11-1. 地方動乱 1
いかに王子の威光が行き渡っているとはいえ、沙良の寝室が襲撃された事実は隠しようがなかった。
だがそれにしても、噂が広まるのが速すぎた。
「誰か、組織的に広めて回ってるヤツがいるな。ま、エスターク公爵だろうけどさ」
イルクが頬を歪める。
サラが襲われてから、王子はサン・ギュネシュ城の至る所の“記憶”を読み、サラの日本の家の鍵を盗んだ実行犯も、エスターク公爵に協力している水の精霊も、メドがついた。
それでも、黒幕がエスターク公爵であるという証拠は、まったく見つからない。
さらに、エスターク公爵は手際よく、ゴザシュ大臣不在の円卓会議の議長の座を得ていた。過半数の議員の賛同を揃えられたら、いかな王子といえど反対はできない。
「いやはや、イルク殿の御父上はやり手でいらっしゃる。今回は完全にしてやられましたな!」
シターデル長官は豪快に笑い飛ばしたが、すぐに事態は笑いごとでは済まなくなった。
過半数の議員の意見を押さえたエスターク公爵は、議会で、スレバラ地区での反乱とサラへの襲撃の件を巧みに絡めるようになってきたのだ。
「我がネレスィマナンの最高位の女性が襲撃されるとは、由々しき事態。国じゅうに恐怖が広まっておりまする」
「畏れ多くもお妃君の寝室が襲われるとは……。それほどに憎まれるとは、そのような方が王妃となられて大丈夫なのでしょうか」
決して紛糾するほどではなかったが、会議が開かれるたびに、別の議員からぽつぽつと意見が出され、次第に彼らの疑心暗鬼を煽っていった。
仕上げは、エスターク公爵の担当だ。
「お妃君の名誉を回復なさるためにも、反乱分子とお話しいただくわけにはいきませんかな?」
これが目的だったのか、とアルフレード王子でさえほぞを噛み、反面、感心したほどだ。
エスターク公爵としては、あの襲撃でサラが死んでも死ななくても、どちらでもよかったのだ。
つい先日の会議で、王子自身が「サラが反乱の現地に行くのは、自分と同行する場合のみ」と明言したばかりである。
ここでサラを反乱地に派遣するなら、王子も共に向かい、王族としての親征を行うしかない。
死ななくとも、難癖をつけて、人間の奴隷が起こした反乱を収めるために人間のお妃君を追いやり、また、王子をも王都から引き離すことができる。
(だが、この私を排除して、サン・ギュネシュ城で何をするつもりだ?)
ネレスィマナンでは、クーデターは成立しない。
この期に及んでも、エスターク公爵の目的は分からない。だからこそ、危険なのだ。
「先だっても、お妃君の親征が議題に上りましたが、あのときとは事情が変わりましたな。お妃君は国のためというより、ご自分の潔白を示すために、スレバラ地区に赴かれ、反乱の首謀者を鎮められるべきでしょう。――我々が今後、安心してお妃君を王妃として戴くためにも」
真摯な声で訴えるエスターク公爵に、本気でうなずいている議員も多い。
苦虫を嚙み潰した表情のイルクもシターデル長官も、表立っては反論できない流れだ。ここでサラをかばえばかばうほど、サラの立場が悪くなる。
しかもエスターク公爵は、「お妃君自身の評判のために」反乱軍を鎮圧すべき、というひと言で、サラの功績にならないように先回りした。
あの程度の内乱など、すぐに鎮められる。王子が同行すれば、なおさら当然だ。
この場にいる者なら、そんなことは誰もが承知している。
だからこそ、サラが戻って来てから、王妃としての資質があるなどという論調が出ないよう、先手を打ったのだ。
「――公爵の言い分は分かった」
静かに答える王子に、周囲がざわめく。イルクとシターデル長官の顔を見て、アルフレードは軽く片手を挙げた。
「だが、この場ではっきりと告げておく。サラは此度の反乱には何の関係もないばかりか、首謀者が人間ということすら知らない。また、先日の襲撃については、実行犯は確定できている。――現在は、命じた者を探っている段階だ」
ゆったりと背もたれにもたれ、王子は議員一人一人に視線を移していく。
エスターク公爵を、誰にも分かるほどの時間をかけて見つめた後、王子は微笑んだ。
「“天”から与えられた妃に疑義を呈したこと、みな、すぐに悔い改めることとなるだろう。――そして、もう一つ、覚えていてほしい」
静かに指を組む王子の周囲から、ピシピシと音を立てて円卓が凍り始める。
「あの愚かな反乱を起こした人間たちと、サラは、まったく種類がちがう。――卿らにも、曇りない眼で我が妃を見てもらいたい」
この場にいる11人は、国を代表する種族のトップである。
精霊としての力もけた違いに強い者ばかりだが、それでも王子の怒りの波動を浴びて動ける者はいなかった。――エスターク公爵でさえも。
王子が怒りを「氷」の形で表現したことは、「火」への対抗を示している。
――アルフレード王子殿下は、少なくともお妃君襲撃事件に関して、エスターク公爵を疑っている。
当の公爵を含めて、その場にいる全員が理解した。
そして、この国で王族が「疑い」を表に出すことは、ほぼ事実を意味する。
だからこそ、ムダな争いを避けるために、王族はひときわ慎重で穏やかな性質として生まれてくるのだ。
「……エ、エスターク殿……っ?」
火の公爵をなじりかけて声を震わせたのは、水の一族、ノ=ウェイン公爵だった。
彼は、全面協力を申し出てくれた火の公爵に感謝し、娘のために、人間のお妃君の評判を落とすためのウワサを率先して流していた。
それがもし、火の公爵のそら恐ろしい反逆(? あり得ない!)に利用されていたのだとしたら。自分も娘のリーニィも、無事では済まない。
だが、いまこの場で、彼に何が言えるというのか。
ガタッと音立てて、ノ=ウェイン公爵は立ち上がり、声を絞り出した。
「でっ、殿下っ。わ、私めも娘もっ、決して、お妃君に仇なすつもりなど……っ」
「分かっている、ノ=ウェイン公爵」
王子は、水の公爵に視線を向けなかった。円卓は凍ったままだ。
優雅に席を立つと、王子は全員を睥睨し、宣言した。
「――スレバラ地区への親征を行う。シターデル長官、サラを伴うことを踏まえ、念入りに準備せよ。…………妖精王の意に反して行う軍旅で、卿らの精勤ぶりを楽しみにしている」
冷たい笑みを残し、王子はその場で姿を消した。
ビシッと鋭い音を立てて円卓が真っ二つに割れ、崩れ落ちた。
しばらく沈黙が支配した後、
「ちっ。あーあ、ったく!」
イルクが行儀悪く舌打ちした。
「おっさんたちさー、マジでアルを怒らせちまったな? 知―らねっと」
円卓の残骸に脚を乗せながら、王子の幼なじみは不敵に笑った。
「あのなあ。アルは、人間の醜いとこをサラに見せたくなかったんだよ。そんくらい、アルはサラを大事に考えてるし、サラはあーいう人間たちとは全然ちがうんだ」
俺もだぜ、とイルクは立ち上がる。
「俺達ゃ、悪いサンプルばかり見せられてきたってこった。ちょうどいーじゃん、おっさんたち、今回の親征軍で、サラのこと、目ぇかっ開いて見きわめろや。たぶんそれが、王子殿下のお心に適う唯一の方法だぜ?」
樹木の公爵が重々しく口を開く。
「イルク殿は、それでよろしいのか。お妃君が軍に参加することになってしまったが」
「べつにかまわねーよ。アイツの安全は、俺とアルで守るし」
さらりと言い、イルクはドアに足を向ける。
「俺はアルほど怒っちゃいないんでね。サラを知ったら、あんたらも考え変わると思うぜ?」
己の父親を鋭く一瞥し、イルクは扉を開けて出て行った。




