3-3. そもそも、お妃君って?
いきなり完璧美形からベタ甘な視線を受け、沙良は動揺した。
「1,030歳で年下なわけっ、というか、す、好きっ、とか嫌いとか結婚、っとかそーいうことはですねっ」
「サラのお好みをうかがっているだけですが?」
「とっ、とりあえずその目、やめてくれませんかっ?」
ぶふっ、とイルクが噴き出す。
「くくくっ。……ずいぶん、慣れてない感じのお妃君で。あーあんた、サラ殿、人生の3割を終わった時点でそれって……、っ、ぶぶっ」
「う。わ、わたしは仕事が好きなんですっ。初対面で、人の恋愛事情なんか放っといてくださいよっ」
「そういうわけにはまいりません」
「そういうわけにいくか」
ヴァリューズさんとイルクの声が揃った。ヴァリューズさんは頭を下げ、すっと引く。イルクが偉そうに続けた。
「ウチのお妃君が、ンな大ボケで務まるか」
「大ボケって失礼な。ていうか、王族の結婚に色恋なんか必要ですか? いや、ちがう、そーじゃなく、そもそもわたしは王族になるとか承諾した覚えはないのでっ!」
「いいえ、サラはすでに王族です。王太子のお妃君ですから」
色仕掛けは逆効果と分かったのか、王子の表情も声もさくっと戻った。
「まとめ方が怖い! いえ、だからわたしは王子妃なんてものになりたくないんですよっ」
必要なら、恋愛の演技もできるということだ。あの秋波は怖い。切り替えの早さがなにより怖い。
多少の遠慮も吹っ飛んだ。必死で拒絶しないと、なし崩し的に結婚させられてしまう。
恐怖に駆られる沙良を前に、しかし、ほかの3人はきょとんとしている。まあ、アルフレード殿下はそういう失礼な表情をあからさまに出しはしないけれど。
「……なんか話が通じねーな。お妃君、“絶対者”の説明、ちゃんと聞いてきたのか?」
「説明なんてありませんでしたよっ」
そしてイルクはちょいちょい失礼だ。
「わたしがお妃君に決まった、ってそれだけでっ。ヤだって言ってんのに、ほぼ押し売りで! ほとんど何も話さないうちにあの広間に放り投げられたんですっ」
「ほう? サラは、嫌だったのですか」
「まあ……っ」
「へえ。ふうん」
三者三葉の反応に、沙良も我に返る。
楽し気なイルクは無視するとしても、卒倒しそうなほど蒼ざめたヴァリューズ侍女長には申し訳ない。そしてさすがに、仮にも夫候補に向かってする発言ではなかった。
「あ、あの、まったくわたしの意思を聞いてもらえなかったのが嫌だったという意味で……。押し売りは言いすぎました。すみません」
穏やかに、王子が口火を切る。
「――たしかに、お互いに説明が必要なようですね。まずは私の側の事情からお話ししましょう。先ほども少し言いましたが、ネレスィマナンの王太子の妃は、“声”が選定します」
王子が口にした“声”は、同時に“絶対者”とも聴こえた。大広間では“神々”と言っていたことを思い出す。
あの白い空間で沙良に呼びかけてきたのは、つまりそういう存在なのだろう。
「お妃君選びには、私を含め、この国の誰も関与できません。そして、お妃君に選ばれた者は、その瞬間から自動的に王族となります」
「はい?」
「ですからね、嫌だろうがなんだろうが、サラはすでにネレスィマナンの王族で、お妃君なんですよ」
「!」
言葉も出ない沙良を気遣うように、アルフレード殿下は微笑んだ。
「先ほどまでのサラの反応から推測してみたのですが。……サラは、結婚したら私の妃になる、と思っていたのですね?」
「そっ、そうです」
がくがくと何度もうなずく。
「そこが誤解の元でしたね。サラの価値観に寄せて説明すると、『妃君』は、仕事の名称に近いです。王太子を正当な王にする役職、という」
少し眉根を寄せ、王子はおもしろそうな笑みをひらめかせた。
「サラが婚姻というものをどの段階で捉えているのか、判然としませんが。賑々しく宴会を開くとか神殿で誓約するとか、ああ、肉体的なまぐわいを持つとか?」
「まぐっ」
ふふっと上品に笑声をこぼして、王子が言葉を継ぐ。
「婚姻関係を結ばずとも、“絶対者”の選定を受けた時点で、妃君は妃君です。サラはもう、ネレスィマナンで唯一の高貴なる存在なのですよ」
「ええええ……? じゃ、じゃあ、わたしと王子は、結婚する必要は、ない……?」
聞き返しながら、顔じゅうが熱くなる。
(わたし何回、結婚したくないって言った!? は、恥ずかしすぎる! いや、でも、フツー誤解するよね!? あの神様、人間の常識に合わせて説明してほしかったよ!)
真っ赤になりながら猛省する沙良に、けれど王子は、再度ちゃぶ台をひっくり返した。
「いえ、必要かといえば、もちろん私はサラに結婚していただきたいですよ?」
「はいいい!? なんでそーなちゃうんですか!?」
今までの説明は何だったのだ。
ダメだ、めまいがしてきた。二徹の頭にはオーバーフローだ。
許されるなら、今すぐ気を失いたい。
ずきずきするこめかみを押さえながら、口を開こうとした瞬間。
沙良の目の前に、金色のピンポン玉が現れた。