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ラブコメに不気味の谷は混ぜるな危険

「ここって…ケガレの中なのか…なんスか?」

心のどこかで確信を持ちながら、それでもどこかで否という返事が返ってくることを期待して、翔太はそう少女に問いかける。心もとなさを体現するように不慣れな敬語も使っている。


しかし残念ながら、期待を向けられた少女は「あ、はい」とあっさり頷いてしまった。それどころか、むしろ言葉で説明しなくても言いたいことがちゃんと伝わったことでちょっと嬉しそうだった。

そんなにしゃべるのが苦手だったのかよ。もう内気を通り越してコミュ障になってねぇか?いや待てよ。もしかしたら俺が不良だから怯えさせただけかもしれねぇ。


と、そこまで考えて、現在絶賛トップク着装中の翔太は一気に血の気が引いた。


成績がいつも赤点すれすれの翔太でもこれだけははっきりと覚えている。ケガレに遭遇した際の注意事項に、ケガレは一般人では到底対応できないから、もしもの時は冷静を保ちながらその場で覚醒者の援助を待つように、という旨が書かれていた。


つまり、ケガレの結界にいる以上、自分にとって目の前の少女が命の綱になる。

もしも、だ。そんな相手をもしも怯えさせちゃって、そのせいで助けることを拒まれた場合は……


そこまで考えて、翔太は慌てて怖くないよぅというようにわざと優しくした声(巻き舌のまの字もない)で自分にフォローをいれる。


「いや、あの、俺…じゃなくて、自分はこんなナリしてるけど、怖い人じゃないっス!乱暴なことは絶対にしないし、だから……っ!」

だから怖がらないでくれ、そんで見捨てないでくれ、と命がかかっているためもはや半泣きになっている翔太。

一方縋られている当の少女はというと、ケガレ攻略の準備か、すでに何やら手元にある道具をいじり始めている。今は原稿用紙くらいのサイズの紙を電車の壁に貼りながら、いきなり何言い始めてんだこの人は、と言いたげにちょっと引いた目で翔太を見ている。


コミュ障なのにやけにボディランゲージが豊かな子だな、と頭の隅っこで考える翔太はさらに何か言おうと口をあけるが。


「がはは!こいつは人間全般が苦手だから別に気にしなくていいぜ。 おめーはこの間こいつを助けたし、ちゃんと俺らの言う通りにしてくれれば見殺しにはしねーよ」


翔太の言葉をさえぎるように、いきなり後ろから野太い声が聞こえてきた。


場所が場所なだけに、足音もなく現れたらしいその存在に、翔太は必要以上にびっくりして、うろたえながら後ろを振り向いた。


そうして視界に入ったのはこれまたどでかい、そして少女の頭に生えているそれとはどことなく似ている角だった。しかしこの角が生えている頭は鱗に覆われていて、どう見ても人間のそれではない。


そう、空を泳ぐように浮いている、ウワバミぐらいの大きさがある細長いその生き物は、どう見ても龍だった。それもドラゴンじゃないほう。関連キーワードが勇者やお城ではなく、仙人や桃源になるやつ。


「わ、たし、…の精神体です。怖がらなくても、いいですよ」


びっくりした翔太のその反応を恐怖と勘違いしたのか、龍に向いて立っている翔太の後ろから今度は少女の声が聞こえてくる。

別にこの龍が怖いわけではない。いや攻撃してくるようなら怖いが、別段敵意を持っているようには見えないこの少女の精神体だったら全然平気だ。むしろ龍なんてヤンキーによるヤンキーのためのヤンキー大好き生き物リストのトップを占めるようなものだ。


しかし、それよりも。


「え。え!?龍!?鹿じゃなくて!?」


真っ当な質問だと思った。だって人とは身近にあるものの方が思い浮かべやすくて、龍なんてファンシーな生き物より、動物園に行けば簡単に見れちゃう鹿のほうがよっぽど現実味がある。あの角だけ見れば誰だって鹿だと思うじゃないか。


「あ〝あ〝!? んだとクソガキ!?」


だから、いきなり目の前まで迫ってきて、やんのかコラ、と半グレもびっくりするような完璧な巻き舌脅迫を披露してくるとは、夢にも思わなかった。


いやっ、あの……彼女の角だけを見てちょっと勘違いしてたんス、と説明をいれるも、


「あの立派な角のどこが鹿に見えんだ、あ〝あ〝!? 言ってみろ!」


とさらにキレさせてしまう。

なぜそんなに怒っているんだ。そりゃ龍なんて猛獣も尻尾巻いて逃げるような生き物を草食動物と勘違いするのは失礼だろうが、だからってこれほど……?


暴走族に入る前からヤンキーだった翔太はこんな風に誰かに絡まれてうろたえることなどもちろん経験したことはなく、もはやどうすればいいかわからなくなっている。そこへ、


「大丈夫だから、ハク。それ以上は話しがややこしくなるし」


と天籟にも似た少女の声が聞こえてくる。

するとそれまでは今にも噛みついてくるような(体型的に噛みつかれたら普通に死ぬ)、たぶん名前がハクな龍はすぐさま大人しくなった。でもハクっていうのか?黒い龍なのに。

そのまま泳ぐようなきれいな動きで翔太のそばを通り過ぎ、少女の肩の上に巻きつくように乗る。ウワバミのような大きさの龍は少女の華奢な体に少し荷が重いようにも見える構図だが、少女はよろめくこともなく自分の精神体を受け止めた。


「一通り見てきたが、俺ら以外誰もいなかったぜ。汚染源らしいものも、残念ながらなかったな」

「うん、まあ、そんなにすぐには見つかることはないよね」

むしろ私たちの気配を察知して隠れちゃった可能性すらあるし、と翔太と話すときのコミュ障はどこへ行ったのやら、ぺらぺらと流暢に話を進める少女。


そんなふたり(一人と一匹)を、翔太は少し複雑な気持ちで見つめる。

彼女のコミュ障発作対象は全人類、らしい。不良である自分を怖がって差別しているわけではない、というのはまあ、グレているくせに繊細なところもあるお年頃の翔太としては普通にちょっとうれしい。

とはいえ、全人類を相手にそんな態度しか取れないようじゃあ、さすがに生活に支障が出てくるのではないか。


今のどころ見捨てられる心配はない、という保証をヤンキー的にこれ以上ない頼もしい生き物である龍からもらったことで、ケガレの結界の中に居るにもかかわらずどこか余裕ができた翔太はそんなくだらないことを考える。

『あ、そういや彼女の名前をまだ聞いてないや』とまで思考がリードを外したハスキーのようにあらぬ方向へせーのダッシュしていったところで、さっきまで何やら話し込んでいた少女はこっちを振り向いて、こっち来てというように手招きしてきた。


ヤンキー失格ともとれるほど素直に言われるがままそちらへ行くと、これ読んでみてほしい、とさっき自分で壁に貼った紙を指さして少女は言う。その言葉に、これも言われるがままに読んでみる。


この度は■■■■をご利用いただきありがとうございます。お客様により快適な乗車体験をお届けするために、ぜひ以下のルールを熟度した上で遵守するようにお願いします。

1.当車両は乗務員を設置しておりません。乗務員と名乗り話しかけてくる方がいる場合は無視してください。

2.当車両は笑顔あふれる旅路をお届けすることに力尽くしています。車内にいるときは笑顔でいるようにしてください。

3.笑顔は人間のうれしさや喜びを表現するための表情です。笑顔は他者に明るい気持ちを与えるものです。笑顔は不気味ではありません。

4.笑顔を作れる生き物は目がふたつ、鼻がひとつ、口がひとつあります。人間は笑顔を作れる生き物です。

5.乗客は笑顔でいるものです。乗務員は笑顔でいるモノです。笑顔がない方は乗客ではありません。笑顔がない乗務員はいません。

6.当車両内には乗客しか存在しません。乗客ではない方を見つけた場合は速やかに乗務員に通報してください。

7.当車両に乗務員はいません。


何だろう。決して頭が良いほうではないけど、日本語がわからないとか今まで一度もなかった翔太は、少し眩暈がしてきた。


少女

二話目が終わっても未だプロフィールの名前のところが「??」になってる系主人公。翔太も気になっていたのでそう遠くないうちに聞かれて明かされる、はず。

コミュ障の発作対象は全人類らしい。全人類だけど人類限定。

ハク

少女の精神体。主人の「特徴」が鹿のそれと間違われることが地雷な龍。ちなみに別に鹿が嫌いというわけでもない。でも間違われるとなぜか恐ろしいほどにキレる。なぜだろうな。

翔太

空気が読める不良。不良なので龍は大好き。現在登場しているキャラの中で間違いなく一番常識人兼苦労人。不良なのに。


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