3-2. そもそも、お妃君って?
「ああ、そうだ。紹介が遅れましたが、護衛役としてついてきてくれた彼は、イルクといいます」
王子殿下は、ソファの後ろに立っている黒い男性に手を差し伸べた。
「遅すぎだろ、おまえ。そこのお妃君ときたら、寝かかってるぞ」
TPOにまったくそぐわない乱暴な口調に、ほんの少し目が覚めた。沙良の扱いもだけれど、自国の王子に対して護衛役がこんな態度でいいのだろうか。
またも沙良の心を読んだように、王子が解説を挟む。
「イルクは、我が国に4つある大公家の家系です。火の精の一族の跡取り息子で、私の友人でもあります」
「火の、精……」
ぼんやりと、イルクを眺める。
明るい部屋で見ても、イルクは全身真っ黒だ。騎士のような服装もマントも黒。ただ、髪の毛は黒っぽい銀色だった。光を弾いて、鈍く輝く。
燃えるようなオレンジ色の瞳だけが、火の精というイメージ通りだと思った。
「当面サラには、ヴァリューズとこのイルクを付けます。執事もいるのですが、まだ来ていないようなので明日ご紹介してもいいでしょう。サラ専属のメイドも、徐々に増やしていく予定です」
「しつじ……」
羊しか浮かばない。
「そして、できればしばらくの間は、これらの者達以外とは接触しないでください。サラの身の安全を確保できましたら、各種族と顔合わせの場を設けますので」
「はいっ?」
ばっちり覚醒した。
「身の安全って? わたし危ないんですか? や、その前に、当然のようにわたしが王妃って話になってますけど、そもそもそこら辺の事情を教えていただきたいんですけど?」
「「あ~~~~」」
王子とイルクの声が、見事に重なる。
困ったように笑う王子と、小バカにしたように肩をすくめるイルクの様子に、かちんときた。
「てか、最初っからツッコミどころ満載でしたよねっ? そう聴こえたならそれでいい国の名前って何なんですかっ? てか、唯一の王族だったら、あなた王子じゃなくて王様ですよね? 妖精と妖怪と付喪神って同じ括りに入れちゃっていいものなんですか? で、最後っ! これがいちばん大事なんですけど、皆がわたしを歓迎とか待ち望んでたとか、あれ大ウソだったんですか!? 命の危険がある結婚なんて、まっぴらごめんですっ」
ぜぇぜぇ。
一気に言い切り、息継ぎをした沙良は、カップのお茶を飲み干した。
「「「おお~~~~」」」
王子とイルクに、ヴァリューズさんまで加わって、3人が拍手する。
「バカにしてるんですか?」
「とんでもない。本心から感心しています。サラは要点と核心をつかむのが早いですね」
「要約力もおありですわ、サラ様」
「アルを怒鳴りつけるとは、無謀にしても根性はある」
「いや、あの……」
王子とヴァリューズさんはにこにこしているし、イルクはにやにやと楽しそうだ。毒気を抜かれてしまった。
王子がティーカップを持ち上げ、優美に一口含む。
「ふふ。核心を突きすぎているところも、さすがというべきでしょうか。サラの質問には必ず答えますが、順序は私に決めさせてください。まずは2つ目の問いから」
「あ、はい」
さすが王族。アルフレード殿下の声には、人を従わせる響きがある。ヒーリング音楽っぽいけれど。
まあ、ずぶの新人に何をどの順番で教えるかは、知っている人が決めたほうがいい。沙良としては、ヘソを曲げて何も教えてもらえないよりずっとマシだ。
それに、この王子は、口にしたことは守る気がする。それくらいには、信用できると思った。
「この世界、ネレスィマナンでは、王族も種族のひとつにすぎません。この世界の秩序を保つ役目を担っています」
ヴァリューズさんの表情を見るかぎり、その説明は謙遜が過ぎるようだと思う。
「はあ。えーと、この世界の『王族』は特殊な一族、という理解でいいですか?」
「ええ。サラは本当に理解が早い。――さて、私は両親亡き後、この国を治めてきました。そうですね、サラの時間感覚でいえば、ざっと900年ほど」
「900年!?」
「王族は特に寿命が長いのです。ある程度長生きのほうが、息の長い統治ができますしね? ああ、今のはシャレですよ」
さらっと言われたけれど、一人の王の統治が900年ってとんでもなさすぎだろう。
「この国の王太子は、妃を持たなければ王になれません。そして、王太子のお妃君は“絶対者”から賜るものなのです。1,000年以上お妃君が現れなかったので、私はずっと王太子でした」
「ええぇ。その、ぶっちゃけ、王子っておいくつなんですか……?」
パッと見は沙良と同じくらいの青年だけれど、この世界の、しかも王族だ。外見などなんの参考にもならないだろうということだけは、分かってきた。
「1,030歳くらい、ですかね。王族としてはまだまだひよっこです。王族に平均年齢はあまり意味がないのですが……。うん、サラはおいくつですか?」
「あ、28です」
「なるほど。平均寿命の3割あたりですね。ふふ、そう考えると、成熟度ではサラのほうが年上かもしれません。サラは、年下はお嫌いですか?」
柔らかく目を細め、アルフレード殿下は少し首を傾げた。軽くおもねるように、沙良を見上げてくる。