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いるよね変なところに止まりたがる鳥類

エレベーターに入り、目的地へのボタンを押すと、道具課の鞍馬は静かに最上階への到着を待ち始めた。

この四十階建てのマンションは住民全員が覚醒者で、その中に最上階のベントハウスには殲滅課の創立者ふたりが住んでいる。

そのふたりを訪ねることが鞍馬のこの度の目的だ。


***


ケガレが現れて百年以上経った今では、ケガレと戦うことは既に立派な職業になっている。その職業に就く者は基本覚醒者であり、逆に言えばケガレと戦う最前線にいる覚醒者はほとんどそれ以外を職業とすることはない。


つまり、覚醒者とそうではない人は、職業的に隔離状態になっている。


さらにわだかまりを深くしているのは、覚醒者同士の間で生まれた子供が同じく覚醒者である確率が、覚醒者と一般人の子供や一般人同士の子供がそうである確率より遥かに高い、という事実。


結果として、親が覚醒者ならもとより一般人とは接点がないし、一般人の家庭から生まれた覚醒者も命がけの戦いが毎日のように起こる生活を送り始めてからは、段々と一般人との接点を失くしていく。


それをいろんな原因であまりよく思わない政府が三十年前に取った行動はというと、覚醒者の組織のまとめと公式化であった。

それまではファンタジー小説のギルドのように乱立していた組織から最も大きいな規模とはっきりした役割を持つ組織を四つ引き上げて、政府の公式機関という名分を与えた。


一般人の保護と救出に特化した救援課、対ケガレ用アイテムを開発する研究部門である道具課、新しく発見された未知のケガレを探索する先遣隊である探索課と、探索課が持ち帰ってくる情報をもってケガレの退治に挑みかかる退治課。


この四つの組織は政府からいろいろと便利を図ってもらえるし、政府としても覚醒者が完全に一般人から隔離して自分だけの文化を築き上げていくことを危険視したから強引につながりを作っただけで別に組織内部のことにまで口出しするつもりはない。

そうとわかった残りの小さな組織も四つの組織のいずれかに吸収されていき、二十年ほど前にはその四つの組織が覚醒者の定番的な就職先になっていた。


そして、その平穏な水面に半径百キロくらいのでっかい岩を助走つけて投げ入れたのは、四年前に現れた当時16歳の少年と12歳の少女。


鬼才と謳われるほどの政治と交渉の腕を持つ少年と予言にある龍の精神体を持つ少女だった。

既存の組織の一員になるには鮮烈すぎる性格と能力を持っていた。

結果、彼と彼女のたったふたりでできた仮組織は名目上、五つ目の公式組織になった。



しかし、その新しい仮組織だけが二人が覚醒者たちにもたらした変化ではなかった。


覚醒者たちが百年待った龍の聖女が現れたとわかり興奮した人たちは、やがてその聖女のどう見ても聖女らしくない力と性格に戸惑い、ことの顛末を調べた。



それでわかったこと。

少年は、ある財閥の当主とその愛人の間で生まれた子で、小さい頃から覚醒者だとわかったにもかかわらず、正妻との子で跡取りである彼の兄の補佐になれと洗脳にも似た教育を受けてきた。

一方、実の父親に財閥に売り飛ばされたその少女は、特徴である鹿のような角が権力者のほとんどが喉から手が出るほど欲しいとある効果を持っているせいで、鹿茸を採る養殖動物のような扱いをその財閥から受けた。


そして、洗脳教育にとっくにうんざりしていた少年は、そんな覚醒者の誇りともいえる「特徴」を無残に切りつけられる同胞の存在を知り、ついに我慢の緒が切れた。


少女を連れて逃げようとして。

失敗した。


覚醒者と言えとも多勢に無勢で捕まえられて、覚醒者ではなかったらとっくに死に至らせた折檻を受ける少年。その姿に衝撃を受けて、少女は爆発するように自分の精神体を初めて実体化させ――。



明るみに出た少年と少女のその経歴は、覚醒者たちにとってあまりにも耐えがたいことだった。

百年の間ずっと守る者としてあり続けた覚醒者たちは、責任を負う人には避けられないであろう「自分は守られている者たちよりも優れている」という優越感を密かに持っている。


そんな自分たちの同胞が飼い犬のような調教を受け、待ち続けてきた聖女に至っては家畜のように飼い殺されていた。


それがあまりにも我慢できなくて、守る者であることすらやめて「覚醒者の役目はケガレの退治であって一般人の保護ではない」を信条に掲げる少年に賛同する者が続出した。気づけばその組織は他の四つの組織にも劣らない、仮組織でいるにはあまりのも大きすぎる規模になっていた。


その仮組織は、「殲滅課」になった。


***


ベントハウスのリビングルームには殲滅課のボスである忌人いみとしかいない。同居人のクウは?と鞍馬が聞くと、まだ寝ている、と返事が返ってきた。


そう言いつつ、鞍馬のこの度の目的であるもの、使い済みのルール用紙を渡してきた。


それは昨夜、クウが駅に発生したケガレの結界で使ったもの。


道具課によって支給されるそれの使い済みの分を、道具課は研究用に定期的に回収している。

しかし今回に限っては、クウが初めて使った物を回収日まで待ちきれないという研究マニアたちの頼みにより、道具課は鞍馬を派遣してわざわざ取りに来た。


事前に受けた報告の通り、驚くほどケガレからの干渉を受けていないそのルールを読みながら、鞍馬は現在の状況を確認する。


「つまり、例のケガレを追っているところ、なぜか別のケガレに遭遇してしまった、ということですね。このルールもその偶然遭遇したケガレを解決するときに顕現させたもので」

「ああ」


ことの始まりは、とあるケガレの発見だった。

順当に探索課が情報を持ち帰った後、ケガレ退治と一般人救出のために救援課の一人と退治課の二人で結成された行動チームが派遣された。しかし、その三人からの連絡が最後に届いたのは二週間前。


恐らく巻き込まれた一般人も覚醒者の小隊ももう全滅と判断していいだろう。

逆に言うと、少なくとも四人の人間を捕食したばかりのソレはしばらく新しい獲物を探して一般人を襲うことはないだろう。


そう踏んで、殲滅課にこの件が回ってきた。

一般人を見殺しにすることに評定のある組織なため、生き残っている一般人がもういないとわかった場合でもないとなかなか頼めないのだ。


そうして情報収集のために最後に目撃された地域を歩き回っていたクウが、なぜか遭遇したのはそれとはまた別のケガレだった。


さらに驚くことに、忌人と同じくどこまでも一般人の生死に無関心なクウは、今回人間を一人助け出した。


このルール用紙は、その人間を助ける際に使った物。


「クウさんからもいくつか聞きたいことがあるので、ここで彼女が起きるまで待ってもいいですか?」


構わない、と言いかけた忌人の影から彼の精神体であるイヌワシが予兆もなく飛び出して、とある場所を目指して羽ばたいていった。

その行く先を目で追うと、明らかに起きたばかりの様子の、大きな角を持つ少女がいた。


イヌワシはその角を止まり木として使うように翼をたたむ。

そう確認すると、鞍馬は自分の精神体の鴉から伝わってくるうずうずする気持ちを感じ取った。


あんたもあの角の上に立ちたいのか。

いやでも、忌人とクウの関係ならまだしも、自分のような面識がちょっとしかない人がやったらさすがに失礼だ。ただでさえクウの角は昔の出来事でいろいろと扱い注意になっているのに。

そう思い精神体を止める鞍馬をよそに、クウは目をこすりながら冷蔵庫に近づく。


「待て。ケーキはだめだ。お粥を温めてあるから、それを食べろ」


胃もたれしているだろう、と言葉を続く忌人を不服そうに一瞥して、かわりにプリンに手を伸ばすクウ。


「プリンでも駄目だ。お粥にしろ」


そんなクウに歩み寄って、両脇の下に手を入れるように抱き上げる忌人。

いやだいやだと暴れるクウ。

その間にずっとクウの角の上に定住しているイヌワシ。


しばらくは落ち着いて話が聞きそうにないな、と自分の今にも飛び出しそうな精神体を止め続けながら、鞍馬は頭の隅で考えた。


忌人

クウの同居人兼ボス兼オカン。

一部の特定の人間を除き、一般人に敵意を持っているわけではないが、無関心。


鞍馬

精神体がやたらとやべぇところに止まりたがるからひそかにひやひやしていた人。

このあといつまで待っても攻防戦が止まりそうにないので彼を不憫に思ったハクが助け舟を出す。はず。


クウ

鳥類からの扱いに関してはもうあきらめている。

でも甘いものは譲れない。


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