4.『逃れられない想い』
「……起きたか」
陽射しが眩しいような気がして目が覚めると、ベッド脇から勇者様の声がした。わりと無精髭が伸びてるせいで、一瞬誰だかわからない。
「んぁ……? あれ? 何日たってます?」
「3日だな」
おお……前回は10日だったし、意外と穏便に済んだ……のか? そう思って起き上がると、頭がガンガンして即寝直す羽目になった。
「おぇ……すいません……」
「水飲んどけ」
「あ、どうも……」
「いつもこうなのか?」
「へ?」
「お前の力を分け与える儀式だ」
「あぁ……いつもっていうか……まだ2回ぐらいしかやってませんし」
「感心せんな」
「はあ……どうもすいません」
「まあいい、とりあえず寝てろ」
無愛想に言葉を交わしながらも、ベアトゥス様は付きっきりで看ていてくれたらしい。何だか申し訳ないけど、あんまり口出しもされたくないし、困ってしまう。生命力が一時的に減っても問題ないんだし、有効利用できたほうがいいじゃんか。
勇者様が退出すると、入れ違いに執事さんがやってきた。
「おはようございます、ミドヴェルト様。コロッセオの件、首尾は上々ですよ」
「すみません、任せっきりで……ありがとうございました」
「ではごゆっくり」
用件だけ伝えて、執事悪魔さんは優雅に去っていった。その後、フワフワちゃんと妖精王女ちゃんが来てくれて、ヒュパティアさんもお見舞いに来てくれた。今回はザリガニプレゼントが無かったけど、枕元にぐるぐるパンが積み重なっていた。お、お供え……?
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「うわー! で、デカい……」
何だかんだ丸1日寝込んで、4日ぶりに西の森に出向くと、壮麗なコロッセオが完成していた。これも本当はみんなで作れたら良かったんだけど、悪魔的な手段でサクッと作ってしまいました……でも、スケジュール的にはいい感じだからヨシ!
大きな石柱に支えられた門から中に入ってみると、円形の広場を囲むように観客席が設けられ、その上に道があってチラホラ出店が散りばめられている。
なるほど……2階がメインで3階がフリー席になってるみたい。まあ……ちょっと遠いし、3階席からはほとんど選手の顔も見えないから、雰囲気を楽しみたい人にはちょうどいいのかも?
1階はVIP席や関係者席などで一般人は出入りできない仕様らしい。ちょっと階段が大変だけど、でも誰でも入れる競技場は良いランドマークになりそう。
「あなた、具合はもういいの?」
「あ、ご迷惑おかけしまして……ディキスさんはもう見ました?」
「ええ、あの人、悪魔だったのね。思ったより低姿勢で驚いたわ」
「あぁ……執事さんは怒らせなければいい人ですよね!」
「あなた……あの悪魔を怒らせたことあるの……?」
占いお姉さんのディキスさんは、相変わらずの露出系美人で、森の中でも平気で足を出している。虫刺されとか気になんないのかな……? そんな人に軽くドン引きされて、こっちも心外である。
ホテル本館の建築は、魔国の大工さん達のおかげで順調に進んでいるみたい。日頃から立体ダンジョンみたいな街を作っているだけあって、皆さん高所作業もお手のもので、元気に声を掛け合っていた。
「よー! ミドヴェルトさん! どうだい、なんか気になる所はあるか?」
「大丈夫です、その調子で頑張ってくださいー!」
「おうよ!」
あの大工さんは、耳がとんがってるからエルフなのかな……? 魔国の大工チームもなかなかの多様性に満ちていて、ウサギっぽい人もいればすごく小さい人もいる。みんなそれぞれ手慣れた様子で、プロフェッショナルだ。サカサカ動いてるゲジゲジみたいな人を見たときは、マジで倒れるかと思った。虫系は必ずしも魔獣ってわけじゃないんだね……
とにかく魔国では、誰でもやる気があれば国民になれる。逆にやる気がないと追放されたりするらしいけど。
そんなわけで、メガラニカ王が主催する剣闘大会にも、私が想像するよりたくさんの人が参加の名乗りをあげたらしい。そこら辺は文官さんに丸投げしていいと言われたので、こちらは箱の準備に徹するのみ。
当日は、すでに完成している西の森ホテルの1階ロビー部分を解放して、フードコートっぽい感じにしようかと思ってるんだよね。最初はやっぱホテルだし、高級感のあるカフェにしようかと思ったんだけど、お金持ちの人はコロッセオの2階とか1階のVIP席とかでくつろげるだろうって予想。
今はとにかく、飲食ブースを任せられる人材を探し中なのだった。王城の厨房と、王都の市場で気になる人に声をかけてるんだけど、メニュー被りがないようにしたいから条件クリアが難しくなってしまっていたのだった。
「……というわけで、特別メニューでお忙しいかもしれないんですけど、ご相談してもよろしいでしょうか……?」
「よい。そういう問題なら、いくらでも話を聞くぞ」
ベアトゥス様に話をしながら、二人で西の森を歩く。最近は資材の搬入とかで人通りが多くなったから、あまり魔獣は出なくなっている。まあ、筋肉勇者様の圧倒的な強者オーラで魔獣が近づかないだけかもしれないけど。とにかく準備期間も確保しなきゃいけないし、剣闘大会に関してはあまり余裕がない。
「お前、ちゃんと寝てるのか?」
「うるさいなぁ、仕事終わったら寝るってば……」
「…………」
「あ! も、申し訳ございません……ついおかーさん、じゃなくて、母と話してる気分になってしまい……」
「フハハハ! なにも謝る必要はない。まずは剣闘大会を成功させるのが先だな」
うぅ……先生に「お母さん」って話しかけちゃう的なミスをベアトゥス様にしてしまうとは……でもまあ、確かに睡眠足りてないかも知んない。効率落ちるよりは一旦寝たほうが良いかなぁ?
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ドーン! ドーン!
剣闘大会当日。朝、イベント開催のお知らせとともに大砲の音が抜けるような青空に鳴り響く。何となく花火っぽいの上げたいと言ったら、王様の命令で砲兵の皆さんがご協力くださった。ちょっと、いや、かなり違うけどまあいいか。
話題のコロッセオは満員御礼。ワーワーしてるみんなの歓声を聞きながら、私は2階のお店をチェックして回る。
「お疲れ様ですー! 何か足りないものあります??」
「こちら、問題ございません」
「ミドヴェルト様、お渡し用の紙皿が足りません」
「まだ食材の一部が届いていません……!」
「わかりました! 魔揚げ屋さんと、ぐるぐるバーガー屋さんですね、ちょっと待ってください!」
一緒に来ていた文官さんにお願いして、足りないものを届けてもらうことに。その足で西の森ホテルのほうにも顔を出すと、公爵様とホムンクルス姫が、超フツーにフードコートの席についていた。
「あ、ミドヴェルトさん!」
超フツーに遠くから手を振るライオン耳の公爵様。馴染み過ぎです……いや気持ちはわかるけど。公爵様の中の人はたぶん10代なので、現実世界でもフードコートに行ってたんだろう。妖精王女のアイテールちゃんは居ないようだけど、フワフワちゃんと一緒かな?
「どうしたんです? お二人には、コロッセオのVIPシート用意してたはずなんですけど……」
誰かに案内させたほうが良いのかな? と思って文官さんの姿を探すと、公爵様から止められた。
「いいんスよ、俺たち、ちょっと探検しようって思ってて」
「うふふ、公爵様が連れ出してくれましたのよ」
「まあ、一応警備にも力入れてるはずですけど、気をつけてくださいね。混雑してきたので、お早めに席にお戻りください」
「オッケーっす!」
「わかりましたわ!」
……楽しそうで何より。適当なところで会話を切り上げて、飲食ブースに近づく。コロッセオの2階は、どっちかっていうと王都の朝市とか夜市で話題のお店に入ってもらった。こっちの西の森ホテルには、王城の厨房から10人のメイドさんにご協力をいただけることになったのである。皆さんかなりのやる気にあふれていて、最初はベアトゥス様目当てかと思ったけど、ガチで独立を夢見ている料理人見習いの面々だった。
「お疲れ様でーす! 何か問題ありますか?」
「まあ、ミドヴェルト様、こちらは順調です」
「こんなカラフルでおいしい料理、はじめて取り扱いました」
「皆さん何度も繰り返しご注文してくださいます!」
よかったよかった。王城の料理が食べられるという宣伝文句で、日頃から王都で暮らす皆さんには、かなり好評のようだった。しょっぱい系は、おばちゃん特製内臓煮込みライス・内臓の串焼き・怪鳥のミニオムレツ・魔魚のミックスフライ・湖鮮丼のラインナップ。甘い系は、チョコがけぐるぐるパン・焼きマシュマロ・フルーツ盛り・パフェ・タルト各種。まあまあの充実ぶりだと思う。
うむ、問題なし。とりあえず軽く全体のチェックを終え、私はホテルの裏側に回る。
「キュ! キューキュー!」
「お待たせヒーちゃん、お腹減ったー?」
割と冷えることの多い、西の森ホテルの熱源となるヒトカゲのヒーちゃんは、私の出すチョコを毎日5kg完食している。マルパッセさんが計算して出した栄養バランスを考えた餌と、たっぷりのチョコを食べているヒーちゃんは、もう手のひらサイズではない。1.5mは余裕で超えているであろうその大きさは、在りし日のヒーちゃんママをとっくに越しているのだった。ごめんよヒーちゃんママ……あなたのお子さんは責任持って育成させていただきます……
ヒトカゲは割とメジャーなペットらしく、魔国では一家に1匹ぐらいの勢いで飼われているらしい。育て方によって、体の色や能力に変化が出るので、実用性だけでなく可愛さを極めたブリーディングのコツなどもあるみたい。意外と深い世界なのかもしれない……
ハムハムとご飯を食べるヒーちゃんを見てると、生きてるって実感できる。ちょっと内臓の作りがシンプルらしくて、食べたものがすぐに出てくるから結果がすぐわかって面白い。
今日は、マルパッセ主任の指示でにんじんを多めにあげたから、ウ◯チもにんじん色だ。超姿勢よく、胸を張ってウ◯チをする姿が、何ともいえなく可愛らしい。
「よーしよし。ヒーちゃん今日も良い子だねー」
「キュー!」
まだ完成してないけど、温泉とプールができたらヒーちゃんに温めてもらう予定だ。話を聞いた限りでは、2m以上まで成長させないといけないらしい。西の森ホテルのボイラー的な存在なのだった。
「ミドヴェルトさん! ちょっと良いですか?」
「はい! 何かありました?」
「次の対戦なんですけど、あなたにお願いしたいことがあると、選手が……」
「え?」
会場係の文官さんは、とんでもない伝言を持って来てくれた。
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「いや、そんなの無理ですって!」
コロッセオの控え室。選手のロッカールームで、全力離脱を試みる私。周囲はムキムキの力自慢ばかり。目の前には私の肩をガシッと両手でつかむ筋肉勇者がいた。
「まあそう言うな。これはお前にしかできないことなのだ!」
「だって、ベアトゥス様をコントロールするなんて……大切な試合では責任が取れませんよ」
「大丈夫だ。お前の采配ならばうまくいくだろう」
そんなわけないってばー! この勇者は知らないだろうけど、私はポンコツゲーマーなの! 某マリオなんて、動かした瞬間に何もせず落ちたりするレベル。対戦ゲーだって、ずっと逆向きに攻撃して何もせずKOされたりするんだから。できるのは、クラフト系ゲームとかアドベンチャーゲームくらいなもの。勇者をうまく動かすなんて、できるわけがないのだ。
しかし、そんなことベアトゥス様が聞いてくれるわけもなく、私はコロッセオの砂かぶり席にひとり座って祈る体勢になる。
手の中には勇者の心のコアを握り締めている。
これ……コーチングとかにはならないの??
事前に不安になったので、一応大会運営の文官さんに聞いてみたけど、ルール上は問題ないらしい。何より、心のコアで操縦するケースが初めてなので、面白い展開になればなんでもヨシという雰囲気なのだった。
「それでは次の対戦です! 選手入場!」
コロッセオの中に、魔法で増幅されたアナウンスが響き渡る。それに合わせて観客がウワーッと大歓声で応え、コロッセオ内にウワンウワンと反響してちょっと異常な雰囲気。
「今度の対決は、神国メガラニカより人間対人間! グリハルバ選手ーーーー!!!」
入場口から淡々とした様子で入ってくるグリハルバさん。鋭い目が観客に威圧感を与えているけど、背後からは結構悲壮な文字列が流れ出していた。
<勇者ベアトゥス……様……いつかは追い抜きたいと思っているが……いや、弱気になってはいかん。しかし、ディキス姉さんは何も言ってくれなかったし、きっと未来視で良くない結果が出たに違いない。俺は生きて帰れるのだろうか?>
<いやいや落ち着け、この大会は娯楽だと言っていたはずだ……この手合わせで勇者の真剣を引き出し、必ずや将来に繋げよう。……生きていられればな>
<そういえばベアトゥス……様……は優勝賞品が目当てで参加したと聞いたな。破壊衝動が理由ではないのなら、生きる望みもあろう……百殺事件のようなことにならなければいいが……最近は人格が変わったとも言うし、覚悟を決めるのみ>
<俺の骨はディキス姐さんが拾ってくれるであろう……>
ひゃ、百殺事件とな……? やっぱ、あのやさぐれ筋肉勇者、前科がかなりありそうね……。考えてみたら、ヒグマが町に住んでるみたいなもんだし、むしゃくしゃして暴れたら100人ぐらいは犠牲者が出てもおかしくないだろう。あんなに身のこなしが凄く軽くて、ジャンプして建物の屋根とかに行けちゃうグリハルバさんが、決死の覚悟してることからも想像がつく。
ていうか、メガラニカでは破壊衝動で暴れ倒してたんだね、ベアトゥス様……人間チームとなんか距離あるなあと思ってたけど……ほぼ犯罪者扱いではないか? やっぱり怖すぎるだろ、あの筋肉勇者……
祈ってる体勢のまま、後悔まみれになっている私をよそに、場内アナウンスは盛り上がる一方だ。
「対するはーーーードラゴン殺しの勇者ベアトゥスだーーっ!!!」
うおおおおぉぉ!! と客席は隣との会話もできないほどに絶叫の嵐。誰がはじめたか、いつの間にか「こ、ろ、せ! こ、ろ、せ!」とリズムをとって拍手している。人間とは何千年も関わってこなかったはずなのに、DNAに刻まれた勇者への嫌悪感が蘇ったのか?
少し不安になって客席を見回すと、心配したほどの憎悪はなさそう。笑顔の人が多いから、悪趣味プロレス系の悪ノリだろうか。まあ何かが起こったとしても、怪我するのは勇者ではないだろうし、ノリで片付けることができるのが魔国の良いところだ。
「ファミリー席で祈りを捧げるのは、恋人のミドヴェルトさんですねー」
やめてー! 恋人じゃないから!! ただの操縦者だから!!
場内からヒューヒュー!! と冷やかしの声があがる。とにかく顔を認識されないように、俯いて祈りの体勢を貫くのが精一杯だった。
今さらだが、ベアトゥス様の得意な技名とか何も知らないんですけどぉー!!
とにかく勇者様の心のコアを握り締め「グリハルバさんを傷つけないように勝ってください……」と呟く。後はどうすれば良いかわからないので、10万ボルト! と念じておいた。
うーん……技名なんて真剣に覚えたことないしなぁ……斬鉄剣!! 剣の名前だよなぁそれ……秘技! 百花繚乱!! って、なんかの作品であったよね……単なる四字熟語か……はぁ、もう無理……
まあいいや……とにかくみんなが怪我なく安全に楽しめますように……そんなことを思っていると。
「そこまでぇーーーっ!!!」
審判の笛が響いた。試合終了の合図ってことは、終わった? 私は何分くらい祈ってたんだろう? 競技場には両手を上げて歓喜する勇者の姿があった。グリハルバさんは地面に倒れて呆然としている。あの表情からするに、死んじゃあいないね。良かった……
「勝者、ベアーートゥーースーーー!!」
コロッセオの場内に、大歓声が轟いた。
勇者様が飛び跳ねながら、身体中で喜びを表現し咆哮する。
そのまま、ファミリー席にいる私のところまで駆けてきて、勢い余って抱きしめてきた。グホォ……
やっぱりこうなるか……ベアトゥス様は最高の笑顔で「どうだ! ミドヴェルト! 言った通りだろう!」とご満悦の様子。こんな公衆の面前で熱烈な抱擁を披露されては、大々的に発表したも同然だ。ヒュパティアさんは、これを狙っていたのに違いない。
ただ、それ以前に今最も重要なのは、背骨が折られる前に勇者の腕から抜け出すことだ。このままでは脊髄損傷で下半身付随にされかねない危険を感じる。もちろん物理結界は張ってたんだけど、たぶんこのダメージは破られてるからこそのものだろう。こんなやつと付き合ったら、いくら命があっても足りねえぜ!
とりあえず、無理に体を捩るとそのまま締め上げられる恐れがあるので、抵抗せずに体の力を抜いて勇者様の背中を叩く。ギブです、ギブ……
「おお、すまん、大丈夫か?」
「はは……何とか……」
なんかすごい盛り上がりようだと思ったら、さっきの試合は決勝戦だったようだ。そのまま表彰式に移ると、思いのほか盛大に紙吹雪が舞っていた。優勝賞品のなんちゃらの瞳に、一体どんな力があるのか知らんけど、そんなことよりゴシップの種をばら撒かれるほうが問題だ。……と思う。
次の日の新聞には、勇者熱愛発覚?! というタイトルの記事がデカデカと掲載されていた。