幻肢体
まばらになった原生林を抜けると丘陵地帯に出た。岩場が多い禿山を街道は縫って進み再び原生林になる。
「モンスター、出ないな」と僕はザイカに訊いた。
「ヴァローナがいるから」とだけザイカは答えた。
「あの人、ちょっと嫌です〜」と失礼な事をユランは平気な顔で言った。
「だろうな」とザイカもまた気にせずに答えた。「モンスターには分かるらしい」
「この体になってから視覚と聴覚が変わりました〜。それと人の感情みたいなものが体の周りに色で見えます〜」
ユランは人差し指を立てて自慢げに語る。それから不意に僕の体に抱きついて言った。「だからアポス好きです〜」
「あ、こら! ずるいぞ!」とザイカは後部座席からユランを引き剥がしにかかる。
『モテモテですね、旦那』といつのまにか僕の体から出てきたコーシカはジト目のまま感情を込めずに言った。
『懐いてくれているのは僕に敵意がないからだよ』ユランの馬鹿力で手綱がブレないよう必死に抑えながら言った。
「止めて、アポス!」とザイカは言って後部座席から馬車の前に飛び出した。
大鎌を鞘から抜いて振り回し始めた。上空から大量の蛇が降ってきた。
ザイカの突風のような剣戟がその大量の蛇を切り刻む。
「本体は別にいる! まだ出てこないで!」
ザイカの指示により僕らは馬車から様子を見る。
「あれ?」とそのまま振り向いて言った。「逃げたみたい」
「無用な争いを避けられて良かったよ」と僕は言った。
「でも何で逃げたのかな」ザイカは考えこみつつ隣の席に座るユランを見た。「ああ、そういう事か」
「何ですか〜? とても失礼な事を考えている気がします〜」
蛇の雨を降らせたという事は相手は蛇使いか蛇に関連したモンスターだ。竜といえば蛇の上位に位置する。
「そういえば怖いオバサンに出会ったような逃げ方だったな」
「ひどいです〜! 私、ピチピチです〜!」
「感情以外にも何か分かるのか? その‥‥、さっきのモンスターがユランを見て逃げたみたいに」僕はうっかり口を滑らせた。
「ご主人様までひどいです〜。ひどい事を言ったので代わりにご褒美をもらいます〜」
謎の理論を提唱してユランは後部座席から僕の隣に移り僕に抱きついてきた。
「ああ、ごめん! そういう意味じゃない!」
「そうだぞ! そして何故私にはご褒美を要求しない?」ユラン同様前の座席に移ったザイカはユランを僕から引き剥がしつつ言った。
「感情の色が見えると言いましたが、その広がりが即ち相手の力量と言っても良いです。それを見て敵うか敵わないかがわかりますが、強い相手ほどその色の広がりを見せません」やっと僕から離れたユランはいつもとは違う理知的な口調で言った。
「ということはユランは普段それを抑えているの?」ザイカは無邪気に訊いた。
「その感情の広がりを『幻肢』と言います〜。そしてその感情を形にしたものを『幻肢体』とも。まあモンスター同士で会話はほぼしないので私の造語ですが〜」
「造語かよ」ザイカは軽快に指摘しつつ考え込んだ。「幻肢体ねえ」
「それは僕らでも出せるのか⁉︎」我が身の非力さのせいか言葉につい必死さが加わってしまった。
「どうでしょうね〜。人が幻肢体を出した所を見た事はないですけれど〜」困ったような顔でユランは言った。「おそらく魔法がその代わりになるんじゃないですかね〜」
「魔法には第一種と第二種がある。第一種は大地の力を借りるいわゆる魔法使いのそれだ。第二種については謎だ。第一種の魔法使いからすると魔法の出処が分からないらしい」ザイカは不意に真面目な顔で言った。
「第二種がユランのいう幻肢体だという事かな?」思いついて僕は言った。
「違います」ユランは真剣な表情で言った。いつもの腑抜けた口調ではない。「一度第二種の魔法使いと接触したことがあります〜。あれはそもそも魔法ではありません〜」
「じゃあ何なんだ?」ザイカは詰め寄った。
不意にユランは僕の斜め上を見上げた。何故か今日に限って大人しいコーシカのいる辺りだ。「さあ〜?」
『一瞬目が合った!』コーシカは驚いて続ける。『もしかして見えているのかな?』
『まさか』と言いつつ僕はコーシカの方を見ないまま一応尋ねた。『モンスターの視線を感じた事はある?』
『今までそんな事はなかったよ!』
「アポスは魔法は使えるの?」ザイカは訊いてきた。
ついにこの質問が来たか、という思いがした。
「魔法回路がないんだってさ。一度行商にいた魔法使いに訊いてみたことがある」
「おかしいな。人は誰でも魔法回路を持ってこの世に生まれてくる。死者やモンスターの言葉が分かるのは魔法じゃないの?」
ザイカの言葉に納得する。確かにおかしな話だ。おかしいといえばマルチリンガルともいえるこの能力の話も僕以外で使えるという話を聞いたことがない。とある人を除いては。
「たぶん回路が無いのではなく、別の規則で動いているんだ。そうでないと理屈に合わない」ザイカは僕の腕に触れていう。それは純粋な興味で触れたのだと思う。だがユランはそれを見て感化された。
「私もご主人様に触りたいです〜!」ザイカの体を乗り越えてユランが僕の腕にしがみ付いてきた。
「貴様! 私はそういう意味で触れたのでは」
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