ヴェレーミアと天罰執行
日が落ちた。
「行くか」
僕の声と同時にザイカは僕の手を握ってきた。
「ねえアポス、暗いの怖い」
「え?」
一緒にいる時間が増える毎にザイカのポンコツが露呈していくような気がした。
「手を握っていれば大丈夫かな?」
「うん」
まるで子供だ。いや子供なのだろう。初戦の雄々しさについ失念していた。
『作戦がほとんど無いけれど大丈夫?』コーシカが珍しく心配して訊いてきた。
『とりあえず偵察だ。万一戦闘になったら逃げる』
『うーん』
畑の畦道を行くとどこからともなく大きな布がはためくような音がした。満月で良かった。山間からドラゴンが依頼主の畑に向かう姿を確認出来た。
『大きいね』
コーシカの声は聞こえていた。しかし返事をする余裕がない。
「ねえアポス、痛い」
ザイカの声につい手を握る力が入り過ぎていたことに気づいた。
「ごめん」
「もう大丈夫。目が慣れた。頑張らないとね」手を放したザイカは背中の柄を掴んでから不意に呟いた。「コネクト」
そうザイカが発した途端、彼女の頭に光る輪が掛かった。
驚いて目を丸くしている僕をよそ目にザイカはドラゴンの着地点に向けて飛び出した。
「待って! ザイカ!」
しまった。ザイカが暗闇を怖がっているので作戦を伝えるのは寸前で問題ないと判断してしまった。
『好戦的だねえ』コーシカは呑気に言った。『これで逃げるって選択肢が無くなったね』
コーシカのいう通りだ。
ザイカは一直線にドラゴンの着地点に向かい駆け抜ける。そしてその足に向けて大鎌を一線した。
ドラゴンは一声咆哮して避けた。
「これを避けるの⁉︎」ザイカは驚いていた。
避けたものの体勢は崩している。返す刀でザイカは刃の背をドラゴンのお腹の辺りに命中させた。
ドラゴンは背中から落ちて口から火が出た。その火はおそらく思わず出たもので攻撃でも威嚇でもない。
しかしそれでザイカは一瞬怯んだ。
その隙を見逃さずドラゴンは体勢を整えた。
「まずい!」僕は飛び出してザイカの前に出た。あの火炎をもらったらザイカでもひとたまりもない。
『ちょっとアポス! 無茶だよ!』
『やめてくれ!』僕は手のひらを前に構えながらつい心の中で叫んだ。
『え? 声が』コーシカとは別の声が聞こえた。ドラゴンの声だ。
『頼む!ザイカを殺さないでくれ!』
『殺す? 私が?』
ドラゴンの動揺する声が聞こえた。やはりアーク・モンスターだ。これなら何とかなる。
そう思った矢先に僕の横をすり抜けてザイカが再び大鎌を振りかぶる。
「天罰!」と叫ぶザイカの背中から頭の上の輪と同質に見える羽が生えた。「執行!」
「駄目だ! ザイカ!」
ザイカの切り付けた鎌の刃がドラゴンの体を通り抜けた。
「え?」
『え?』
『え?』
ドラゴンとコーシカと僕は同じように呟いた。
次の瞬間、ドラゴンから意外な声が聞こえた。
『あれ、眠い』
ドラゴンの頭が揺れている。必死に眠気を我慢しているように見えた。
そして横様に倒れた。月明かりの下でドラゴンの巨体は現実離れした物体に見える。
そしてとんでもない事が目の前で起きた。
ドラゴンは縮んで人型のサイズになる。そして裸の女の子になった。
「や‥‥っぱり駄目か」ザイカは大鎌を両手で掲げて勝鬨を上げようとしてから肩を落とした。
『見ちゃ駄目!』コーシカは霊体の手で僕の視界を塞いだ。
「何をしたんだ?」
僕は訳がわからず問いかける。
「天罰執行しただけだよ。本当ならドラゴンをやっつけているはずなんだけれど」
「じゃあ、このドラゴンを傷つけていないのか」
「普通は消滅するよ」
どうやらザイカなりに考えていたらしい。
『驚いたねえ』コーシカは相変わらず僕の視界を塞いだまま賞賛した。
「こんなんだから馬鹿にされるんだ」ザイカは我に返ったように呟いた。「他の天罰執行者なら」
「でもあんなに暗闇を怖がっていたのに大したものだよ」
「あれは『コネクト』するとヴェレーミアの声がして心が沸騰するから」
ヴェレーミア? 心が沸騰? 知らない単語が出てきて動揺する。
「ヴェレーミアとは人の名前なのか?」
「空から声が聞こえる。『断罪せよ』とかそんな声が」
天罰執行とはそういう意味なのか。しかしどこか不穏なシステムに感じた。
「ヴェレーミアは他の天罰執行者にどんな事をさせているんだ?」
不意にザイカは言葉を詰まらせてから言った。「言いたくない」
「そうか。なら良いよ」
本当は僕は知っている。天罰執行自体はザイカによって初めて見たがその現象は数多のモンスターから効き及んでいる。そしてそれがゆえに僕は天罰執行者という集団を知ったのだ。
『天罰執行者に切られた人はモンスターに変わる』コーシカは淡々と言った。『モンスターから人に変える天罰執行者なんているんだね』
本人はそれを恥じているけれど、それは「天罰」とは違うものに思えた。
「え! 何? ここは?」声が聞こえた。
ザイカとのやりとりに聞き耳をたてていたコーシカはいつのまにか僕の目隠しをはずしていた。
ドラゴンだった女の子は裸のまま立ち上がり「なんで」とか「戻った」とか呟いている。
「あー、僕の名前はアポス」というが早いか女の子は叫び声を上げ僕を殴りつけた。
『今のはアポスが悪い』コーシカは腕を組んで言った。
「ごめんなさい! 驚いて殴っちゃた!」
『アポス、上着を脱いで』コーシカのいう通り僕は上着を脱いでから女の子を見ないようにそれを渡した。
礼を述べてから女の子は言った。
「あの‥‥私、竜になっていたと思うんですけれど〜」
「多分、任意で戻れると思う」と落ち込んでいたザイカはやっと復活して言った。「戻りたかったらそう念じるだけでドラゴンに戻れるよ。人間に戻るのも同じ」
呆けた顔の女の子は僕の上着を脱いで再びドラゴンになった。
『本当だ!』
ドラゴンになる間際に再びばっちり裸を見てしまったのだがコーシカもザイカも気づかずにいた。助かった。
『私、ユランって言います〜。奴隷商人に攫われて荷馬車の中にいたら外で騒ぎがあって気が付いたら竜になっていました〜』
話の流れで考えると奴隷商人を襲った天罰執行者が一緒にいたユランもモンスター(ドラゴン)に変えてしまったと見るべきだな。そう考えるとザイカのいうヴェレーミアという人の声に「天罰」としての信憑性はないと感じた。ユランは被害者だからだ。
さてどうするか。ここでユランを人の姿に戻したのも同じ天罰執行者であるザイカであると説明すべきか。いやしかしそもそもユランは天罰執行者によって自分が竜に変えられたとは知らない。ならば‥‥。
『わっ!』耳元でコーシカが叫んだ。
「え! なんだ?」思わず肉声で答えてしまった。
『余計な事を考えているときの顔だ』
確かにそうかもしれない。
「私があなたの体を戻した」ザイカは淡々と言った。「恨んでもらってかまわない」
ユランは人の姿に戻った。僕の上着を身に着けてから言った。
「恨んでないです。感謝しています〜」
「そう‥‥、なんだ」ザイカは神妙な顔つきで言った。
それから不意にザイカの前に土下座してユランは言った。
「私を買ってください! 両親は皆殺しにされて行くところがありません!」
「それは私ではなくアポスに言ってくれ。私も文無しだ」
ユランは僕の服を脱いで素っ裸になり、上着を掲げるように持ってから「好きにしてください」と言った。
「イヤイヤイヤイヤイヤ」
『へえ買っちゃえば?』とコーシカは嫌味を言った。
「困っているみたいだな。よく分からんがアポスなら好きにしてくれると思うぞ」
「誤解を招く表現はやめろ!」
どの道ドラゴン退治は完遂できたと言えなくもない。報償金は結構な額になる。
「一応訊くけれど畑から野菜を盗んでいたのは事実だろうね?」
「飢えて食べるものもなく、でも竜の姿では働く事も出来ないので仕方なく。でも一応対価として山の洞穴で見つけた宝石を置いておきました〜」
依頼者からそのような話はきいていない。洞穴で見つけた宝石とは盗賊の隠したお宝だろうか。どちらにせよ消えた宝石の行方が気にかかる。
『あ! カラス!』とコーシカは言った。
「あ」
僕らは神殿に戻り、梁の上にあるカラスの巣を探った。案の定そこに大量の宝石類があった。探せば他のカラスの巣にもあるかもしれない。
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