7.『大魔法使いの弟子の弟子』
「フハハハハ……生きておったか、この座標……!」
吹雪で白く烟る古城に、老人の高笑いが響く。
ピエノ村の足たちが、怯えて家に逃げ込みはじめた。外で遊んでいた子供も親に呼び込まれ、次々と玄関のドアが閉まる。
そのおかげで、ボロ布のような魔法使いが狂ったように笑いながら飛んで行く、恐るべき姿を目の当たりにする者はいなかった。
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「ミドヴェルトさぁん、俺もう振られたんでしょうかぁ〜?」
「情けない声出さないでください。もっと公爵様らしく、毅然として!」
「でもぉ〜……」
暗黒王子のチャーム騒動は、思いのほか悪化していた。王城の中の女性達は、みんなヴァンゲリス派を標榜し、すっかり取り巻きになっている。ホムンクルス姫もその一員で、公爵様はもうすっかり駄目人間だ。ヒュパティアさんは辛うじて理性のかけらを総動員し、引き籠もるという選択をとっているみたいだけど、メガラニカ王まで閉め出されたらしく苦情が届いている。
厄介なのは、ヴァンゲリス王子だけがチャームをかけてるわけじゃなさそうなところだ。いつも暗黒王子と一緒にいる暗黒騎士2名も魔国の女性を侍らせているので、おそらくチャーム持ちだろう。って……おい蛇男ぉ! おま、何でチャームにかかってんだよおおぉぉ!!
よく見ると、文官さんもチラホラ巻き込まれてるようだ。あ、あかん……ストライキレベルで業務が滞っている……
こんなときに頼れる執事悪魔のマーヤークさんが見当たらないので、しかたなくお友達らしき青髪悪魔のロンゲラップさんに相談すべく、王城の裏庭からアトリエへ向かう。王様は大臣さんと会議中。もしかしてこうなることがわかってて、暗黒海御一行様を西の森ホテルに缶詰にしたかったのか……?
いやもっと早く教えてよ……
まあ、吸血鬼公爵様の問題もわりと放置してたくらいだから、このチャーム問題もスルーするつもりなんだろうな……
弱肉強食の世界とはいえ、もうちょい救済政策のほうにも力入れてくれ!!
アトリエのドアをノックすると、助手のマルパッセさんが顔をだす。
「ああ、君か。師は留守にしているよ」
「え、そうなんですね……あの、マルパッセさんってチャームについて何か知りませんか? 友人が困ったことになってしまって……」
「精神異常か……私より師に聞いたほうがいいと思うが……」
「やっぱり難しいですか……」
思うような答えが得られずに、私はアトリエを離れた。どうすりゃいいのか……姫もヒュパティアさんみたいに、自室軟禁にしたほうがいいのか? 王城に向かって歩いていると、ベアトゥス様が私を見つけて声をかけてきた。
「おい、お前、大丈夫か?」
「あ、はい。……聞きました? ヒュパティアさんのこと」
「ああ、あいつは大丈夫だろう。防御力は高いからな」
「申し訳ありません。魔国のトップもまだ対処できていないみたいで……」
「あいつらは何なんだ?」
「暗黒海から留学のためにいらっしゃった王子様御一行です。種族としては、たぶん悪魔族でしょう」
「悪魔だと?!」
「うちにもわりと悪魔がいるので、油断してました……契約に縛られない悪魔が、こんなにタチ悪いなんて」
「これからどうするつもりだ?」
「うーん……ヴァンゲリス殿下ともう一度お話ししてみますか……ただの気まぐれなら、今は気が変わってるかもしれないし」
「もう一度って、お前、悪魔と言葉を交わしたのか?!」
勇者様が私の肩をガシッとつかんで、思い切り揺さぶる。頸椎が……頸椎が逝くのでやめてください……
「落ち着いてください、私はチャームにかかっていないので」
「そ、そうか……」
「それに、目的がわかれば代案も出せるはずですし、何とか頑張ってみます」
「無理するなよ、俺にできることがあれば言え」
「わかりました! 頼りにさせていただきますね!」
とりあえず、ホムンクルス姫をあの悪魔王子から引き剥がすのが先だ。
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王城で、女子たちの黄色い声がキャッキャと聞こえる客間のひとつを覗くと、暗黒3人組に魔国の貴婦人たちが群がっていた。幸いというべきか、ホムンクルス姫は、出入り口に近いところで壁の花になっている。まあ、前世じゃかなり奥手だったみたいだもんね。それに、ほかの貴族令嬢たちは、かなりアグレッシブだ。何人かは、背後から文字列を垂れ流して、かなり狂気の舞が繰り広げられているっぽい。
「素敵……ヴァンゲリス様……」
すっかり目がハートになっちゃってるホムンクルス姫を部屋から連れ出し、裏庭のガゼボまで一緒に歩く。途中で待っていた公爵様が、恐る恐る話しかけてきた。
「ミドヴェルトさん……」
「すみません、ちょっとチャームに詳しい人が出払っていて……」
「か、彼女……大丈夫なんスか……?」
「まあ酔っ払ってるようなものなので……ただ、時間で覚めるのか、術者との距離で覚めるのか、それともアイテムが必要なのかわかんないんですよ」
「ううっ……俺が役立たずなばっかりに……」
「まあしょうがないですって。姫はホムンクルス体なので、魔法に弱いのかもしれませんね。後で魔法を跳ね返すアクセサリーなどプレゼントしたらいいんじゃないでしょうか?」
「そうします……」
「念のため、公爵領にお連れしたらいかがでしょうか? 暗黒海の問題が落ち着いたらご連絡しますから」
「わかりました! いつもすんませんッ!!」
久々だったので、危うく頭突きを喰らいそうになりながら、公爵様の渾身のお辞儀を受け流す。公爵様はすぐさま魔車を用意させて、取るものもとりあえず姫を連れて乗り込んでいった。とりあえずは現状維持で時間稼ぎができるかな……? 姫の貞操の危機さえなくなれば、多少ブツブツ言ってても何とかなるだろう。公爵様のメンタルが持てばいいけど……まあ、そこまではさすがに面倒見切れないっスよ……
そういや、人心操作っぽい能力、持ってる人いたな……会いに行きたくないなぁ……でもしょうがないか……うぅ……
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「ミドヴェルト様! 本日はどうされました?!」
教会の中に入ると、ロプノール君が大司教姿で飛び跳ねるようにやってきた。そんな服着てるんだから、もう少し威厳のある歩き方したらいいのに……ともかく、公爵様のお悩みを解決すべく、暗黒問題について相談してみる。
「なるほど、そんな強いチャームがかかっているんですね……?」
そういうと、ロプノール大司教は、グッと距離を詰めて私の顔を覗き込んだ。
「うわわわ、近い近い、何?!」
「ミドヴェルト様にチャームがかかっていないかの確認です! 大丈夫みたいですね!」
「だから大丈夫だってば……私は……」
そこまで言いかけて、悪魔に生命力を吸わせてるからなんて……この狂信者に漏らしたら恐ろしいことになるかもしれないと考えた。いっそ勇者のおかげってことにしとくか? でも、なんか見破られそうで怖いな……
「あの、ロプノールさんて、チャーム解除する方法とかわかります?」
「チャームにもいろいろあるので……その暗黒王子って人が、魔法を発動しているなら解けると思いますけど、生まれ持った効力だと難しいですね。でもその場合は、たいてい遠くに離れることで自然に解除されるはずです」
「だとすると、公爵様と姫はもう大丈夫かな……?」
「問題は、王城内にどれだけチャームが広がっているかですね。統率者たるロワと同じくらいの範囲に影響できるとすると、王城の敷地内は全部チャームの射程内ってことになりますよ」
「うえぇ……どうしよ……」
「わかりました、僕が行って確かめます」
「え? でも……教会は?」
「僕、これでもけっこう部下が増えたんですよ!」
お喜びください! と言いながら、ロプノール君は外出の準備をはじめた。
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「なんじゃ、ろぷのーるどのをしろでみかけるとは、めずらしいことよ」
「お久しぶりです、妖精王女様。相変わらずお美しいですね」
そういえば、ロプノール君もわりと平気で歯の浮くようなセリフが言える奴だったっけ……
仲がいいのか悪いのか、笑顔で牽制し合う2人を見ながら、私はみんなでのんびりしてた頃を思い出す。そういえば今日はフワフワちゃんを見ていないけど、騎士団の方かな??
さすがに魔国の王子様がチャームにかかったりはしないだろう……
と、思ったら。
なんかヴァンゲリス様の足元でスリスリしてる白いフワフワがいるーーーー!!!
蛇男と文官さんに続き、お前もか……フワフワちゃん。
ていうか、かなりショックデカい……
私だけにスリスリしてくれてたのに……
あ……これがはじめて私が魔国に来た頃、執事さんが感じてた気持ちなのかな……?
などと考えてたら、無意識に暗黒王子を睨みつけてしまってたんだろうか?
ほんの少し口角を上げた薄笑いを浮かべ、暗黒海の貴公子が話しかけてきた。
「おや、君ですか? 今度は私とどんな話をしたいのかな?」
取り巻きの貴婦人たちが、無表情で一斉にこちらを向く。チャームっていうか、ゾンビみたいだな。
「お美しいご婦人たちとのお戯れの最中、申し訳ございません。殿下のチャームがどのような種類のものか、ぜひお教え願いたいと思いまして」
「それを教えてしまっては、私の楽しみが減るではないか」
「失礼ながら、ヴァンゲリス様は、勉学に励む目的で魔国に留学されたと聞き及んでおります。私は、魔国の王子殿下の教育係として、責任を果たさせていただきたいだけなのです」
「ふむ……結婚を控えた友人はどうなされたのかな?」
「婚約者様と一緒に、領地にお戻りになられました」
「なるほどね……ではあなたに問おう」
急に威圧感のあるオーラを纏った暗黒王子が、鋭い目つきで射抜くように視線を向ける。
私は、グッと怯みながらも負けずに睨み返した。森で野生動物に会ったら、弱気になっちゃいけない。礼儀やマナーが通じないなら、この悪魔王子も大馬鹿野郎で大自然の一部ってことだ。野生動物扱いで行くのが正しい取り扱い方だと思う。
「私を3柱目にする気はないかい?」
えぇ……? 何言ってんだ? こいつ……
意味不明すぎて、言葉の意味を翻訳するのに時間がかかった。
目の前の悪魔が、いい笑顔で返事を待っている。
なんかあったなーこんな『歌』……脳内にナダサーフの歌が流れた……
ビューティフルビート。君の男になってもいいかい? っていう歌詞がとんでもねえな! って、現実世界の友達とキャアキャアしたもんだ。ははは。
「うあッ……何が起こっているッ?!」
あ、そっか、悪魔さんだもんね。すいません、私なんかやっちゃいました? なんて、わざとですけど。
キラキラした音楽のイメージを思い浮かべながら、ナダサーフだったらBlizzard of '77のほうが好きだなぁなんてことを考える。アコギで歌いながら流しとかできたら楽しそうだ。
あれ? 意外にも暗黒騎士さんがお倒れになっている。あいつらも悪魔なんか?
「わかったから! やめてくれ……!」
「それでは、チャームもやめてもらえますか?」
「わかった! 約束する……!」
「でも、たしか契約とか重視しないんですよね……?」
「この件は別だ!」
スッと元に戻るご令嬢たち。それを見て私も『歌』を思い浮かべるのをやめる。何だか強硬手段に出ちゃったけど、国際問題とかにならないといいな……
フワフワちゃんは、何も気づかないままスン顔で8の字運動を繰り返している。……ははぁ、アレは演技だったんだな。フワフワちゃんなりに、潜入捜査のつもりだったのかな? ちょっと嬉しいかも。
「すごいじゃないですか、ミドヴェルト様!」
「あ……」
せっかくロプノール君を連れてきたのに、つい出しゃばってしまった。
「す、すいません……余計なことしちゃって。こ、この人たちどうしましょう?」
「一度、教会にお越し願いましょう。魔国での行動規範についてご説明いたしますので」
フワフワちゃんを抱き上げると、何だかびっくりしてて笑ってしまう。やっぱ癒やされるなー。暗黒海御一行様は、揃ってロプノール大司教に任せることになり、とりあえず一件落着。念のため、悪魔が暴れないように、私も教会までついて行くことにした。
王城から出ようとすると、ボロボロの執事さんが、さらにボロボロのお爺さんを引きずっている。え? 大丈夫な図なの? これ……
「これはこれは、ミドヴェルト様。ヴァンゲリスめが、何か粗相でもいたしましたか?」
「い、いえ、ちょっと話し合いを……」
執事さんと話をしようとすると、暗黒王子が急に毒付いて会話の邪魔をした。それに呼応するように、ボロボロのお爺さんも元気に騒ぎ出す。
「マーヤーク……貴様!」
「何じゃと?! 此奴が悪食のマーヤーク……!」
そこへ、身なりを整えてすっかりよそ行きモードになった青髪錬金術博士がやってきた。
「久しいな、ヴァンゲリス」
「ロンゲラップだと……? どうなっている?!」
「し、師匠ではないですか?!」
暗黒悪魔とボロボロのお爺さんが、ほぼ同時に声を上げた。
なんか……だんだんカオスになって来たなこの場所……門番さんが無表情で空を見上げてる。完全に空気になろうとしてるな、アレ……
「俺は知らんぞ、こんな老人」
「私です! ヴォイニッチです!!」
「な! ……あの子供か?」
「そうです! 大魔法使いロンゲラップ様!! 弟子のヴォイニッチですぞ!」
「その名で呼ぶな」
必死に自己アピールをするお爺ちゃんに、青髪悪魔は少し哀れな視線を向ける。ボロボロのお爺さんは、子供の頃、ロンゲラップさんのお弟子さんだったんだね。子供が急にお爺さんになってたら、さすがに気づかないだろうし。それに……ショックかもしれない。
「やはり人間とは関わらんほうがいいな……」
ロンゲラップさんが何となく小さく呟いた言葉が、私の耳に刺さった。