5.『成り行き任せで日が暮れて』
号外!! 吸血鬼公爵様の元婚約者、人間の勇者と熱愛発覚!!
「はぁ……」
新聞を読んで深いため息をつく私。目の前にはニコニコと輝くような笑顔を見せる妖精王女様がいた。フワフワちゃんはといえば、私の座る長椅子の隣でスリスリと頭を寄せながら、大きな目で不安げに見上げてくる状態。さすがに王子殿下の教育係として、よろしくない醜聞だろう。フワフワちゃんがどこまで理解してるのかわかんないけど、不安を与えてしまったことは確かだった。
「あおがみるーとはどうするのじゃ? きょういくがかりどのよ……」
「ロンゲラップさんは素材探しの旅に出てますから、しばらくは戻らないでしょう」
「では、ゆうしゃるーとをえらぶのか?」
「そんな、私は選ぶ側の人間じゃありませんから……」
「われは……にんげんどうしもわるくないとおもう」
「え?」
いつになく真面目なトーンで話し出すアイテールちゃんに、思わず生返事をしてしまう。この王女様は、意外ときっちりしているんだよなぁ……たぶん、ここで態度をはっきりさせなきゃいけないって、知らせてくれようとしているのだろう。大々的に噂の的になってしまっては、落とし所を考えないとダメなんだよね、きっと。責任問題に発展したら、魔国からの追放も覚悟する必要があるんじゃないかな……
今まで好き勝手させてもらって、人間の避難民まで連れてきちゃって、はたから見たら勇者様に心奪われて尽力したみたいなもんだよなあ……いや、私でもそう勘繰っちゃうよ。うん、ストーリーとしては確かに自然だ。
「どこへいくのじゃ?」
「とりあえず、仕事しながら考えますよ……あ、チョコはお部屋に届いてるはずですから」
「ムー、ムー!」
「フワフワちゃん、途中まで一緒にいこうかー」
「ムー!」
人間同士か……
結局、私は何もかもどうでもいいのかな?
なんだか漠然としてて、はっきりした意見なんてないんだよね。
何となく気が乗らないなってだけで、断固拒否って感じもないし。
勇者様をこっぴどく振って、殴られてみるのもアリかな?
まあ、私の思考実験に繊細なベアトゥス様の気持ちを利用すんなって感じだよな。
……だるいなぁ……
☆゜.*.゜☆。'`・。・゜★・。☆・*。;+,・。.*.゜☆゜
「あたしは知ってたさ! あんた達がいい仲だってことはね!」
食堂に行くと、厨房のおばちゃんがわざわざぐるぐるパンの籠を持ってテーブルまでやってきた。何でも、メイドさん達にクギを刺し、ベアトゥス様に深入りしないように注意してたんだとさ。どうりで彼女ができない訳だよ……私に協力的な厨房のおばちゃんが気を回してくれたおかげで、計画の一端はすでに崩れていたみたい。くう……人間関係ムズ過ぎィ。
とりあえず、王城のメインシェフのおばちゃんを引き抜くわけにもいかず、ベアトゥス様にも断られてしまったので、西の森ホテルの料理担当は、工作員組のバールベック君に内定決まりかけってな雰囲気になっていた。今は、王城の厨房で修行という名の小間使いをしてもらっている。おばちゃんに魔国のレシピを教えてもらいつつ、ベアトゥス様に弟子入りして味のセンスを磨いてもらう予定。
バールベック君は元々チームのご飯係をしていて、かなり評価が高かったようだ。無口系キャラだけど、あんまりモヤモヤの文字列は出てこない。素直だから、心の中で愚痴とかあんまり溜めてないのかも? ベアトゥス様にも特に思うところは無いっぽい。意外と相性のいい相手なのだった。
とりあえず、今日は王城と西の森を行ったり来たりで忙しい。私はおばちゃん特製のぐるぐるパンを2個もらって、書類の束と一緒に肩掛け鞄に詰め込んだ。立ち上がって食堂の出口に向かうと、ベアトゥス様が壁に寄りかかっている。
「あ……」
「丁度できたぞ。ほら、持っていけ」
私にレシピの書かれた紙を渡すと、用は済んだとばかりにベアトゥス様はクルッと背を向けて歩き出す。剣闘大会から、何だか気まずくて全然顔を会わせてなかったので、もしかして失礼だったのかな……いや、マズいよね。よく考えると勇者がやさぐれモードに戻ってもおかしくない。……って、自意識過剰か? とりあえず、こまめな会話だ。
「あ、ちょっと待ってください!」
「なんだ?」
「あの……ありがとうございます。あと……」
「その話をここでするのか?」
そ、そうだよね……プライベートな問題だし……話の流れによっては、人がいっぱいいる食堂の廊下で、勇者様を振ることになるかもしれないのだった。それはさすがにマズ過ぎる。
「お前が忙しいなら、歩きながら話そう」
「あ、はい……」
とりあえず西の森に向かって歩き出すと、ベアトゥス様もついてきてくれた。話すとか言いながら、何となく無言になってしまう。どうしたもんか……何か話題、話題……っと。あ! そういえばアレについて聞いてもいいかな?
「あの、ちょっと小耳に挟んだんですけど、百殺事件って何ですか??」
「…………」
急に沈黙の質が変わった気がして、私は慌てる。だよね、こんなこと聞いちゃ駄目だよね。
「……お前の質問には何でも答えると言ったな。百殺事件は、俺がまだ子供の頃に起こした事件だ。神国の人間を100人ばかり消し去った」
「ひゃ、100人ですか……」
「恐ろしいか?」
「いや、今のベアトゥス様からは想像もできなくて……ちょっとびっくりしました」
子供の頃に大殺戮をしたってことは、超攻撃的なスキルが発動したってこと? その超パワーが開花したおかげで勇者になったのかな?
いろいろと考えてみると、ベアトゥス様も大変そうなんだよね。妹は天才で、王族とも付き合ってるし、よく捻くれずに育ったもんだ。あ、でも厨房でヒュパティアさんと話してたとき、また陰謀だろとか何とか言ってたな……妹さんの罠にはめられまくって来たのかな?
でもまあ、子供の頃か……思春期とかじゃないなら、まあ百殺事件ってのは、事件というより事故の範疇かな? さすがにシリアルキラーってわけじゃないよね?? そういや破壊衝動って、単なる表現か? それともスキル名とかだったり……? あの執事さんとの戦い、結構引っかかってんだよな……
「まさか、破壊衝動って関係あります?」
「何だと?」
今まで穏やかに歩いていたベアトゥス様が、急に殺気を放つ。そのオーラは、勇者を起点に衝撃波のように森を震わせ、一斉に鳥が飛び立った。マズい……何か失敗したようだ。これは終わりましたな!
「いや……そうだな。俺は定期的に暴れ回らんと感情が抑えられなくなって爆発してしまうのだ」
「そ、そうなんですね……」
「まあ年に一回は体を動かしたいものだな。先日の剣闘大会は渡りに船だった」
「あ、なるほど! それでヒュパティアさんが……」
「あいつのは、単なる嫌がらせだ」
「えぇ?」
勇者の妹が、お兄様の体質を思いやって暴れる機会をくれたわけじゃないんか……? ヒュパティアさんが亡くなったときは、あんなに号泣してたのに。よくわからん兄妹だ。まあ、家族って……複雑よね。
「そろそろ着くぞ」
「え?」
余計なことばかり考えてたら、肝心な話をするの忘れてた……
ベアトゥス様が逆光で見下ろしてくるから、いまいちどんな表情してるのか見えない。
今……話すべきなのかな?
ほかのことに気を取られながら歩いていたせいか、私はうっかり狩猟用の魔法陣を踏んでしまったようだ。獲物がかかると自動で発動するようになっているそれは、薄緑の光を発すると、私と一緒に歩いていた勇者まで飲み込んでチリリ……と空中に溶けて消えた。
☆゜.*.゜☆。'`・。・゜★・。☆・*。;+,・。.*.゜☆゜
「おい、しっかりしろ!!」
ほっぺたをペチペチ叩かれて、重い頭を右手でさする。
「あ……ベアトゥス様……」
「大丈夫か? 記憶はあるか?」
周囲はかなり高い土の壁で、真上にぽっかり青空が見える。起きあがろうとして、手で体を支えられず、スカスカな地面に気づいた。落とし穴の中かな? 下は……
「何じゃこりゃあぁ?!」
「魔獣を落として仕留める罠だな。お前の結界がなければ死んでいただろう」
「ひぃ……!」
地面から無数に突き出るトンガリは、枝だけでなく鉄槍まで利用されている。私の物理防御結界で、トンガリの上に点で支えられながら寝ている格好になっていた。ガチで殺しに来てるやんけ……ま、まあ狩猟用だし。あ、当たり前……なのか?
「はっ! ベアトゥス様は大丈夫ですか??」
「俺にこの程度の攻撃は刺さらん」
「ふわぁ、すごいんですねー」
私のミスで危ない目に遭わせてしまったと思いきや、さすが勇者だけのことはある。人間でも槍が刺さらないくらい鍛えられるもんなのかな……? もしかして、何かのスキルか加護でもあるのか? そんなことを考えていると、不意に引き寄せられて頭をわしゃわしゃされる。
「まったく……心配させやがってよぉ……」
「うえ……す、すみませ……」
「あやまりゃ良いってもんじゃねえ……」
な、なんか土の底でイベント始まった……ってこの世界は乙女ゲーじゃないんだが!? 筋肉勇者の口調が、最初に会ったときの雑な感じに戻っちゃってるけど、もしかしなくても危険じゃない? コレ……
「お、驚かせてしまい申し訳ありません……」
「わかってんのか……? 自分が何をしちまってるかを……」
「お、お許しください……! 何でもいたしますので!!」
「それ以上言うな!」
ひっ!! なんか後頭部つかまれて上半身を引き剥がされたので、馴れ馴れしかったのかな? と、変に冷めた分析をしてしまった。いやでも、そっちが引き寄せたんじゃねーか! 理不尽タイムなの?! この先生きのこるには……
「んぅっ!」
ベアトゥス様の顔がドアップになって、唇の辺りが圧迫される。
ナナナなあああああああ!!!
5秒くらいして、やっと息ができるようになった。離れ際にチロリと舌で上唇をなぞられ驚いて視線を上げると、顎を上げて小首をかしげた半目のイケメンが雰囲気たっぷりに下目遣いをしている。うっ……! 嘘だろ?! この勇者、こんなに色気とか醸し出せたのかよ?!!
は! もしかしてあの優勝賞品でこの状況を願った?! いや、だとしたらもう少しマシな場所があるでしょうよ! 何で土の中?! 槍の上?!! もしかしてすごい変態なのか?!!
わけもわからずぐるぐる考えてしまい、対応が遅れたせいで、なんか場の空気に飲まれたみたいになってしまった。
「べ、ベアトゥス様……こ、これは禁止事項に入ってないんですか?」
「お前の許しを得たからな……」
勇者様がムード出しながら耳元で囁く。うわぁ! だから謝るなって言ってたんかーい! どこでコマンド入力されたのかわからんけど、こっちから何か許可を出した形になっていたっぽい。慌ててベアトゥス様の心のコアを握り「落ち着いてください! 落ち着いてください!」と何度も唱える。
その様子を見て気分を壊されたのか、筋肉勇者はフッと笑って身を引いた。鷲掴みにされた後頭部からデカい手が離れて、私は少しほっとする。
土穴の中で、何となく向かい合ったままお互いに顔を背ける。過剰反応したら意識してるみたいで逆にマズいような気がして、この程度の距離はどうということもないって感じを出す。出せているのか?! わからないけど薄暗いから、耳まで真っ赤なのはバレていないはずだ。
「……ここからどうやって出るかだな」
「あ、王都に帰るのは可能ですので……」
気まず過ぎてそれ以上の会話が続かず、私は事務的に帰還魔法を発動させたのだった。
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「ふふふ……どこで誰と何をしていようと、あなたが帰る場所は、この僕のいるところなんですよ!」
こないだの剣闘大会と号外新聞のおかげで、すっかり有名になった勇者ベアトゥス様と一緒に土まみれになっている私を見て、大司教のロプノール君が嫌味を言う。
何か集会の最中だったようで、いつもよりたくさんの人たちが集まっているみたい。ほとんどみんなのど真ん中に現れてしまったので、何もしてないのに注目されまくっている。うぅ……
ベアトゥス様は、教会の中に飾られた私っぽい絵画や彫像を、不思議そうに見回している。すみません……キモい空間で……あ、何アレ、ステンドグラス新しくなってる……
「こちらが噂のお相手ですか? ふーん……へー……」
ロプノール君が、ものすごくわざとらしい口調でベアトゥス様に絡もうとする。やめとけって。暴れられたら死ねるって。おかしな展開になる前に話題を別の方向にそらそうと、集会について質問してみた。
「えっと……今日はどうしたんですか? いつもより人が多いですね」
「ええ、魔国は自由が認められた国ですからね。人間が必ずしも人間同士で一緒になる必要などない……というお話をさせていただいておりました。これからは『異種間結婚キャンペーン』と題して、異種同士の恋人たちを祝福しようと考えているんですよ!」
「へ、へぇ……それは良い活動ですね……」
「そうでしょう?! ミドヴェルト様のお役に立てるならば、どんな壁をも打ち砕きますよ!」
ベアトゥス様は、狂信的なロプノール君を目の当たりにして、軽く引いてるっぽい。ここにこれ以上長居したら、とんでもない方向に話が行きそうなので、適当にお茶を濁して何とか教会を出た。
「す、すみません……ちょっとこじらせ系の人で……」
「……女神が、お前の顔のように見えた……」
「あー! 本当にすみません!! 悪い人たちではないんですけど、ちょっと事情がありまして……」
「……すまん。我儘が過ぎたな……」
ベアトゥス様は、穏やかな微笑みを浮かべると、ひとりで帰れると言って大通りを王城のほうに歩いて行ってしまった。何だったんだ……なんかいろいろあり過ぎて疲れた……
私もまた西の森に向かう。レスポワールの瞳……だっけ? ベアトゥス様は何を願ったんだろう……?
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「あなたには、そういう小悪魔的な振る舞いは無理だと思っていましたわ」
女子会で、勇者様との熱愛について根掘り葉掘り聞かれたので、仕方なくホムンクルス姫を見習って可能な限りオープンに喋ってみた。運よくヒュパティアさんが欠席していたので、妖精王女Pが大興奮する程度には、何もかもぶっちゃけたような気がする。
「昔、王宮にも複数の殿方にいい顔をしていた小悪魔的な方はいらっしゃいましたけど、最後には皆さん思い描いていたのとは違う方向に進んでいましたわよ?」
「うむ、あくまのはなよめなど、これまできいたこともないからのう」
みんな適当なこと言いながらも、現実的には人間同士がいいと勧めてくれた。実際、悪魔にこだわったからってどうなるもんでもないし……だいたい寿命も違い過ぎるし、自分でもわかってる。でもね……私にとって、ここは現実より夢の世界って感じなんだよね。
ファンタジーの中でリアリズムに縛られるのって、現実世界で感じるよりもなんかね……
まあ、わがままか……
ふと窓の外を見ると、ネブラちゃんとピーリーとウーツ君が仲良く歩いていた。