1.『ランゲルハンス島の幽霊』
「よいか皆の者、この丘を越えれば、わしの国が…………な……何じゃと?!」
強風の中、ひときわ高い岩の上に立つ大魔法使いは、眼下に広がる広大な空き地を見て愕然とした。後ろに続く者たちも、師の驚き様に何か大変なことが起こったのだと、緊迫感に思わず身構える。
老人が驚くのも無理はない。確かにあったはずの国が、瓦礫のかけらひとつ残さず、跡形もなく消えていたのだから……
「どういうことですか、ヴォイニッチ様!!」
「ああ……国が……神国メガラニカが……」
激しく取り乱した師の身体を支えるべく、数人が慌てて駆け寄った。
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フワフワちゃんと出逢い、魔国に来て丸1年。
私こと、王子殿下&妖精王女ちゃんの教育係ミドヴェルトが着手してる西の森ホテルの建設計画は、着々と進んでいた。
あれから何回かロンゲラップさん達と西の森を探索して、湖の近辺が魂の浄化に関係あるっていう仮説を立てていた。いわゆるマンション建てようとしたら遺跡発見的な状況で、しっかり調査して対策をしようって段階。よくわかんないけど、大気の動きのように魂もふんわり移動してて、上昇気流みたいなのに乗って高みへと向かっていくのだとか。
「魂に自我はないのだよ。だが、ここにたどり着いた者たちは、止揚して高次元のいいものになる。水蒸気のように摂理に沿って登り続けるというわけさ」
本日の焚き火当番をしている堕天使マルパッセさんが、グラグラと煮立った鍋の湯気を指し示しながら、星空を背にしてちょっと難しい説明をしてくれる。堕天使とはいっても、全体的にピンクがかっていてファンシーなおじさんだ。今夜は月の明かりで、昼間より魂の流れが見やすくなっていた。螺旋のように空へと向かっていく、小さな光の集まりが、すごく綺麗。幅のある帯のような形で、個人的にはW. ブレイクの『ヤコブの梯子』を思い出す。
「この先に……天国があるんですか?」
「いや、この先は天の川だ」
私たちの会話に割り込んで、椅子代わりの丸太にどかっと腰を下ろすのは青髪悪魔。選り分けた魂を見ながら、分厚い革表紙の本に何かメモしている。錬金術博士が次の台詞を発しないことを確認して、私たちは焚き火へと視線を戻した。天の川……こっちにもあるんだ。
「ところで、天国とは一体何かね?」
堕天使マルパッセさんは、本気で解らないといった顔で私に聞いてきた。天使さんに天国のこと説明するって……どうすればいいのかな?
「えっと……雲の上で……天使さんたちがいっぱいいて……」
「ああ、ウツロブネのことかな?」
「うつろ……??」
マルパッセさんによれば、ここからだいぶ遠いところに軌道塔があって、大気圏外に天使たちの母船『ウツロブネ』が停泊しているのだとか。機体番号はU2-6203。急に宇宙……それは最後のフロンティア。
悪魔と天使は同じような概念って執事悪魔のマーヤークさんが言ってたけど、じゃあ悪魔の母船もあるのかと思ったら、それはないらしい。そういや、悪魔は自然発生するって言ってたっけ……大地に根付いた概念と、宇宙から来襲した概念だから仲悪いのか??
そう考えると、私たちにとっては悪魔のほうが味方っぽい感じ……? 実際、この異世界では天使の噂ってあんまりいいの聞かないし。私の脳内では、ドイヒーブラック企業で、なんかモラハラクソ野郎みたいな天使のイメージが構築されつつあるのだった。あ、宇宙人だから上から目線なのか??
「あれ? ていうことは、魂をこんな途中でコア化しちゃいけないんじゃないですか? せっかくもっと良いものになろうとしているのに……」
「問題ない。水素が水に変化するのを阻止したからといって、別に不都合はないからな」
「へ……?」
魂って……分子なの??
青髪悪魔の超理論を聞きながら、私は焚き火の炎を見つめ、それ以上考えるのをやめた。
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「あんたが紹介してくれたいい男、なかなか働き者じゃないか!」
王城で遅くまで書類仕事をし、お腹が減ったので夜食を頼みに行くと、厨房のおばちゃんが上機嫌で対応してくれた。
「あんた、今度こそ逃すんじゃないよ!」
「あぁ、はあ……」
「なんだよ! 元気がないねえ! ほら、これでも食べな!」
ダン! と勢いよくテーブルに置かれた皿に、ぐるぐるパンと謎の肉煮込みが乗っていた。このパン好きなんだよねー。ちょっとずつ千切って熱々の謎肉煮込みに浸しながら、はふはふ言って食べる。この味、癖になる。
ロンゲラップさんの設計図は、かなりイイ感じに上がって来てて、後はうまく作れるかどうか。……と言いたいところなんだけど、湖畔の魂問題をどうにかしないと工事が始まらない。
「そういやおばちゃん、ベアトゥス様って……今何やってるの?」
「今は裏で剣振ってる時間だろ、いい体してるじゃないか〜! あたしがもう10歳若ければねぇ」
「あはは……」
そういえば厨房のおばちゃんて旦那さんいるのかな? 記憶の中のお母さんとその友達は、夫がいてもイケメンに対して似たようなこと言いまくってた気がするけど……そもそもおばちゃんて666年前に眠りについたっていう吸血鬼公爵様のガチファンだったし、確か2千年前からこの厨房にいるってマーヤークさんが言ってたような……ま、まあ年齢の話は突っ込まないでおこう。
それよりベアトゥス様がなんで料理人の道に進んだのかは、いまだに謎だ。もしかしたら暇なのが嫌なのかな? メガラニカでは、ご寝所でお酒飲みながら引きこもってたっぽいし、某特殊部隊の人がコックになりがちなアレなのか……? やっぱ刃物は触っていたいとか? 刃物を平和利用したいとか??
まあ、体鍛えたりして健康的な生活を送ってるっぽいから、とりあえずは大丈夫か。なぜか割り当てられた王城の豪華な部屋を使わずに、厨房の奥で寝泊まりしてるってのが気になる点だけど……
厨房のおばちゃんは、筋肉勇者が厨房に入り浸るようになってから、すごくはしゃいでて軽口を叩く率が爆上がり中だ。うまく話に乗ればいろいろ喋ってくれるし、お城で噂になってることとか、王都の最新ニュースとか、とにかくすごい情報通だった。まさか異世界でもおばちゃんネットワークが機能しているとは……
そんなわけで、今一番の懸案について聞いてみる。
「ねえ……西の森の幽霊って知ってる?」
「あんた……見たのかい?」
見たどころの話じゃない。そのフェイクニュースを流したのはこの私だ。テレビもラジオもスマホもない世界で、どうやって広告打ったら良いのかわかんなかったんだよね。おばちゃんまで話が届いてるなら、王都中に噂が広がっていると見ていいだろう。最初は興味を持ってもらって、そこから筋肉勇者に討伐してもらったりなんかして、そんでニュースになったらいい感じに西の森ホテルの宣伝になるかな? ……なんてね。ベアトゥス様、剣の素振りとかしてるってことは、まだ戦う気あるのかな? 今度相談してみよ。
西の森ホテルは避暑地みたいな感じだし、テニスコート代わりになんか魔国のスポーツできる場所とか作ったほうがいいかな? いろんなアクティビティ考えたいなぁ……そんで、無事にホテルが出来上がったら、厨房のおばちゃんも招待したい。
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西の森の湖に浮かぶ小さな島。
今日はボートを出してこの島の調査に来ている。
最初は名もない島かと思っていたんだけど、マルパッセさんの調査で関係書類が掘り出され、ランゲルハンス島と記述されている資料が見つかったらしい。結界を張る関係でどうしても魂の上昇地点をずらしたいってことになり、その座標に意味があるのか、それともたまたまかを調査中。空も抜けるように晴れて、いい感じの探索日和だ。
「……あんまりこういうのって、いじらないほうがいいんじゃ……」
「問題ない。地質には変化がなかったので、単なる気象現象のようなものだ」
「はあ……そうですか」
「いわゆるつむじ風と同じなんだよ。たまたま今はここで止揚がはじまっているけどね、風向きによって場所は変わったりするのだ」
どうにも理解力のない私に、マルパッセさんが助け舟を出してくれる。
「ここが……呪われた土地じゃないってことなら、それでいいんですけど……」
「ああ、そういうことなら大丈夫だ」
「汚染された場所は少しあるようですが」
「うえぇ? 本当に大丈夫ですかぁ?」
「ガスを抜いて様子を見ればいいだろう」
「では私が見てきましょう」
もう何回も西の森に来てるからか、マルパッセさんもフットワークが軽い。背中の羽は伊達じゃなくて、気軽に空を飛んで、どこにでも行けるってのが超うらやましい!! 最初見たとき、あまりにも私が騒いでうるさかったのか、ロンゲラップさんの顰めっ面がかなり怖かった。
「飛行魔法など、誰でもできるだろう」
とかなんとか言ってたけど、私はできませんので……
まあとにかく、周辺調査をマルパッセさんが請け負ってくれたので、私たちは魂の研究に取り掛かった。場所を移すにしても、どこがいいかちゃんと考えないとね。カラフルな落ち葉を踏みしめると、何だか葉っぱが湿った香りが立ちのぼって、これがワインで言うところの少女の素足の香りか……? などと思ったりした。
「あ、そういえば西の森ホテルが出来次第、結婚式の予約入れてもらえそうで……」
「シッ……静かにしろ!」
うぅ……今日は機嫌悪い日なのかな? 私は慌ててロンゲラップさんの言うとおりに口をつぐんだ。恐る恐る青髪錬金術師様の顔色を窺うと、口に人差し指を当てて、あたりの様子を見ている。お……怒っては……ない?
ということは魔物が出たのかな? 緊張するけど、結界は張っているから、そう簡単には入って来れないはず……
「あら、あなただったのね」
ぬっと姿を見せたグリハルバさんの後ろから、露出の高いモノトーンの衣装を着たお姉さんが顔を出す。
「あ、占いの……」
「お前の知り合いか?」
「えーっと、メガラニカ王に紹介してもらった人間の方です。西の森ホテルを経営していただく予定で……」
「進捗状況を確認してくるように言われたんだけど、何も進んでないってことでいいかしら?」
ぐぬ……ま、まあ、そのように見えるかもしれませんが……
「お前たちにはそのように見えるかもしれんな」
「……?」
「今、ここには大量の魂が集まっているのだ」
「なんですって……?」
占いができるディキスさんは、魂の研究に何やら興味があるみたいだった。グリハルバさんは、相変わらずおっきくて無口だ。ふと気づくと、大きな体から文字が流れ出ている。
<ま、まさか空求人ではなかろうな……?! すでに使用人の家屋群くらい建っているかと思ったのに、何も無いなんて……そういえば、さっきそこの木にクリネズミがいたが、餌とかあげてもいいのだろうか……?>
ホテルの建物が何もできていないことに、かなりショックを受けているみたいな文字列が流れ出ていて、ちょっと可愛いと思ってしまった。楽しみにしてくれてたのかな? ごめんよグリハルバさん……
そういやモヤモヤが出る人と出ない人の差は、私がコントロールできるわけじゃないっぽい。最初はじっと目を見つめたり、集中して寄り目にしてみたりいろいろ試したけど、文字が出る人は出るし、出ない人は出ない。人間が割とたくさん態度とは裏腹の文字を垂れ流していて、魔国の人はたまに。悪魔と天使は全然何考えているかわからない。一番知りたいのはそっちなんだけど……
そんなわけで、この『人の心を読む能力』は、それほど役に立たないのだった。読むというか、見る?? わからん。
「じゃあ、私たちは泊まり込みができる仮設テントでも作っとくわね。どこ使っていいの?」
「あ、じゃあその区画にお願いします」
正直、西部劇ばりの野ざらしでも良かったんだけど……テキパキとした草を刈ってスペースを作るディキスさんに見惚れていると、グリハルバさんがとんでもなくデカい丸太を持って普通に歩いてきた。なるほど、王都の人間の皆さんは、ここになんらかの危険を感じたというわけか……
「ところでお前、なにか言いかけてなかったか?」
「あ、西の森ホテルができたら、オープニングイベントとして公爵様ご夫妻の結婚式をしても良いと言われまして!」
「…………」
「……」
「………………」
「……そうか」
「うぅ……」
意気込んで発表したわりに、周囲の反応は凪のようだ。
でもいいんだもん! 私は興奮してるから!!
絶対成功させるぞ!!
おー!!
青髪(こいつまた浮かれてるな……)
マル(おやまあ嬉しそうですね)
占姐(それがどれほどの栄誉かわからないけど……)
グリ(…………)(ちょっと嬉しい)
相槌打ってくれるタイプのキャラ、ゼロ空間!