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布団にくるまって目をつむるという最強な退魔結界

注意書き:この小説はフィクションです。作中人物の言動すべてに作者が賛同しているわけではありません。

真夜中に一人で出歩くことは犯罪行為の被害者になってもいいということには絶対に繋がりませんし、そういう被害者非難を作者は擁護しているわけではありません。

クウの姿だけを求めても、この時だけは恨めしく思う人間のハイスペック眼球はどうしてもおまけとして余計な背景までも捉えては誠実に脳に報告しやがる。

そして、その背景で少しでも隙があればその隙に乗じて、少しもないなら隙をカナテコでこじ開けるように作っては、ケガレの一部と思しき乗務員は自分の姿を翔太の視界に押し込もうとする。


それが嫌で、足元だけを見るか、いっそ目をつむってさえしたいのに。

それでクウの姿が視界から消えるのは、それはそれで先ほどクウが消えた時のことを思い出させて無理だった。

なら一体どうすればいいのか。


知らぬ間に冷や汗でべとべとになっている額を手で拭く。

今ならわかる。ケガレは一般人には対応不可能だって。巻き込まれたら覚醒者の援助を待てって。そう言われた理由が。


いくら下っ端でも翔太は真夜中が主な活動時間の暴走族やってるし、暴走族に入る前から夜遊びとかしまくって、一人で人気のない夜の街を歩くことだって全然平気だ。決してビビリではないのに。

それでも、アレが視界に入るだけで、足が竦んで正気でいられなくなる。


もしクウがいなかったら、もしここにひとりでいたら。

そう考えるだけで気が狂いそうだ。


ああ、クウがいてくれてよかった。


そこまで考えて、翔太はふいに気づく。クウがあの電波めいた叫びをあげてからずっと黙り込んでいた。


乗務員が答えてくれるのを待っているのか。

それにしても待ち時間が長すぎる。そんなに待たなくてもわかるだろう。乗務員はきっとクウに答えはしないのだ。あからさまに避けているのだ。


数回姿を現しただけで翔太をここまで追いつめたソレは、クウに怯えて隠れている。

きっとこれが初めてのことではないだろう。

思えば最初の頃から「ケガレは自分から姿を隠しているかもしれない」とクウは話していた。


翔太には想像もできないが、それはクウにとってとっくに慣れている現象なのかもしれない。


なら、いつものクウはどうやって対処しているのだろうか。


その質問を翔太が投げると、

「うん? 普段ね。乱暴な手段と穏やかな手段があるけど、たぶんどっちも今回はできない、と思う」

思考を一旦中断したクウから少しがっかりさせるような返答が返ってきた。


彼女が言うには、乱暴な手段を取る場合、ケガレの結界、例えば今回の電車本体に直接攻撃をいれて壊す。そうすれば、結界が崩壊してまた作り直されるまでの間にどうしてもケガレの本体がしっぽをのぞかせてしまう。

でもそうすれば空間の歪みとか攻撃の余波とか、一般人にとって命の脅威になりうる副産物がどうしても避けられないから、今回は無理。


なら穏やかな手段はどうだろう。

その場合、ケガレは結界を維持するには一応力を使わなければいけない、ということを利用する。

つまり結界の中でしばらく暮らせば、かくれんぼしていた向こうから勝手にしびれを切らして出てくるか、最後まで隠れようとしていても時間が経つにつれ消耗していって結局しっぽを隠し切れないほど弱ってしまう。

ただ、その際に使う動詞はあくまで「暮らす」であって「過ごす」や「待つ」ではない。

つまり、今回の場合、翔太が完全に自分のSAN値を地面に投げて唾を吐きかけては踏みつけるほどの時間になる。


だからどっちもだめだよ、とだけ言って、再び黙り込みながら何やら手に持っているのスマホとにらめっこを始めるクウ。


チートという単語をゲシュタルト崩壊させるような情報で処理落ちになっている頭で、翔太はゆるやかに、ぼんやりと考える。


救援は仕事ではない、と言ったクウ。それでもいろいろと気にかけてくれて、普段のやり方まで変えて自分を助けようとしてくれている。

随分と迷惑をかけているのだと思う。



正直言って、もう見捨てられても仕方ない、とは思っている。


だってそうだろ。

翔太を助けることはそもそも彼女の仕事ではない。

先ほどちらっと見た「殲滅課」という冷酷な響きを持つ単語。それがもし彼女の所属している組織の名前なら、むしろ人命救助をしろと言うのは無理難題もいいところだろう。

専門外なんだ。


ましてや彼女はもともと誰彼構わず助けたいというお人よしな性格でもないらしい。そんな彼女がこんな面倒くさいであろうことをしている理由は、どうやら「翔太に助けられたことがあるから」というだけだ。

でも今にして思えばあの時の彼女はきっと助けの手なんていらなかった。

翔太としても、成り行きでそうなっただけで、助ける気なんてもともとなかった。女の一人夜歩きがもたらす危険を承知の上で一人で夜に出歩く女の面倒を見るほど、暴走族なんかやってる翔太は人よしではない。


そんなどこかドライな思考を持っている翔太だから、見捨てないでくれと何度も頼みながらも、クウについて、覚醒者の役割について知ってからは恐らくずっと心のどこかで「ああ、これは見捨てられても仕方はないな」とひそかに思っていた。

そして、精神がすり切れている今、そのネガティブな考えは表に出たらしい。


ほら、黙り込んだ彼女はもしかしたら今まさに自分を見捨てる気でいるのではないか?


そんな冷え切った思考を巡らせていると、翔太のほうへずっと何か考えていたクウがふいに近づいてきた。


「スマホ、ちょっと貸して」

「?」


普通に考えればプライベート関係で相手が親しい友人だろうと大好きな恋人(翔太は単身歴14年だが、そこはまあ想像で)だろうとホイホイとスマホを貸すことなど現代人的には正気の沙汰ではないが、そこは言われるがままに画面ロックを解除してスマホを手渡すほど翔太はすでに思考を放棄していた。


スマホを受け取ったクウはしばらくうつむいて翔太のスマホをいじった後、画面から目をそらしていきなり翔太へ近づいてきた。


コツン、と何か固いものが肩のところに当たる感触。

それは頭のラインにそえるように生えているクウの角がもたらしたものだと翔太が気付くよりも早く、クウはスマホを翔太の手に押し付けるように返しながら、彼の耳元まで顔を近づかせる。


「-―、――。 ――」

「!」


耳元でいても下手したら聞き取れないほど小さな声で言いたいことだけ囁くと、彼女はまた翔太から距離を取った。


そして、翔太が少しためらいながら、しかしちゃんと頷いてくれたことを確認したことを確認して、クウは「大丈夫だから、ね?」と安心させるような一言を残し、ハクを連れて先へ歩んでいった。


***


それからすぐに、乗務員らしきモノがもう一度翔太の前に現れた。


諦観したのか、真っ青な顔色のまま逃げようとしない翔太を見て、ソレは一層笑みを深めた。


もともと満面の笑顔だったため、結果として口元は目じりのすぐ下まで吊り上げられてしまい、すでに手に落ちたであろう獲物を前にもはや悪意を隠したてるつもりすらないらしい。


そして、そんな乗務員らしきモノが何か行動を取るよりも早く、翔太はスマホの画面を交わっているふたりの視線の間に割って入るように掲げる。


ちゃんと男がスマホ画面に視線を落としてしまったことを確認するや否や、翔太はぎゅっと目を閉じた。


ほぼ同時に、クウの声がどこからか聞こえてきた。



  みた。あなたはわたしをみた。




いや、待て。

これは本当にクウの声なのか?

だって、この声は、この口調は……




   みた。

  みたみたミタみタみみみみみ。

  た。

      は。あなた。

   わたし。

        を。




わ た し は あ な た を み つ け た。




それから、クウの声を遮るように、悲惨な金切り声が聞こえてきた。

男とも女ともつかないその声は、一クラス分の生徒全員が十本の指を全部使って一斉に黒板をひっかくような、それほどまでに人を不快させる音色を出していた。


今すぐにでも耳を塞ぎたいのに、少しでも動いたら死ぬかもしれない気がして。


そうして無理やり我慢してたら、どれぐらい経ったのか、あたりはやっと静かになった。




「もう大丈夫だよ。目を開けていいから、ね」


そして、予兆もなくいきなり耳元で聞こえたクウの声。


思わず泣きそうになりながら、言われた通りに瞼を持ち上げようとすると、瞼の隙間から光が差し込む直前、サイレンにも似た直感にやめろ!と怒鳴られた。


考えるよりも行動、がモットーなヤンキー根性で開きかけた目をもう一度つむってから、違和感の正体について考える。


「どうした、の? 目を開けて?」


と、急かしてくるその声をよそに、翔太は未だ違和感の正体を掴めていないが、先ほどスマホを返される際にクウに言いつけられたことを思い出して、それっきり動こうとしなくなった。


すると、相手がしびれを切らしたのか、


「目を開けて?ね?目を開けて?」

と僅かながら変質した口調で、さらに耳元で囁いでくる。


それでも動かないでいると、





目を開けて。目を開けて。目を目をめヲめをあけてアケて開けあけあああああぁぁあアアぁ





その声もその口調もいつの間にかクウのそれとは似ても似つかないものになっていた。


そこで翔太はようやく気付く。

クウが耳元で話しかけようとすると、そうできる距離まで近づく前に、大きな角がどうしてもこっちの身体に当たってしまうのだ。



なら、予兆もなく耳元で響いたこの声は。




***


そのまま微動だにせずじっと立っていると、その声もいつの間にか止まった。

そこからさらに待ち続けていると、ついに。



「でぅふふふふんふぇんへへへへへっへっへ、ブヒッ」



翔太はやっと待ちわびていた声を拾えた。



『またその乗務員が現れたら、スマホの画面を彼に向けて掲げて。そしたら、目を閉じて。さっき聞かせた笑い声をもう一度聞くまで、何があっても決して、決して目を開けないで』



クウの言いつけを思い出しながら、祈るように恐る恐る目をあけると、翔太の視界に飛び込んだのは真夜中の駅前だった。


時は午前三時過ぎで、さすがに周りには翔太とクウとハク以外誰もいなくなっているが、ケガレの結界とは明らかに違っている雰囲気を感じ取って、ああ、戻れた、と視界が涙で歪む。


そんな情けない姿をさらす翔太をよそに、クウの影に溶けるように姿を隠すハクと、パーカーのフードを被りなおす(それでも角が大きすぎてフードがおかしな形状になってる)クウがそこにいる。


ふたりに気付かれる前にと、翔太は涙をごまかすようにスマホの画面を覗く。


すると、そこに映っている、俯きながらスマホをいじった時にそのまま撮ったであろうクウの写真(※カメラ目線)のひどさに涙はとっさに止まった。


つまりさっきのあれは、写真越しにケガレと目が合ったから当たり判定された、みたいな感じか。


それにしてもこの写真はどうすればいいんだ、と尋ねようとして翔太はクウの姿をもう一度探すと、クウが何やら苦しそうに胃のあたりをさすっていることに気付く。


「怪我……したんですか?」

「うん?ん-ん。 捕食でさ。いつもはね。結界を壊すなら、食前運動になるし、相手が弱るまで待つなら、その分食べられるものも少なくなるの」


つまり今回はまともに食前運動もないまま大盛りサイズを完食したってことになる。


今にもゲップが出そうな感じでいるクウに、翔太はなんだか今まで以上にいろいろとすまない気分になった。


大盛りサイズのケガレ

目を合わせたらやべぇやつがいたからなるべくスルーするようにしてたのにやべぇやつが汚ねぇ手を使って目を合わせに来やがった。

みつけた、じゃねぇよ。クソ。

クウ

下からとる二重顎になるセルフィを男子のスマホで撮っちゃうナチュラルサイコパス系主人公。

ここからどんどん深刻になっていくよ胃もたれ問題。

翔太

「あれ、でもこれって結局俺を餌にして釣ったことになるんじゃ…」と後から気づくみんな大嫌いな勘のいいガキ。



と、こんな感じのエセホラー×主人公最強ものになります。ここまで読んでいただきありがとうございます。

次から日常小話を数話挟んでから新章に入る予定です。次章からはもっと怖くなれるように頑張ります。


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