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2.『はじまりの予感』

「なるほど……こりゃ腕が鳴るねぇ!」



 王都の大工さんを呼んで、ロンゲラップさんの設計図を見てもらう。技術的に再現できるのか確認中。無理なときはマーヤークを呼べと言われている。ロンゲラップさんは研究特化の悪魔で、伝説の錬金術師といわれる理論家。かたや、執事もやってるマーヤークさんは実務派の悪魔で、現実空間に作用する能力をいっぱい持っているらしい。確かに……壊れたドアを直したり、手からいろんなものを出したりして、かなり某猫型ロボット的だ。


 だけどやっぱり大きな建築は、できるだけたくさんの人手を使って、国のみんなで作ったほうが人材が育つし愛着も湧く。その代わり、絶対事故とか起こしちゃダメなんで、むしろそっちのサポートを悪魔のお二人にお願いしている。フリーランスの悪魔だったらいくつも契約しなくちゃいけないんだろうけど、魔国との契約があるから、この優秀な悪魔さんたちを正社員的にこき使えてしまうのだった。いかん……私もブラック企業っぽいかも。


 ロンゲラップさんとマルパッセさんのご尽力で、魂が止揚(アウフヘーベン)する場所はどうにか結界の外に移動させることができた。ちょっと地形を変化させて、魂溜まりができるスポットを人工的にずらしたらしい。


 急遽呼び出された執事悪魔さんは、終始笑顔で作業してくれたけど、たぶんブチ切れてたと思う。だって、青髪悪魔さんに何かを囁いて、軽く喧嘩っぽくなっていたからさ……無理言ってごめんなさい……てへペロ。


 そんなわけで、いろいろな理不尽をごまかすために、職場の雰囲気を明るくしてみる。



「皆さーん! 休憩しませんかぁ〜?」


「どうせお前が空腹になっただけだろう」


「あ、気づいちゃいました?」



 ロンゲラップさんも、最近はいいツッコミをしてくれるようになった気がする。草地に折りたたみテーブルを出して、チョコとオレンジジュースを用意。王都の雑貨屋さんで見つけて即買いしたピクニックバスケットを開けて、公爵様ご婚約記念の特別印がついた香りの良いお茶を淹れると、青髪悪魔さんが当たり前のようにカップを受け取ってくれた。以前、悪魔と天使はご飯食べないとか言ってたけど、香りを堪能するのは好きらしい。ちょっとずつ青髪メガネ博士を攻略しつつある私。ふふふ。いや、ここは乙女ゲーの世界じゃないけどさ……


 ほかの人も、手が空き次第テーブルの周りに集まってきて、ワイワイしてる。先日、公爵領から移送されてきた工作員5人組も、すでに西の森に来ていて、いろいろと手伝ってくれていた。本当は西の森ホテルが完成してからお迎えしたかったんだけど、魂問題で予定がズレ込んだから仕方なくテント生活ってことになってしまった。ごめんよ。



「騙すつもりじゃないなら、別にいいけど……」



 現場にディキスさんとグリハルバさんが居るのを見て、ピーリー君は少しホッとしているようだった。これまでも結構あのメガラニカ王に無茶振りされてたっぽいし、警戒MAXだったみたいね。ピーリー君は、みんなよりちょっと年長さんだから、工作員組みんなのことを守ろうとしているらしい。公爵領で人質騒ぎを起こしたときも、みんなの扱いが人道的なのを見て、自分だけがメガラニカに戻っても大丈夫だと思ったんだって面談で言ってた。


 自国よりも敵国のほうがマシに思えてしまうとか……さすが滅亡するだけのことはある。王はできる範囲で頑張ってたらしいけど、それだけで許せるかどうかは、ちょっとまだ判断がつかない。最近では王城での女子会に復活したヒュパティアさんも参加してるから、何だかんだ王の良い面も語られたりして、なかなか複雑な心境なのだった。


 ネブラちゃんは、何となくピーリー君に気持ちが向いてるみたいなんだけど、いつも一緒にいるのはウーツ君だ。というよりも、ウーツ君がネブラちゃんから離れない。



「私……薪拾ってくる……」


「んじゃ、俺も行くー!」



 ……ってな感じで、躊躇なくついて行くよね〜。思わずネブラちゃんの顔色を窺ってしまうけど、どうやらそこまで迷惑ではない……? ほんの少しピーリー君のほうに目をやって、ため息をついている。……どういう関係??


 はじめてホワイトヘイブン城で会ったときに、工作員チームのNo.2っぽい言動をしてたユルスルート君は、まだリハビリ中で作業は見学してもらっている。本当は西の森まで来なくても良かったんだけど、やっぱまだ子供だからか、ひとりぼっちは嫌だったらしい。でもお手伝いしていないので、休憩中もお菓子には手を伸ばせないようだ。



「はい、ひとり1個ずつねー!」



 仕方なく私がみんなに声をかけがてら、ユルスユート君にもチョコとジュースを渡す。



「あ、わ! あ、ありがとう……」



 あれ? 思ったより素直だな。ピーリー君に助言とかしてたから、もっと屈しない系工作員かと思ってたが、公爵領で手厚い看病を受けているうちに、いつの間にか改心してたらしい。物分かりのいい子なんだね。


 バールベック君は反応が薄いけど、仲間に害がなければそれでいいって感じの文字列が出ていたので大丈夫だろう。みんな良い子でよかった。ディキスさんとグリハルバさんは、この子達の先生みたいな存在だったらしい。どうりで慣れてるわけだ。尊敬されるタイプ……う、羨ましい。私がバイトで塾講師だったときは、子供に侮られまくっていたのですが……


 ところで、占いお姉さんのディキスさんは、手相じゃなくて守護霊(?)を視ていたらしい。改めて占ってもらったら、私を大切に思ってくれる人がいるという鑑定結果が出た。うーん……今はホテル建設のこともあるし、仕事運のほうが聞きたいなぁ……という事情を素直に語ったら、仕事運はうっかりミスに注意と言われてしまった。それ……占いかな?



「魂はちゃんと考えて動いてると思うけどね、あたしは」


「そ、そうかもしれませんね。私は霊感ゼロなんですけど……」


「…………」


「え、なんですか?」


「あんたの近くに集まる魂は、あんたに何かを伝えたくてやって来たのよ」


「う……」


「魂の実験は、ほどほどにしたほうがいいかもね」



 そう言うとディキス姐さんは、自分の作業に戻っていった。やっぱ、なんか気にはなるよね……最初に拾った魂も、なぜかホムンクルス姫のものだったし。


 そういえば、現実世界でも『夜の蜘蛛は殺すな』的な言い伝えとかあった。死んだ家族の魂が、虫に宿って会いに来ているんだとか……子供の頃、そんなこと言われたなと思い出す。


 私には来てくれなかったけど、母方の祖母が亡くなったとき、妹は卓球の玉ぐらいの何かが部屋を飛んでるのに気づいて「おばあちゃんだな」って思ったとか言ってたし。もしかしたら現実世界でも、私以外の人は割と魂が見えてたのかもしれない。友達も()()()()の話大好きだったしなぁ……


 そんな話を聞かされまくってたから、無意識のうちに魂を手に取りたいとか思っちゃってたのかな? 私……



「よし、慰霊碑作りましょう!」


「突然どうした?」


「私の地元では、自分が関わってるものに慰霊碑作ってたんですよ。某乳酸菌飲料とか、メガネとか……」



 またぞろ(いぶか)しげな表情になったロンゲラップさんにそこまで説明して、なんだか急に現実世界の記憶っぽいのが蘇る。


 針供養に先輩と一緒に行ってた気がするわ……アパレル業界だったのか? 私の就職先……


 まあ日本って何でも神様にしちゃうアニミズムランドだったからなぁ……確か妹はハサミ供養とかも行ってた気がする。青髪錬金術師殿は魂に対してドライな考えをお持ちみたいだけど、やっぱり何となく祀り上げておきたい。



「場所移動もしちゃったし、魂の慰霊碑って必要だと思うんです。それに、ちょっとした観光名所になるかもしれませんよね!」


「……好きにしろ」



 そうだよ。なんかお稲荷様とかお地蔵様とか、スピリチュアルな場所を移動するときって鎮守系のことしなきゃいけないじゃん!


 一応は魂研究家の許可を取ったので、私はさっそく魂の慰霊碑について手伝ってくれそうな人を探した。やっぱ石だよね。結界内だし、木とか植えて成長しすぎたら困るもん。


 みんな忙しそうだったけど、魂のためならってんで、ディキスさんが手伝ってくれることになった。そうなると、自動的にグリハルバさんもついて来る。



「お二人って、どんな関係なんですか?」


「この子は私の弟よ」


「ほえぇ?!」



 ディキス姐さんによれば、グリハルバさん共々、諜報&実戦が得意なお家の生まれなんだとか。グリハルバさんって無口でデカいから勝手におじさんだと思ってたけど、まだ19歳なんだって。


 グフッ……またしても……私の目は節穴か。


 別にあまり接点はなかったし、失礼なこともしてないと思うんだけど、勝手な罪悪感で思わず謝罪してしまう。



「す、すみません、グリハルバさんてもっと年上かと思ってました……!」



 2m近い大きな体にギロリと睨まれて、私は萎縮する一方だ。グリハルバさんは、相変わらずの無言だったけど、背中から文字列が出てきて、少しホッとする。



<む、そんなに貫禄出てきてたか……? そろそろ髭を生やそうかと思っていたが、手入れも面倒だしもう少しこのままでもいいかもしれない……ディキス姉さんと一緒にいると、いつまでも子供扱いされるから気づかなかったが……いや、どうせ社交辞令だろう。真に受けてはいかん……>


「いや、お髭はちょっとやめておいたほうが……」


「?!」



 あ、やべ……思わずモノローグに返事しちゃった。ディキスさんは気づかずにその場を離れていく。


 グリハルバさんと目が合うと、すごい勢いで逸らされた。心なしか耳が赤い……思春期か? グリハルバさんの服装だと口から下が見えないから、いまいち表情は読めないけど、うーん。心読んでるのバレたかな……? あー失敗した。でも一応無口キャラだし、秘密にしといてもらえたりするだろうか。まさかのお姉ちゃんに対してだけはお喋りとか、そんな裏設定ないよね?? 一応口止めだけしておくか……



「あ、あのう……」


「…………」


「できれば今の会話は、二人だけの秘密ということに……」



 グリハルバさんは、私にも読めないスピードで、なんかたくさんの文字列を垂れ流していた。文字列は四方八方に出るんだけど、だいたい100文字以上になると消えていくみたい。同時に何本も出るから、一気に出されるとほとんど読めなくなってしまう。



<え? そんなに髭に合わないのか? いや、髭にも色々あるし、俺にだって似合う髭がきっとあるはず……>


<待てよ? 髭を生やすにはまだ功績が足りないという、遠回しなアドバイスなのか……? 確かにまだ目立った仕事はしていない。やはりまだ子供扱いということなんだろうか?>


<だいたい彼女はなぜ俺の心が読めるのだ? いや、読んだのは唇? 読唇術? だがしかしこの角度で口元が見えるわけがない。それに冷静に考えたら口に出して「ヒゲ」なんて発音すらしていなかったはずだ。はっ……それともまた知らない間に声に出してしまっていた……?>



 グリハルバさんって……もしかしてすごくお喋りなのかな? それをカバーするためにいつもは完全に無口キャラを通しているのかも??


 

「そ、そんなに変じゃないと思います。ただ単に私の好みで意見を言ってしまって……ごめんなさい」


<好み?!!>



 言葉選びに失敗した。


 苦笑いで何とかやり過ごそうとすると、後ろから声がした。



「楽しそうだな……何の話だ?」


「あ、べ、ベアトゥス様……」



 筋肉勇者様とのエンカウントで、カオス空間がさらに緊張感を増す。


 私はベアトゥス様に肩を組まれて、思わずバランスを崩して斜めになってしまった。人の腕って、筋肉がついているとこんなにも重いんですね……ははは。怖えよ……


 グリハルバさんは、焦ったように無言でベアトゥス様に一礼すると、何事もなかったかのように離れていった。何とか重い腕から抜け出して、私はベアトゥス様に向き直る。



「ど、どうしてこんなところまでいらっしゃったんです? 厨房のほうは……?」


「心配いらん。差し入れを運ぶついでのことだ」


「あ、おばちゃんのぐるぐるパンですね! こんなにいっぱい!」


「お前、これが好きだったろう」


「はい!大好きです!」


「おう、そうか!」



 パンが詰め込まれたカゴを受け取りながら、必死に笑顔を作る。どうやらご機嫌を直してくれたベアトゥス様は、私が西の森に泊まり込んでいるのを心配してくれたようだ。ホテル作りが楽しすぎて忘れかけていたけど、ベアトゥス様とは何となく恋愛感漂わせていたんだっけ。でも、今はもう精神的に落ち着いたみたいだし、そろそろ私なんかより良いお相手を見つけたほうがいいのではないだろうか……?



「そういえば、メイドさん達がベアトゥス様に夢中だって聞きましたよ」


「い、いや、あれは俺の意図するところではないんだ」


「はぇ……?」


「つ、つまり、とりあえずこの国に慣れるまでは受け身でいようと思ってだな……」



 そんなことを言いながら、申し訳なさそうに目を合わせてくる筋肉勇者に、どう対応するか迷う。これは……まだ恋する乙女キャラで行くしかないんか?? うぅ……何が正解かわからない……



「はぁ……仕方ないですね。みなさんと喧嘩しないようにしてくださいよ!」


「わかっている」



 着実に泥沼に向かって歩いている気がしないでもないけど、ドラゴンも倒すっていう力の持ち主をどうやって遠ざければいいのでしょうか……?



「あ、そうだ!」


「どうした?」


「ベアトゥス様に相談したいことがあったんですよ。西の森ホテルに目玉料理が欲しくて……」


「目玉? 魔獣の目玉の煮込みとかか?」


「違いますよ! 特別メニューのことです!」


「ふははッ! すまん、わかっている」



 ぬ……遊ばれたのか。筋肉勇者もかなり丸くなってるようだ。それは良いんだけど、あんまり馴染みたくないんだよなぁ……距離感ムズ……



「とにかく! すごく料理センスがあるベアトゥス様なら、きっと何かいいアイデアをお持ちだと思うんですけど、特別メニューの開発をお願いしてもよろしいでしょうか?」


「特別メニューか……まあ考えてみよう。いつまでに欲しいんだ?」


「まだ余裕はあるので、ホテル完成までに考えてもらえれば大丈夫です」



 よく考えたら、マグロの目玉とか日本でもメニューにあったな……てことは、魔獣の目玉の煮込みもアリか? でもせっかくファンタジーなイベントホールとか作ってるのに、目玉はなぁ……ハロウィンイベント期間限定とかで提供してみる?? とか考えることに夢中になっていたら、何か視線を感じる。


 ふと目をあげると、ベアトゥス様がこっちを見ながら微笑んでいた。うっ……この平和を崩したら、やっぱり命が危なくなるんだろうか?



「な、何ですか……?」


「いや、すまん。本当に働くのが好きなんだな」


「えぇ……?」


「何でもない。帰る」


「あ、ありがとうございました! 差し入れ……」



 速攻で帰ってしまった……何しに来たんだ? いや差し入れ持ってきてくれたんだけど。


 そういえば、ベアトゥス様って文字列出ないな。見たことあったっけ……? 勇者のスキルで見えなくなってんのかな? 謎……


 ベアトゥス様の後ろ姿を見送りながら、私は何か忘れているような気がしながらも、それが何か思い出せないでいた。





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