が現れた。
「そうだな‥‥イチゴと呼ぶが良い。少し略してみたぞ、外ではそんな風に呼ぶのが流行りらしいな」
少女・イチゴは意味のわからない事を言った。
「因みにその壁画は残りの部分が描かれていない。光の人達は原住民に迫害され別の次元に島流しに遭う。そしてそれは同じ光の人達の一分の者達によって行われる」
何やら聞いてはいけない事を聞かされた気がする。
そこで思い直したようにイチゴは言った。
「我が担当になるとは随分と運が良いぞ、貴様」
担当? つまりこの洞には何人か人がいるのか。
「僕は何をすれば良いのですか」
「基本的には我と戦うだけだ。戦いつつ我の能力を身につけるが良い」
やはりそうなるのか。「試練の洞」というだけあってロハで何かを貰えるとは思っていなかったが。
「能力ですか」
「能力と言っても魔法ではない。神通という別種のものだ。我は貴様の世界とはまた別の世のことわりで生きているからな」
「もしかしてここにいるであろう他の人達も別の世界の人達ですか?」
「色んな奴がいるぞ。伝説の化け物とかエクソシストとか、他所の世界のカタリグサになっておる」そこでイチゴは不思議な顔つきをして言った。「だから普通は言葉が通じないのだがな」
そういう疑問を抱いていたのかと納得した。僕の能力を説明するとイチゴはパッと表情を輝かせた。「ああ、なるほど。そういう事か」
何か僕の言葉とは別の意味で納得した様子を見せてから「ならばこの交流は一過性ではないのだな?」と言った。
僕としてはここを出たら二度と訪れないつもりだったのだがイチゴは再訪を希望しているような口ぶりだ。
「もしお望みならいつかまたここに来たいと思います」
そうか、そうかと言ってイチゴは右足を引いて構えをとる。「では始めようか」
おそらく僕より強いのは分かる。分かるが見た目は少女のそれだ。僕がグズグズと打ちこまずにいるとイチゴの姿が消えた。
いつの間にか洞の天井が見えた。ご丁寧に僕から奪ったランタンが地面に置かれている。
「体術はさほど得意ではない。市井のものを流用しているに過ぎん」
それでも貴様よりは強いがな、と言ってイチゴは笑った。
起き上がってから体を点検する。体のどこかを掴まれたのは分かる。それから一回転して地面に寝転ばされた。不思議なことにさほど痛みはない。
「柔道というらしい。柔術という寝業の方も一応できるがこの世界では投げ技だけで充分だろう」
それから投げ技というものを習う。戦うと言っていたが実際には技のやり方を丁寧に教えてくれた。
「他の輩は言葉が通じない。なので戦いを通してしか教えられないんだ」とイチゴは説明した。
「打撃も教えておく」そう言ってイチゴは拳や脚で相手の顔や体に衝撃を与える方法を教えてくれた。勿論、ギルドでの小競り合いでその手の殴り合いを見たことはあるがイチゴの教えてくれたようなスマートな、そして最短距離をつくような技術はない。
「大振りに対しては避ける、受ける、当たる前にこちらが当てるという三つの方法がある。避けながら当てるという方法もあるがそれは少し後で教える」イチゴはあえてギルドの小競り合いのよう打ち方で拳を当ててくる。「おそらくこういう方法がこの世界の主流だろう」
それからイチゴに習ったように避けて懐に入り込み柔道の投げ技を行った。
「それでいい」イチゴは受け身を取りながら(受け身の方法も習った)言った。
長い間イチゴの教えを受けていた気がする。不思議と腹も空かず眠くもならないが体感では何週間も過ぎていたように思う。
「ここは外の世界とは時間の流れが違うから大丈夫だ」とイチゴは言った。
ザイカ達のことを心配したのが表情に出たのかもしれない。
「さて、これで基本的なことは伝え終わった」
礼を述べて帰り支度をするとイチゴは僕の手をとって言った。
「おそらく出てすぐに危機が訪れる。そしてその危機は体術だけでは凌げない」
洞の外にいる皆の戦闘力なら大抵のことは問題にならないような気がした。
「戦闘力だけではままならないこともある。そこで」
唐突にイチゴは僕の唇に自らの唇を重ねた。
「え?」
「勘違いするな。我の能力を分けただけだ。ただし使用制限があるぞ。一日に一度だけだ。どの世界においても規格外の能力になるからな。もしその制限を破ると貴様の体も無事では済まない」
それからイチゴはその能力の使用方法を教えてくれた。
「何から何まですまない。いつかまた来るよ」と僕は言った。
「きっとだぞ。そしていつか幽閉されている我を‥‥」
イチゴの言葉は次第に小さくなりやがてイチゴ自身も見えなくなった。闇が訪れる。
「必ず迎えに来るから!」僕はそう言って洞を出た。
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