雨露村
「ようこそ、雨露村へ」
扉をくぐるとその先には一面に緑が広がっていた。手入れの行き届いた芝生がそよ風に揺られる様が波のさざめきに似ている。先程まで鬱蒼とした森林を進んできた二人は思わず感嘆の息を吐く。
「見ての通り何にもねぇ所だけどよ。まぁ好きなように見て行ってくれ。──っと、挨拶が遅れちまったな。おれぁ坂浦満だ、よろしくな」
男は先程とは打って変わってにこやかな表情で、穏やかな声で、奈園と白瀬を歓迎した。
「ああっと、奈園快明です。どうも」
「白瀬真実です」
軽い自己紹介を済ませると白瀬はいの一番に核心の疑問を投げかける。
「あの、どうしてこの村には二人しか入れないんですか?」
すると坂浦はばつの悪そうな顔をしてこめかみをポリポリと掻いた。
「どうしてと聞かれると困るな。村の掟だから、としか言いようがない」
「村の掟?」
白瀬は思わず聞き返す。日常会話ではまず使わないような言葉だ。やはりこの村には何かがある。掟という語彙をさも当然のように話す坂浦の姿は、そう確信するには十分なほどの説得力があった。
「余所者を無暗に村へ入れるべからず。掟の一つがこれだ。その昔、遭難者を装って村に入った山賊が略奪の限りを尽くして村に大きな犠牲が出たことがきっかけらしい。村を囲ってる塀はその頃の名残なんだってよ。……って、村長の受け売りだけどな」
「そうだったんですか。貴重なお話ありがとうございます」
白瀬は深々と頭を下げる。
「この先を真っすぐ行くと役所があるからよ。そこでいろいろ案内してもらいな。村長に会えばもっと詳しく聞けるかもしれねぇぞ」
そう言うと坂浦は村の入口付近にある木造小屋に戻っていった。どうやら最初に声をかけた時もあの小屋から出てきたようだ。坂浦が去り、周りに人影がないことを確認した奈園は白瀬に問う。
「で、どうだった。さっきの話」
白瀬は懐にしまっていた眼鏡を掛けなおしながら答えた。
「嘘はついてない。この村には掟があって、坂浦さんはそれに従っただけ。村長の受け売りって言ってたのも本当。ただ…」
そこまで言うと白瀬は何かを考え始めたのか、険しい顔つきになったきり黙ってしまった。
「ただ…何?」
「掟が作られた理由と村を囲う塀の話、あれは半分嘘」
「半分?」
「本人は嘘をつくつもりで言ったわけじゃない。けど、100%本当だと思っているわけでもない。恐らく、違う理由があることには薄々感づいてるけど、それが何かまでは分からない状態…なんだと思う」
白瀬の話を聞いた奈園はしばらく考え込む。
「要するに、村長が肝心なところを伏せたまま伝えたもんだから、坂浦さん本人にも何が本当で何が嘘なのかこんがらがってるってことか」
「たぶんね」
考えがまとまった二人は一先ず、役所に向かって歩き始めた。