それカツアゲじゃない、上納だ
あの電車の夜。
てっきり闇の組織の契約書みたいなものにサインをさせられて、ケガレに関することは決して口外するんじゃねぇぞ、とか言われるかと翔太は思ったけど。
そんなことはなかった。
言いふらしたいなら勝手にしていいが、アレらを語れば語るほど狙われやすくなるから覚悟の上でしなさい、とのこと。
そして、じゃあ気を付けて帰れよ、とクウの影から姿を隠したままのハクがそう言い捨てると、クウはそのまま立ち去ろうとした。
そんなクウを翔太はとっさに引き留めた。
理由は今もわからない。語れば語るほどケガレに襲われやすくなるというのなら、覚醒者と関わりを持つことだって自分を襲われやすくするかもしれないのに。
でも、このまま関係なくなるのはなんだかいやで。
それは非日常に対する憧れか、釣り橋効果とかそんな感じのものなのか。とにかく翔太は、ほとんど強引にクウの連絡先を聞き出した。
そして思いっきりクウに引かれた。
後悔はしてない。
クウと知り合いになってわかった意外なこと、その1。
覚醒者たちは救出された被害者に対して口止めとかは意外にもしないらしい。
あの日から数日経って、何を理由に連絡すればいいのか悩みながらいつものように七番隊の仲間たちとつるんでいると、少し離れたところでフードを被っているクウの、あの角のせいでどこかいびつになっているシルエットを見つけた。
慌てて追いかけようとするが、仲間たちも興味を惹かれたのか同じ方向へ目をやった。
まずい、と翔太は思った。
真夜中ならまだしも、今は時はまだ午後で、太陽の下に晒された少女の姿は一目で奇異だとわかるものだ。
半分は少女に迷惑をかけたくないという思いから、もう半分は秘密基地を友達相手であろうとバレたくないという子供じみたわがままから、翔太はダチたちの注意を逸らそうとする。
それでも、もう遅すぎたのか、少年たちの視線はもうすっかりパーカーとミニスカートを着ている少女の後ろ姿を捉えた。
しかし、予想外に……
「なんだ。知り合いか、翔太?」
まさか彼女か?と冷やかす仲間たちは、明らかに少女のシルエットのおかしさに気付いていなかった。
「そんなんじゃねぇし!」
よく見てみれば周りに自分たち以外にもそれなりに人はいるのに、誰も少女に注目しているようには見えなかった。
その事実を確認して、もう一度少女を探そうとする時は、その姿はもうどこにも見当たらなかった。
そしてその日の夜、『あ、これ連絡する絶好の口実じゃん』と気づき、下っ端ヤンキー持前の目上相手に対するコミュ力をフルパワーでフル回転させて聞き出した情報は『覚醒者だと知らない人相手にそれなりの認識阻害は確かにある』とのこと。
ついでにクウは探し物があるから最近昼夜問わずこの辺りを歩き回ることが多いということもわかった。
そのことに翔太は食らいついた。
『この辺り治安悪いし、よかったら俺も一緒に行きましょうか。 それに探し物なら土地勘がある人もいたほうが早いっスよね!』
この一帯は俺ら狂龍連合の縄張りなんで、俺役に立ちますよ!
画面越しの文字だけでもわかるほど、翔太の態度は慇懃で、それこそ尻尾があれば今頃はヘリコプターの羽ばりにそれを振っているのだろう。
それで約束を取り付け、翔太は晴れて翌日からクウの臨時ガイド兼護衛に昇格(?)できた。
翔太こそが治安を悪くしている人たちの一員だということをツッコむ人は残念ながらいなかった。
クウと知り合いになってわかった意外なこと、その2。
覚醒者たちはどうやら認知阻害みたいな力があるらしい。
その翌日。
「探し物ってどんな場所を探せばいいんスか?」
例えば住宅街や繁華街とか。
どんなものかはあえて聞かない翔太に、クウはまたも煽り性能半端ない『さあ?』のポーズを見せた。
「近くまで来ればわかるけどね。今どこにいるかはわからない」
なら地道に歩き回るしかないんスか……と言いかけて、
「あ!そうそう。 俺この間バイクを入手したんです!よかったらバイクで探しに……いき……」
無免許の初心者ライダーの後ろに乗ることを顔を構成する細胞のすべてで断りに来るしわくちゃピ〇チュが目の前にいた。
相手がクウじゃなかったら絶対顔にグーを一発食わせた表情だった。
クウと知り合いになってわかった意外なこと、その3。
クウは無意識に煽り上手らしい。
結局両足で歩き回ることになり、フード被りモードのクウとともに午後から日が暮れる頃までいろんな場所を回って、それでも彼女が探したいものは見つかなかったらしい。
そろそろ休みがてら何か買って食べようか、という話になり、翔太は行きつけの(たまり場になってる)コンビニへクウを連れていく。
「クウさんコンビニ来たことありますか?俺のおすすめのもの教えましょうか?」
覚醒者の生態について何を勘違いしたのか、パンダさんはリンゴ食べれますか?みたいな口調で聞いてくる翔太。
それによっぽど呆れたのか、フードの縁を引っ張ってより深く被りなおすと、クウは店員の『いらっしゃいませ~』ののんきな声の中で翔太を置いて店の中に入った。
「あ、待ってくださいよ!俺も行くっス!」
「え、そのおにぎり買うんスか?それこの間発売したばかりのご当地商品でクウさんはたぶん食べたことないと思いますけどハズレっスよ!」
「そのアイスは期間限定のわりに通常のやつとは味があんま変わんねぇってこの間俺のダチが食レポしてました!」
「あ、これこれ、このお菓子おすすめっス!」
少し離れたところでひそひそと何かを話しているコンビニの店員をヤンキーの必修スキル傍若無人でスルーする翔太。
そんな翔太に勝るとも劣らないスルースキルで翔太を無視するクウ。
結局おすすめも地雷注意も丸ごと無視して、気づけばクウのかごはご当地商品や期間限定商品でいっぱいになっていた。
それをレジに持っていくときはなぜか今まで遠巻きに見ていた店員たちに通報されそうになった。
クウ(見た目が絡まれている陰キャ)のかごを翔太がお金は俺が払いますんで!と強引に奪い取ったのがたぶんいけなかった。
きっといけなかった。
クウと知り合いになってわかった意外なこと、その4。
クウはご当地商品とか期間限定商品に目がないらしい。
人見知りのせいか誤解を自分から一切解こうとしないまま黙っているクウとはいじめられる人といじめる人の関係ではないと、必死でコンビニの人たちを説得して、翔太は通報からの補導コースをなんとか回避させた。
歩き回った昼よりもどっと疲れた、と翔太がつぶやきながらコンビニの前で買ったばかりの肉まんに齧りつく。
そのそばでもぐもぐとやっぱりフードを被ったままおにぎりを食べるクウから「これおいしくない」と言う独り言が聞こえてきたが、「ほら見ろ、だからハズレって言ったじゃん」を声に出して伝えるには翔太はクウに頭が上がらなすぎるし疲れすぎていた。
そんな翔太だが、目の前を通るある人を確認すると慌てて呼び止めた。
「涼介!お前、風邪は治ったのか?なら今夜の集会は行けるか?」
その涼介と言う少年がちゃんと立ち止まったことを確認すると、翔太はクウのほうへ振り向いて紹介する。
「あ、こいつ涼介と言います。俺の幼馴染で俺を狂龍連合に誘ったダチっス」
それに対してクウはどうやら人間苦手なところは相変わらず健在で、解釈もせずにフードの縁をもっと下へ引っ張るだけだった。
一方、乱暴なヤンキーというイメージを与える翔太とは違い、その涼介と言う少年はチャラ系で人付き合いがうまそうな第一印象を与える人だった。
いや、実際そうだから、普段なら女の子が相手ならうまい言葉の一つや二つは余裕でかけるはずだった。
でも今はどうやらそれどころではなくて、なぜかどこかやつれているように見えて、目の下にひどいクマまでできている。
そんなにひどい風邪だったのか?と最近風邪をひいて集会はおろか、一緒につるむことすらめったにない涼介を翔太が心配していると、
「わりぃ、お……母さんに早く家に帰れって言われてるから」
「は?いや、待て……」
「じゃあ、俺もう行くわ」
それだけ言って、涼介はどこかおかしい様子のまま、言いようのない違和感だけ残して立ち去った。
あいつなんかおかしくねぇか?とその背中を見送りながらつぶやく翔太に、涼介が聞こえない距離まで行くのを待ってからクウは爆弾を落とす。
「お友達さんは母親はいないはず、だからじゃないかな」
「え?」
「ん」
「あっ」
クウと知り合いになってわかった意外なこと、その5。
人間苦手な陰キャは知らない人がフィールドにいるときは沈黙デバフにかかるので、大事な話があるときは要注意。
クウ
ご当地商品や期間限定商品が好きらしい。
知らない人の家族構成をなぜか言い当てて……?
翔太
電車の件以来、クウに対する態度がワンちゃんが主人に対するそれになっている。
しかし傍から見れば陰キャ女子をいじめるひどいヤンキーにしか見えない。
幼馴染の家族構成についてなぜかクウに言われるまで気づいていなかったらしくて……?
涼介
翔太のダチ。
暴走族なのに母親の言いつけはちゃんと聞くいい子。
母がいるとは言っていない。