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第Ⅰ章 砂漠より、旅立ち 4

 次の日の朝方、二人はようやくドールヴェに到着した。

 国王の喜びは筆舌しがたいものであった。

 あれだけ激しい戦いに巻き込まれながらも王子に傷ひとつ負わせなかったリザレア参謀の腕は王宮内で絶賛され、騎士たちの憧憬をアスティは一身に受けた。その夜アスティは王宮に滞在し、世継ぎの生命の恩人として丁重にもてなされ、そして朝を迎えた。

 玉座の間でアスティは石版のことを語り、主君が既にこの国にいないだろうということを告げると、国王は重々しい表情になり、

「うむ……」

 と、ひとり呟いた。

「そうか……すでに石版は」

「はい……」

 国王のため息がアスティにも聞こえた。

「陛下。そろそろおいとましたいと思います。主君とはいつか巡り合えましょう」

「いや、アスティ殿。実は先日、ジディアラ街道を通る、セスラス殿とおぼしきご人を見たとの報告が入ったのだ」

「ジディアラ街道……」

「うむ。あそこからは隣国のカイレン王国へと通じている。セスラス殿はおそらく、カイレンへ行ったのではあるまいか」

「カイレン王国へ……」

 アスティは呟き、それから国王へ、

「陛下、ありがとうございます。それだけで充分です。いくつもある街道の、どこから行っていいのかわからなかった私にとっては、なによりのお言葉です」

 そして深々と一礼し、立ち上がった。

「もう行かれるのか」

「はい……なるべく早く主に追い付きたいと思っています。ご無礼をお許しください」「いや……それよりアスティ殿」

「はい?」

「これからセスラス殿を追われるにあたり、貴殿にひとつ申し上げておきたいことがある。 セスラス殿を追うことは石版を追うこと。これからおそらく、いくつもの石版に巡り合われることであろう。ジディアラ街道から少し東にそれた所に、『迷いの森』とよばれる場所がある。名の通り足を踏み入れて戻った者はおらぬ。しかし森のどこかに森の館と呼ばれるところがあって、古代からの霊が住みついているという話を聞いた。石版のことをなにか知っているかもしれぬ。余計なことだとは思うが……」

「いえ、陛下。そこまでお教え頂いて、恐縮の至りです」

 アスティは答え、それからもう一度一礼して、玉座の間を後にした。

「アスティ!」

 王宮の出口にほど近い所で、アスティは呼び止められた。

「王子」

「アスティ。行ってしまうのか?」

 彼の顔から不安を読み取って、アスティはまた彼と視線を等しくした。

「アスティ。……私の妃には、なってくれないのか?」

 アスティは微笑んだ。光がはじけるような笑いだ。

「いいえ……。お約束は覚えております。ですが王子、今は私は使命を帯びる身。王子とご一緒にはいられません。王子が早く大きくなられるのを、アスティは楽しみに待っています」

 それから彼の手を取り、

「王子。立派にご成長なされませ。いつか国王となられたあなたと再会いたしましょう。 国民に好かれる、良い国王になられてください。あの者たちを埋葬したいと思った、その優しいお心を忘れずに」

 王子は懐をさぐってそして何かアスティに差し出した。

「これをあげる……。約束のしるしだ」

 それは小石だった。ただの小石ではない。薄紫の、親指の爪二つ分ほどの小石だ。

「私の宝物だ。そなたにやる」

 それを日に透かして、アスティは王子に薄い笑いを向けた。

「きれい……ありがとうございます」

 外で小鳥が鳴いた。

 アスティはその声に顔を向け、立ち上がり、

「……そろそろ行かなければなりません」

 と言った。王子はうなづき、アスティから手を離す。アスティは王子に深く一礼し、そしてその身を翻して、光の中へ消えるようにして去っていった。

 王子はその後ろ姿をいつまでも見守っていた。

 幼い彼が味わった強烈な体験は、今後彼の人生に大きな影響を与えるだろう。この日のことを、彼はいつまでも忘れまい。

 いつの日か……約束が果たされる日が来る時……少年はかつての自分の、幼いながらも無邪気な言葉を思い出し、そして苦笑いを浮かべるだろう。

 そしてアスティは、その時また、掌の中の小石を、返そうと思っている。

 青い空に小鳥が舞うように飛びかい、それにしばらく見とれて、アスティは歩き始めた。

 大勢の人が行き交う街道に、その姿はゆっくりととけこみ、やがて消えていった。

 アスティのセスラスを追う旅が、続く。


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