3.『勇者の献身』
「はわー……」
「まさか慰霊碑とやらに、こんな仕様があったとはな」
怪力スキルを持つグリハルバさんにご協力いただいてスムーズにできあがった大岩の慰霊碑は、魂をものすごく集めてスピーディーに動かす不思議なパワーを発揮した。よ、喜んでくれてるのか……? 魂……
「綺麗ですね。これ、みんなが見られたらいいのに」
「魂を感知できるのは、悪魔と天使ぐらいなものだ」
そういえばそうだった……ロンゲラップさんと見上げる夜空には螺旋状に立ち上っていく魂。上空に行けば行くほど細かくなっていく白い光は、こんなにも神秘的で綺麗なのに、残念ながら普通の人には見えないらしい。そういえば、占い好きで魂にも興味津々のディキスさんは、何にも見えないと言ってすごく悔しがっていた。
それでもやっぱりこのベストスポットは最高だ。王城の裏庭みたいにガゼボを作ったら、素敵なくつろぎの場所になりそう。ディキスさんが占いに使ってくれたらいいな。……なんてね。
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「まあ、そんなに美しいんですの?」
「そうなんですよ。天まで届きそうなくらいに光の渦が上昇していって、星空が見えている夜なんかは、もう最高です」
「でも、わたくしには見えないのでしょう? 残念ですわ……」
ほう……と、ため息をつきながら、ホムンクルス姫が夢見がちな瞳で頬に手をやる。
王城の裏庭にあるガゼボに集まっている面々は、ホムンクルス姫と妖精王女のアイテールちゃんと私、新顔でヒュパティアさんが来てくれてる。もう3回目くらいなので、それなりに馴染んできたはず。フワフワちゃんは好きなチョコだけ食べて、みんなにご挨拶してから騎士団に直行。いつものパターンである。
「たましいとは、ほんらいすべてうつくしいものだといわれているのじゃ。けがれしもののたましいすら、ぬきとってみればうつくしいのだとな」
「そう言われると、私の心も救われそうですね。一度リセットをかけて、バグが無くなったような感じがあるの」
「わたくしも、復活後は心にあったはずの蟠りがあまり感じられないのです……」
おお……ヒュパティアさんの表現は、完全に王の影響受けてんだな……パソコンかよ。ホムンクルスになったことで、心のモヤモヤがロンダリングされたってこと?
姫のほうも、なんか公爵様との件が意外と心配したほどじゃなかったのって、魂が抜き取られたことで浄化されてたってこと??
でも地縛霊とか、ずっとモヤモヤしちゃう魂もあるっぽいのはなんでだろ? うちのパソコンみたいにアップデート失敗してループとか、そんな感じなのかな……?
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王城に戻ったついでに厨房を覗いて行こうかな? と思ったら、女子会お開きの流れで、ヒュパティアさんがお兄様のベアトゥスさんに会いたいとのこと。何となくの流れで同行することになってしまった。スッ……と無言で肩に乗る妖精王女Pが、耳元で囁く。
「われにまかせるがよい……」
何を? もう本当にやめてください。
何だか人選に失敗した気がしながら、黙々と石造りの廊下を歩く。微妙な緊張感でつい無言になってしまい、会話の主導権をヒュパティアさんに取られてしまった。
「そういえば……あの錬金術師様は、ミドヴェルトさんの想い人なのでしょうか?」
「ブフッ」
「そうみえたのならそうであろう……おぬしのなかではな」
ネットミームのような台詞を吐くアイテールちゃんを肩に乗せたまま、私は言葉を選んで慎重にヒュパティアさんの質問に答える。
「ロンゲラップさんには、何かとお世話になっておりますので……私など相手にもされていませんよ」
「では、お兄様のことはどう思います?」
「怖いですが、良い面もあるんだなと……ヒュパティアさんのお話で理解できました」
「そう……そういえばあなた、兄のせいでお怪我をされたんでしたね。兄に代わって謝罪いたします」
「え、いや、そんな。大丈夫ですよ」
「はっきりせんのう……きょういくがかりどのは」
アイテールPが余計なことを口走りそうだったので、私は慌てて足を早め、厨房のドアを開ける。
「おばちゃん、ベアトゥス様いるー?」
「おう、居るぞ!」
「あ……」
「ん?」
「お兄様、ご機嫌いかがです?」
「ヒュパティアか……何の用だ?」
厨房には、メイドさんたちに囲まれた筋肉勇者がいた。そんでもって、おばちゃんは居ないっぽい。そこはかとないカオスな空気が漂い、メイドさん達は一瞬で自分の持ち場へと消えて行った。ごめん、みんな……せっかくの休憩時間を……
「何の用とはご挨拶ですね、せっかくあなたの妹がご機嫌を伺いに参りましたのに」
「このような場所に、お前がわざわざやってくるということは、またぞろ何やら陰謀でも思いついたのであろう」
あれ……? 仲良し兄妹ってわけでもないのか……?
思わず身を引いて傍観者になってしまったけど、ヒュパティアさんとベアトゥス様は、テンポよく言い合いになっている。これは……年季が入ったやり取りだな、たぶん止めないほうがいいやつだ。
「で、何の用だ? ミドヴェルト」
「あ、とくに用はないんですけど、新メニューどうなってるかなぁ? と思いまして」
「……森らしく緑をふんだんに使ってやろうと考えている」
「いいですね! 私も緑好きです」
「そ、そうか、良かった」
ふと見ると、ヒュパティアさんがニヤニヤとお兄様を見やっている。ベアトゥス様は、妹さんのほうを見ないようにしてて、完全スルー状態だ。やっぱ仕事中の姿を家族に見られるのって、落ち着かないよね……すみません。
「この件をベアトゥス様に任せて大正解でした。西の森ホテルの厨房もお願いしたいくらいですよ!」
「……そんなに俺を追いやりたいのか?」
「え?」
「いや、何でもない」
「あ、無理にとは言いません。別に……」
「らしくありませんわね、お兄様」
いつものわちゃわちゃで何とかごまかそうとしていたら、ヒュパティアさんが情けない兄の代わりに口を挟んできた。うぅ……やっぱり連れて来るんじゃなかったかも……
「何が言いたいのだ? 妹よ」
気弱な雰囲気で体を丸めていたベアトゥス様が、急にピンと背筋を伸ばし、私の頭を通り越して後方に睨みを効かせる。うわー勇者復活しちゃったよー!!
ヒュパティアさんは、強気な態度で腕組みをしながら、目を閉じて微笑む。その顔が何だかお兄様にそっくりで、やっぱり兄妹なんだなぁ……などと変に感心してしまった。
「お兄様、こちらに来てから、魔国にも剣闘の文化があると聞き及びました。欲しいものは、お兄様自身の力で勝ち取るべきですわ」
あ、これダメなやつだ……
私はヒュパティアさんの次の言葉を聞く前に、諦めて目を閉じた。
「魔国の皆さんと人間がうまく馴染めるようにと思いまして、メガラニカ王の主催で剣闘大会を開きますの。ぜひお兄様にも参加していただきたいのです。優勝した者には『レスポワールの瞳』を贈呈しますよ」
「……!?」
「なんと! あついてんかいじゃな!!」
なぜか私の肩に乗ってる人が一番反応してるんですけど……レスポワールの瞳というのは、どうやら何でもひとつだけ願いを叶えてくれる宝石のことらしい。不思議な力が宿っているから、パワーストーンってやつなのか? ヒュパティアさんからの情報だから、人間界だけの宝物かと思っていたら、妖精王女ちゃんも知ってる人魔全体に名の知れた貴石なのだとか。
それでメガラニカは救えなかったんか……? と思ってしまうけど、世界平和とか漠然とした大きい願いは無理で、個人の具体的な願いしか叶えられないんだってさ。国を救うとなると願いひとつだけでは済まないということみたい。なかなかうまくいかないもんだ。
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「ほう、レスポワールの瞳を持っていたのは人間の王だったのか」
「え、ロンゲラップさんも知ってるんですか?!」
「知っている。その石を作ったのは俺だからな」
西の森に戻って作業再開。何気なく剣闘大会の話題を振ると、有名な宝石の制作者様が目の前にいらっしゃいました。さすが伝説の錬金術師であらせられますね。3千年くらい前に作って、何となく質屋に売ったら、流れてしまったんだそうな。
……何となく売るんじゃないよ。
まあ、青髪悪魔大先生の価値観に今さらツッコミを入れてもしょうがないので、そこら辺はスルーする。
どうやら……賢者の石を作ろうとしたら、失敗してできた代物なんだとか。
失敗とは一体……
「とにかく、それを優勝商品にして、剣闘大会が開かれることになったんです。だから、会場を最優先で作っていかなきゃいけなくて……」
「おい待て。カルイザワとやらのテニスコート程度でいいと言ったのはお前だぞ。だから空き地に少し結界を張るだけで済む予定だっただろうが。観客席付きのコロッセオを用意するとなると、またマーヤークを呼び付けなければいけなくなるのだ、よく考えろ」
「そうですねえ……執事さんはお忙しいでしょうし、時間が取れるかどうか」
「そういう問題ではない」
「え?」
青髪の錬金術博士は、ものすごく嫌そうに深いため息をついて、少し考える姿勢になる。あれ? 少しじゃないな、長考か……?
「よし、わかった」
「はい」
「コロッセオの設計図はこれだ。あとはお前がやれ」
「わかりました」
「俺は旅に出る」
「え、何でですか?!」
「大体のことは道筋がついたからな。俺には俺のすべきことがあるのだ」
「はぁ……あ! それって賢者の石のことですか?」
「それもひとつだ」
違うんかい。何だかよくわからないけど、フィールドワーク宣言をして、ロンゲラップさんはどこかへ行ってしまった。入れ替わりに堕天使マルパッセさんが困り顔でやってきた。
「師は少し旅に出るとのことだ」
「はぁ……私も聞きました」
「私はアトリエの鍵を預かったので、留守番ということになるんだろうか?」
「連絡って……取れるんですか?」
私の質問に、あっ! という顔をして、マルパッセさんは慌てて草むらをかき分けながら走り、5歩目くらいで空に舞い上がった。緊急時の連絡網ってどうなってるんだろ……
ま、契約があるから、そのうち戻っては来るだろう。マーヤークさんと喧嘩してたっぽかったし、気まずい関係になっちゃったのかな?? あとで執事悪魔に確認を取らなければ。
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ホテルの建物は半分くらいできて来てる。その近くにコロッセオ建設予定地を設定しなくちゃいけないので、私は急いで王城に戻った。
「なるほど、コロッセオですか……」
「すみません、何度も無理を言ってしまって……」
「いえいえ、お安い御用ですよ。ただお恥ずかしいことに、私の生命力が少し枯渇しておりまして、大変申し訳ないのですが、ミドヴェルト様にもご協力いただけますと幸いです」
「は、はい! お願いするからには頑張ります!」
この流れ……また生命力を吸われるんだろうね。どんくらい持ってかれるのかわからないので、寝込む時間が怖いけど、でっかい施設を作るんならしょうがない……ということにする。
さっそく執事さんと一緒に私の部屋に入るところで、ちょっと剣呑な感じのベアトゥス様が現れた。
「何をしている?」
「あれ? ベア……」
「あなたには関係のないことですよ、お控えください」
私の言葉を遮って、悪魔執事さんが前に出た。あれ? 二人とも顔が怖いんですけど?
「関係あるかどうかは俺が決めることだ!」
「フッ……よろしい。お相手いたしましょう!」
王城の廊下……というか私の部屋の前で、緑色の光が広がる。これってやっぱ、マーヤークさんの結界だったのか……
筋肉勇者は、殺意剥き出しの眼で悪魔に飛びかかった。
ま、魔法に物理って……相性悪くないか??
と思ったけど、意外と攻撃当たってんな……じゃなくて、何やってんですか二人とも!! 早く止めなくちゃだけど、私にできるのはあの方法しかないぞ? でも怪我したら大変だし、タイミング合わせるのムズ過ぎる……!!
私は慌ててベアトゥス様の心のコアを握り、歌のことを考えながら「戦いをやめてください!」と叫んだ。
「クッ……!」
頭を抱えて跪いたマーヤークさんに、一撃を加えようとした筋肉勇者の拳が迫るの図。一枚の絵画のようなシーンに気圧される。
ギリギリのところで何とか止めることができた。その瞬間、悪魔が暗殺者の目で私を見る。
「すみません、緊急事態でしたので強引な方法を取ってしまいました」
「いえ……私のほうこそ申し訳ございませんでした」
執事さんは、すぐに穏やかな笑みを浮かべて立ち上がった。ベアトゥス様は、王城内で暴れないっていう禁則があったはずなのに、ぶち破ったということだろうか? 恐るべし勇者パワー。いまだに顔は怖いけど、一応動きは止まってる。
「ベアトゥス様もごめんなさい。でもどうしたんですか? 暴れないって約束だったのに……」
「ミドヴェルト、お前……そいつと一緒に何をするつもりだった?」
「え?」
生命力を吸ってもらうんですけど? と言おうとして、ベアトゥス様から見た修羅場に思い当たってしまった。客観的に……浮気っぽく見えた?? そ、そうかもしれませんですね……あれ? でも……うーむ……
「これは失礼いたしました。ミドヴェルト様は特別な能力を持つ御方。私の力を強化するために、その御力をお貸しいただく儀式をする予定だったのです」
「……儀式だと?」
「あなたがミドヴェルト様のそばに付いていたいというのならば、歓迎いたしますよ。ミドヴェルト様、よろしいでしょうか?」
「ふぇ? あ、まあ……大丈夫ですけど」
何だか微妙な展開になってしまったけど、生命力のことベアトゥス様にバレてもいいのかな? まあ、執事さんがいいっていうんなら……
3人で部屋に入ると、私はベッドで寝る態勢になった。ベアトゥス様は私の右手を握り、顔をしかめてベッドの横に座る。マーヤークさんは、何か呪文をつぶやいてから右手をそっと私の耳に近づけた。
「よろしいですか? ミドヴェルト様」
「はい、お願いします」
悪魔の囁きが聞こえたかと思うと、視界がギュッと狭くなって、私は昏睡状態に陥った。