6.『暗黒海からの囁き』
「統率者たるロワがお呼びです」
久々に王様に呼び出され、執事さんの後について謁見の間へ行く。正直なところ、今はフワフワちゃんもアイテールちゃんも私抜きで勉強できてるから、教育係は解雇なのかも知れない。すっかり西の森ホテルにかまけきっていたので、王様に慣れたつもりで実は心臓バクバクである。まあ、まだ貯金はあるから、お城を追い出されてもなんとか生きていけるけど。
相変わらずのおじさん二人の顔を見て、なんだか懐かしいような気分になって礼をする。
「ミドヴェルト殿、実は、また少しそなたの力を貸して欲しいんだが……」
王様の話によると、暗黒海っていう海の底の国から王子様が留学してくるらしい。そんな良い学校、魔国にあったんだ……というか暗黒……ダークな竜宮城って解釈でいいのかな?? タコ的な生き物だったらどうしよう……たこ焼き食べたい。
とりあえず、暗黒王子歓迎のレセプションで、またチョコ魔法してほしいんだとか。それはいいんだけど、教育係の職は続けていいんでしょうか……?
「ああ、よいよい、名誉職みたいなものだから気にするでない」
王様は何だかサラッと流した。
そんなことより、勇者と婚約するのか? とか、また逃げる気なら、今度は魔国の貴族連中を紹介しよう、ロクなのおらんけど! ハッハッハ! みたいな話にスライドしていったので、適当な返事をして退出した。
なんか謁見の間って、実家感あるんだよなあ……縁談の話題ばっか聞かされてるからか?
王様は、さりげなく西の森ホテルに興味があるっぽい雰囲気で、暗黒王子のために西の森で狩りのイベントをするか、いっそのことレセプション会場を西の森ホテルにしたいなんて言ってた。いいのか、王城……
まあ、暗黒海ってくらいだから、半魚人かなんかでビッチョビチョなのかも知んないね。あとでお掃除が大変なのかも。西の森ホテルは、2階から上はカーペット仕様だけど、1回ロビーは大理石の床にしたから多少汚れても大丈夫。便利に使ってくださいよ。
今、ホテルの建物はガワだけなら完成しているので、内装作業が順調にいけば……暗黒王子様ご到着までには何とか完成するかもしんない。あくまで予定は未定である。
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「あれ、ロンゲラップさん、戻ってたんですか?」
裏庭を通りかかると、アトリエから青髪悪魔さんが顔を出した。
「ああ……ヴァンゲリスが来ると聞いたからな」
「ヴァン……え?」
「お前は何をしている?」
「私はこれから暗黒海御一行様をお迎えする準備がありまして……」
「なるほどな。あいつの狙いはソレか……」
「??」
「おい……気をつけろよ」
「え、何に? あ、ちょっ……!」
何だかわからんけど、誰か知り合いが来るらしい。青髪錬金術博士は、振り返りもせずに早足でどこかへ行ってしまった。で、何に気を付ければいいんだ……それだけ教えてください。
チョコブースのデザイン設計も相談したかったな……まあ、何でも頼っちゃ駄目か。とりあえず、レセプションは西の森ホテルでの開催が正式に決定したってついさっき文官さんに言われたので、宿泊フロアも整えておかないといけない。温泉はまだできてないけど、大まかに完成披露会ってことにもなるのかな。
完全なオープンイベントは、公爵様ご夫妻の結婚披露パーティーになるはずだから、それまでに口コミで話題を広めてもらおう。あ、そうだ! 西の森の幽霊も勇者様に討伐してもらうんだっけ。そこら辺も一応話通しておかないと駄目だよね。思いのほか忙しいことに気づいて、今さら慌ててしまう。落ち着こう……1個ずつ片付ければ、ちゃんと終わるはずだから。焦るな、自分!
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「遅れる〜!!」
西の森に向けて、ぐるぐるパンを咥えたまま走る。いろいろグチャグチャ考えてたら、何だか眠れず明け方に寝落ちした。そのせいで、まんまと打ち合わせに遅れている。今日は内装の最終チェックで、結構偉い人が集結しているヤバい会合があるのだった。自由な魔国といえども、私にはわからない決まり事とか格式の何ちゃらがあって、さすがに自力ではどうにもならないので専門家に監修をお願いしていた。
例えば、魔国の雰囲気を壊す調度品はNGで、雰囲気重視の観光地条例みたいなルールがある。あと、意外にこだわってたのが壁紙とカーテン。うっかり聖属性の模様とか使っちゃうと、自然に結界が張られて最悪の場合は死者が出るらしい。そういうのは早く教えてください……なんか綺麗だなと思って使っちゃったじゃないですか。
魔国でも聖属性の魔法はちょいちょい活用されてるので、全面禁止とかにはなってないみたいなんだけど、言ってみれば壁一面にお札が貼ってある部屋に泊まりたいかという話だ。私にはただの綺麗な模様にしか見えないけど、うっかり魔力の低いお客様が泊まったら、およそ3時間ほどで消滅させられてしまうらしい。
プライドの高い貴族様の中には、本当はあんまり魔力がないのにあるフリをしている人も結構いるらしくて、知らずに消滅されたら大事件になってしまう可能性があった。
「うわっぷ!」
「おっと、すまないね」
考え事をしていたせいで、前に人がいたのに気づくのが遅れた。わりと全速力で突っ込んでしまい、私は思いっきり跳ね飛ばされてしまった。見上げると、真っ黒な髪の男性が手を差し伸べてくれてる。町の人みたいな衣装着てるけど、貴族のお忍びか……?
素直に手を取って起き上がると、一応謝罪した。
「申し訳ありません、急いでいたもので」
「君が例の……いや、急いでいたならもう行かなくては。だろ?」
「あ、ありがとうございました!」
何だか変な反応をされた気がするけど、とにかく今は打ち合わせに間に合わなければいけない!
必死に走ってホテルのフロントにたどり着くと、ユルスルート君が水をくれた。あれ? もう働いてんの?
「あの……今から馴染んでおきたくて……いいですか?」
「もちろんいいよ! でも怪我を治すほうが先だから、無理しないでね」
「わかっ……わかりました!」
うむうむ、やっぱオープニングスタッフに乗り遅れると気まずいもんね。工作員組は助け合って行動してるから、何だか可愛い。3人組はどこへ行ったのか……どっかで青春してるのか?
ギリギリだったくせに、まるで予定通りという顔で会合に混ざる。
事前チェックで指摘されてたとこを直したから、今回はオールグリーンだ。これで暗黒海御一行様にも対応できるってことになり、ホッと一息。あとはイベントをつつがなく成功させるのみ。
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「プハー! 前祝いですけど、明日はよろしくお願いします!」
西の森ホテルは1階にカフェ、最上階にバーがある。剣闘大会のときは1階の動線とかを確認できたけど、最上階のバーはできたて。実際使ったらどうなのってとこがわかんなかったので、前祝いがてら使ってみた。こういうの、プロなら設計段階でいろいろわかるんだろうな……でも私は素人なんで、使ってみないとわからない。何もかも試行錯誤だ。
一応テラス席もあって、BBQできる感じにもなってるんだよね。室内はお洒落なバーにして、テラス席はビアガーデンのイメージ。ちょっと人が多くてワイワイしてるけど、これはこれで海外ドラマで見たセレブん家のパーティーみたいで良い。風船あったらいいのになぁ……
「このような集まりに参加できて光栄ですよ」
「あ、執事さん、魂問題とコロッセオでは大変お世話になりました」
「いえいえ、ミドヴェルト様のご協力あってこそですので」
「あはは……あ、そうだ。ヴァンゲリスって誰だかわかりますか?」
「ええ、どちらでその名前を?」
「あ、いや、ロンゲラップさんがその人に会うために帰ってきたみたいなので……」
「なるほど……」
薄い悪魔笑いを浮かべると、マーヤークさんは失礼しますと言いながらどこかへ行ってしまった。結局誰かは教えてくれないんかい! まあいいけどさ……
夜のパーティーだったので、フワフワちゃんと妖精王女ちゃんはお休みの時間だ。
私もスタッフのみんなに問題点を聞いて、修正するとこまとめたら寝よ……
テラスに出てみると、バールベック君が早速BBQセットを使っていた。周りには工作員組が集まって、何だか修学旅行のような雰囲気になっている。ホワイトヘイヴン城で会ったときは殺伐としていたけど、すっかり子供の顔に戻ったようだ。こっちで働いてくれるメイドさん達も、お酒が入ってリラックス状態になってるみたい。
「すごく綺麗ね」
「見て見て! あそこ!」
わりと仕事中は無表情で働いてるから、メイドさんのオフタイムって初めて見るかも。普通の娘さんのようにキャッキャしていて、だいぶ楽しんでくれているようだ。
月明かりに魂の螺旋が光る。
その光の渦が湖に映り込んで、かなりの夜景スポットだ。
「明日はどんな日になるのかな……」
「心配か?」
「あ、お疲れ様です、ベアトゥス様」
「もう様付けはいらん」
「え?」
「お前……転生者なのか?」
「……!?」
ど、どどどうして??!!
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王城の自室のベッドに、どうやってたどり着いたのか覚えていない。
私は筋肉勇者にズバリ言い当てられて、動揺して、仕事して、適当に逃げて、そこら辺があいまい。
正確には、転生じゃなくて転移? だと思うんだけど。いやしかし、そういう問題か?!
ベアトゥス様に現実世界のことなんて喋ったっけ??
ヒュパティアさんに女子会でバレたとか??
いやいや、公爵様にしか言ってなかったはず!
……ホムンクルス姫に言っちゃったのかな??
は! ……メガラニカ王か……あいつがバラしたに違いない。
でも王と勇者ってあんま仲良くなかったよね……?
やっぱりわからん!
朝の光を浴びながら、だらだらと支度をはじめる。今日は頑張らなきゃいけないのに、考えがまとまらない。なん……え? どゆこと……?
ベアトゥス様って、脳筋のようでいて意外と鋭いんだよなぁ……さすがに公衆の面前で異世界人だとバラされる恐れはないと思うけど……
なぜ知った? そして、今後どうしたいの?
それだけ教えて……
考えるべきことにたどり着けず、考えないほうがいいことばかりが頭に巡る。今日は忙しいっていうのに!!
とりあえず西の森に向かい、イベントの最終調整。
そこから王城に戻って、暗黒海からの使者が王様に謁見する儀式に参加した。いつものように、みんなに紛れて脇に立つ。アイテールちゃんは、謁見の間の両脇にある2階席みたいなところにいて、私はアリーナで立ち見って感じだ。真ん中のカーぺットに沿って鳥脚の儀仗兵が並び、フワフワちゃんは王様の隣に座ってる。
おお……置物扱いから昇進したのか……?
ドアが開いて、文官さんが口上を述べる。
「暗黒海より来られたし壱の王子! ヴァンゲリス様! お付きの暗黒騎士ダロル様! そしてマトロタージュ様です!」
わー! パチパチパチ! と周囲から歓声があがる。誰かが指笛を吹いて、次々にヒューヒュー! と囃し立てる人が続いた。よくわかんないけど、これは義務でやってるらしく、王様が手を翳すとシン……と一瞬で静かになる。
「よく来られた、暗黒海の貴公子よ、歓迎する」
「ありがたき幸せ」
そして、さっきと同じく拍手と歓声で歓迎の意を表す。ヴァンゲリスって王子様の名前か……
不躾に眺めてしまったせいか、暗黒王子と目があったような気がして、慌てて目を逸らした。
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王城内は、暗黒海からきた王子の噂でもちきりだ。
結婚を控えたホムンクルス姫も、思わず色気に当てられたと言いながら顔が赤い。経験豊富そうなヒュパティアさんすら「なんなのあのイケメン……」とブツブツ呟いていた。妖精王女ちゃんは、少し冷静だ。
「あのものはちゃーむをたれながしておるようだの。くずのよかんがするわ」
「ちょ、そういうことを言葉にしてはいけませんよ、王女様」
「おぬしはちゃーむにかからなかったのか? きょういくがかりどのよ」
「え? ってことはこのお二人は……」
「はらぐろのちゃーむにかかっておるようだ」
「ええ?! マズいじゃないですか!!」
アイテールちゃんの説明によれば、王城内のかなりの女子達が暗黒海の貴公子に夢中になっているとのこと。はあ……よく見ると目がハートになってる……これがチャームの印なのか?
念のため厨房を覗いてみると、メイドさん達の目もハートになってる。あ……おばちゃん、あんたもか……
一体何を企んでいるんだ? 慌てて執事さんにこの異常事態を報告しようとするが、どこを探してもいない。廊下を小走りに進んでいくと、急に甘ったるい声がした。
「おや、どうしたのかな? 子猫ちゃん♡」
で、出た……! 暗黒王子ヴァンゲリス!!
でも……今んとこ、私はチャームにかからないっぽい。対抗できるなら、まずは会話を試みるしかない!
「ご機嫌うるわしく……暗黒海の貴公子ヴァンゲリス様。あなたの魅力に女子達はすっかり当てられているようですが」
「いかにも。私の趣味は恋の鞘当て。できれば美しい御婦人方に追いかけられたいものです」
「他人の感情を弄んで楽しいんですか? 恋の醍醐味はチャームなんかじゃわからないと思いますけど」
「おっと失礼……あなたは私と恋がしたいのかな?」
んなわきゃねだろ……!! イライラを抑えながら、色気ムンムンの暗黒王子を睨みあげる。
「ふむ……あなたはマーヤークの恋人か? いや、もうひとり……?」
「違います! でも私の友人は結婚を控えているんです。今すぐチャームを解除してください!」
「結婚とは何ともめでたい」
悪魔のような薄笑いを浮かべ、暗黒王子は言葉を続けた。
「しかし、私は契約を重視しないタチなのだ」
「あなたもそうなのでは? 2柱の悪魔と関わる者よ……」
え? ……何こいつ……?
もしかして、本当に悪魔なの?!!