9.『伝説が多すぎる』part.2
「あ、ああ悪魔ですわ……! 悪魔ですわ!!」
「皆さん奥のほうにお逃げください! 早く!」
何だかんだ前世で悪魔に殺された記憶があるホムンクルス姫は、わりとパニックになっていた。チャームにかかってた分、精神的な疲労も重なってるんだろう。公爵様に頼んで、ついててもらう。一応、種族的には天使なんですけどね……あの人。メガラニカ王に会場整理を任せ、慌ててエントランスに向かう。
外では、ヴァンゲリス様がボロボロになっていた。まあ……チャームしかねえからな、こいつ。
「クッ……堕天使ごときに、この俺様が……!」
「おやおや、口ほどにもないではないか? 先ほどの言葉は嘘だったのかな?」
これはマズい。暗黒騎士はとっくにやられていたし、後はあの作戦しかないような気がするけど、アレやっちゃうと、天使のおじさんが赤髪悪魔と分離するかもしれないし、下手すると数百年起きなくなっちゃうかもしれない。
青髪悪魔のロンゲラップさんがいないと、私も勝手に動けない。まあ最悪の場合は、申し訳ないけどダメ元で実行させていただきますけど……
「ミドヴェルト様、ご無事ですか?」
「執事さん、かなりヤバいです!!」
ネックレスの道を通ってマーヤークさんが来てくれたので、私はアレができない旨を伝える。ヴァンゲリス様がやられたことを伝えると「それは折り込み済みです」とスルーされてしまった。今は、ベアトゥス様とフワフワちゃんが対応している。
執事さんと話してる最中にも、とんでもなくデカい音と砂埃が舞い込んできた。
「な、何?! これはエニウェトクの技……!!」
「ムー!!」
フワフワちゃんの元気な声が聞こえてきて、何だか安心する。ヴァンゲリス様も、一応生きてるみたいね。
「あの者は一体……?! まさかエニウェトクの息子……?!」
「ちがいます、本人ですよ」
マーヤークさんが参戦して、3対1になるけど、なかなか決着がつかない。あ、ヴァンゲリス様を入れたら4対1か……全然役に立ってないけど。
しかし、あの穏やかなマルパッセさんがこんなに強いとは……いや、今はエニウェトクさんなのかな?
南の島で戦ったときは私のアレが発動しちゃったからか、わりとすぐ赤髪悪魔をやっつけちゃってたけど、フェアに戦ったらもうちょっと長引いてたんだろうか? ……いや、あの戦いにフェアも何もなかったけど。
ふと見ると、ヴァンゲリス様が号泣していた。何故……
「エニウェトク! 無事だったのか!!」
「おや……誰かと思えば、お前だったのだね、ヴァンゲリス。あまりに弱っていたので気が付かなかった」
「わ、私は、お前が魔国で消息をたったと聞いて、ここまでやって来たのだ!」
「……?」
「私は……お前をワブッ!?」
「うるさい、しばらく黙っていてくれないか?」
その隙を見て、執事さんが細長いモヤモヤで、見た目はピンクだけど赤髪の悪魔を縛ろうとする。でも空中でヒラリと交わされうまくいかない。フワフワちゃんはすごい勢いで回転しながら体当たりをして、宙に浮く堕天使を地面に落とした。ま、まさに鉄砲玉……下ではベアトゥス様が待ち構えていて、なんか羽の付け根を持って飛べないようにしていた。ま、まさに人間トラバサミ……! いつの間に打ち合わせたんだか、完璧な連携プレーだった。
今度こそマーヤークさんが黒いモヤモヤでぐるぐる巻きにして、覚醒マルパッセさんは無事捕獲される。
「クッ……殺せ!!」
「すみません、マルパッセさん、私がドジったせいで……」
「ミドヴェルトのせいではない。あえて言うならば、こいつが妙な薬を持っていたのが元凶だろう」
「わ、私か?! しかしだな、私は……!」
「何はともあれ、被害を最小限に抑えられたのは幸いでした」
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ロンゲラップさんのアトリエに覚醒マルパッセさんを運び込むと、青髪悪魔は昼寝の最中だった。前もこの時間昼寝してた気がする……ということは、この時間に突撃すれば、イケメンの寝顔が見られる……?
「お前、なんかおかしなこと企んでるな?」
「まさかそんな! 酷いですよベアトゥス様!!」
「過剰な反応が怪しいっつうんだよ……お前は俺の後ろにいろ!」
何が気に障ったのか、筋肉勇者は舌打ちしながら私の視界を遮った。うぅ……デカい体、邪魔……
「起きてください、ロンゲラップ」
「何だ、騒がしいな……」
青髪錬金術博士が、ポヤッとした雰囲気のまま上半身を起こすと、頭に寝癖がついていた。か、かわいい……! そのままテーブルに置いていたメガネに手を伸ばし、取りきれずに落っことしてしまう。きゃー! まだ寝ぼけてるのねー!! 最高ですー!!!
そんな私の終わった脳内をよそに、執事さんは話を進める。
「堕天使の中に格納していたエニウェトクが漏れ出したようです。きっかけはチャーム薬だそうです」
「何だと?」
寝起きのせいか不機嫌な青髪悪魔は、メガネをしっかりかけると眉を顰めた。アトリエの寝台に横たえられた、ぐるぐる巻きのエニウェトクさんが、余裕ぶって軽口を叩く。
「よく眠れたか? ロンゲラップよ」
「ああ、確かにこれはエニウェトクだな」
「何?! おい! 一体どういうことだ?! なぜエニウェトクがこんな姿に……?!」
「ヴァンゲリス、お前は以前からエニウェトクを狙っていたな?」
「な、何の話だ? 急に何を言い出す?!」
「喜べ、お前のチャームがやっとかかったぞ。……器のほうにだが」
「グッ……」
悪魔たちの仲良し話から話をまとめると、ヴァンゲリス様は、赤髪のエニウェトクさんに片思いをしているらしい。悪魔って男女両性に変化自由なのだそうな。そんでもって女性になってるときのエニウェトクさんに一目惚れしたヴァンゲリス様は、チャーム特化で何とかエニウェトクさんを自分のものにしようと頑張っていた。……なるほどね。
でもエニウェトクさんは、どこにでも追いかけてくるヴァンゲリス様が苦手で、チャーム対策にあの花の香りの赤い煙みたいなやつをロンゲラップさんに依頼したとのこと。でもなぜかその香りでマーヤークさんが女狂いになってしまい、面白くて悪ノリしていたら妖精王様に封印されたっていう流れのようだ。事情がわかっても、やはりアホだとしか思えないのは何故……
「……迷惑な話だな」
ベアトゥス様に完全同意します!! 後ろでブンブン首を振っていたら、緊張を緩めた勇者様に頭を撫でられた。あ、なんか、馬鹿にされてる気がするんですけど。
「マルパッセは私の助手として重宝している。ゆえにお前にくれてやることはできない。だが、漏れ出た分のエニウェトクならば丁度いいだろう」
出た! ロンゲラップさんの「丁度いい」発言!! 何が丁度いいのかまったくわからないけど、漏れ出た分のエニウェトクさんて……エニウェトクさん分割できるの?! 概念とは一体……
「お前が逃さずにいられるのなら、検討してやるぞ」
「え、エニウェトクを……私に……?」
「おい、ロンゲラップ! いい加減なことを言うな! 誰がヴァンゲリスなんかに……ウッ」
いつの間にか、サクサクと手を動かし堕天使に器具を取り付けていた青髪悪魔は、器具のスイッチを入れると暗黒王子にとんでもない提案をしはじめた。
マルパッセさんの色が少し薄れて、ペールピンクみたいな雰囲気になる。
その横には、女性の体になったエニウェトクさんが眠っていた。
「ブフッ!!」
ヴァンゲリス様が目と口と耳と鼻から血を噴いて倒れる。私は慌てて女性版エニウェトクさんにその辺の布を被せ、ベアトゥス様に振り向いた。
「見ました?!」
「い、いや……」
見たな。まあ不可抗力なのでしょうがないとしよう。この女性版赤髪悪魔は、どういう感じになるんだろう? あの性格で悪事働かれまくるのは困るんですけど……私は、恐る恐る青髪先生に尋ねた。
「この人は、また暴れるんでしょうか……?」
「契約をすれば大丈夫だ。マーヤーク、頼む」
「わかりました……」
執事さんが手から契約書を出すと、ロンゲラップさんは眠ったままのエニウェトクさんの手を持って、サラサラとサインした。いやいや、それヤバいやつ。
それでも、誰ひとり異議を唱えるものはなく、契約書はホワッと白く光って、無事成立したのだった。
ヴァンゲリス様はおずおずとベッドに近づき、エニウェトクさんの細くて白い手を握ると、祈るように額に当てた。
「ああっ……やっと……やっと君に会えた……!」
目の前にいるのは、エニウェトクさんとヴァンゲリス様なんだけど……私はなぜかお二人の姿を見ながら、自分とベアトゥス様もこんな感じだったんだろうかと妄想してしまった。コロッセオを作るとき、執事さんに生命力を吸われた私は3日くらい眠り続け、ベアトゥス様はずっと横にいてくれたと聞いた。
やっぱり……心配とか、かけちゃったんだよな……
思い返せば、ベアトゥス様は何だかんだ言って、私を守ってくれようとする。なんか勘もいいし、話してて楽になることも多いんだよね。嫌いじゃないはずなのに、何で避けちゃってたんだろう……
いつの間にか治まっていた涙止まらない病が、また再発したみたいにボロボロ泣けてきた。
「なんでお前が泣いている……」
「だって……感動の名場面じゃないですかぁ……」
ベアトゥス様は困ったように私を引き寄せ、黙って胸を貸してくれる。それもなんかすごくグッと来て、とにかく必死でベアトゥス様の服に鼻水をつけないように意識を集中しながら、グシャグシャに泣きまくってしまったのだった。
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「というわけで、私……勇者様と真面目にお付き合いしてみようかと思いまして……」
「まさかのゆうしゃるーととは……さいこうのてんかいじゃな!」
「そうですわね、わたくしもあの方を誤解しておりました。やはり良い部分にも注目すべきですわ」
「兄にもいい部分はたくさんあると思います。これからも仲良くしてくださいね」
裏庭で定例の女子会が開かれると、結局恋愛の話になってしまう。マルパッセ事件の後、エニウェトクさんは軽く記憶喪失になっていて、普通の女性としてヴァンゲリス様と出会った感じになっていた。マルパッセさんは無事記憶も完全な状態で復活し、エニウェトクさん成分が薄まってピンク色も薄まったのだった。
勇者の妹でもあるヒュパティアさんは、お兄さんの良さをそれはもう微に入り細に入り語ってくれた。その手法、私もホムンクルス姫に公爵様の良さを吹き込んだりしてたからわかるけど……まあでも、ありがたいことだ。ヒュパティアさんは真剣な顔で私を見つめてくる。
「触れても嫌じゃないと感じたら……先に進んでみるべきよ」
「は、はい」
触れるも触れないも結構当たり前のように密着してしまっているのですが……って考えてみると、命の危機は感じても、キモいとかは思ったことないかもなぁ……もしベアトゥス様に筋肉がなかったら、好みのタイプかもしれない。これまでは何とかうまく逃げることしか考えてなかったから、なんかちゃんと向き合うってのが逆に難しい気がしてきた。変に意識しないほうがいいのかも。
「それでね……あなたに報告があって……」
「はい?」
「実は……私も結婚してみようかなと……思って」
こうして、本日の女子会は華やかな悲鳴に埋め尽くされた。