エピローグ
ほとぼりは冷めたものの、死人が出た直後に部外者があれこれ聞いて回るのも申し訳ないと考えた二人は調査を諦めて村を出ることにした。村の出入口まで戻ると木造小屋前に坂浦がいた。
「おう、お二人さん」
「どうも」
「今朝は災難だったな。今出の女房につっかかられたんだって?」
噂が広がるのは早いものだ。今朝の出来事がもうこんな場所にまで届いている。
「えぇ、まぁ…」
奈園が気まずそうに答えると、バトンタッチとばかりに後ろから白瀬が問う。
「今出さん、私たちがきたせいで旦那さんが死んだ、と言ってましたが村に来たことと何か関係あるんでしょうか?」
「いんや、関係ないだろうよ。たまたまあんたたちが来た翌日だったからこじつけただけだと思うぞ。まぁ、旦那が急に死んじまって混乱してたんだろう。あんまり気にすんなよ」
話が一段落ついたところで再び奈園に発言権が移る。
「じゃあ僕らはそろそろ…」
「ああ、帰りか。待ってな、今開けっから」
坂浦は小部屋に入りハンドルを回す。ガチャリ、と鈍い音が響いた。
「じゃあ達者でな」
「「お邪魔しました」」
小窓から見送られながら二人は雨露村を後にした。
村を出て少し歩くと、開けた場所にテントが見えた。
「和斗~!お疲れ~!」
白瀬の気の抜けた挨拶に反応して、中から村君が出てきた。
「お疲れ様です。どうでしたか、噂の謎は?」
村君の質問に、奈園は手をひらひらと振る。
「調査中止になったよ。だからなんも分からず仕舞いだ」
「やっぱり昨日の夜の何かあったんですか?」
「あぁ、村人が一人死んで大騒ぎになっ───ちょっと待て、なんで何かあったって知ってんだ」
村の外にいたはずの村君の口から思わぬ発言が飛び出したので、奈園は不思議そうに尋ねた。すると村君は「実はですね」と前置きして話し始めた。
「昨日の夕方くらいに大学生グループがキャンプに来てたんですよ。で、その中の一人が塀の穴から村に入っちゃいまして。五分くらいで戻ってましたが、もしかしたら『侵入者だ!』って騒ぎになったのかなと思ったんですけど…関係なかったみたいですね」
「あぁ、そういうことか。侵入者騒ぎはなかったよ」
「結局、噂の元を突き止めるどころか新しい疑問が増えただけだったよぉ~。塀の意味もモヤっとしたままだし」
白瀬は口を尖らせている。
「何度も言うようだけどな、噂話の──
「噂話の発端なんて大抵普通でつまらないもの、でしょ。分かったよもう、諦めますぅ!」
「じゃあ帰りますか。帰りのバス三本しかないから乗り過ごしたら大変ですよ」
拗ねた白瀬を宥めながら、三人は山を下りた。
村の離れにある大仏殿にて───
「困るぞ、余所者や民たちの前であのように取り乱しては」
「風習に関わることは門外不出。何が綻びになるのか分からないのだから」
木を彫って作られた、三面八手の仏の前で四人の老人たちが卓を囲んでいた。そこには朝方宿屋で騒ぎを起こした今出の姿もあった。今出は深々と頭を下げている。
「村長、ウロビキ様の祟りが起こった以上、もはや猶予はございません」
「いや、問題ない。坂浦家と和鷹家の娘が近いうち上京する。それに今年の出産は一人だけだ。数は増えんよ」
「しかし…」
「くどいぞ。古より続く風習だ。無下には出来ぬ。数合わせのために死んだ今出には申し訳ないが、これも土地神様の御加護だ」