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10-4. 襲撃 4

本日は行けるところまで、1時間ずつ更新します。こちらは6話目です。




 沙良の怒りは、最高潮に達していた。頭の中が沸騰して、この場でキリエを殴らないようにするだけで精一杯だった。

 話の通じない相手など人間にもたくさんいるけれど、これほど悪意を持って沙良のセリフを片っ端から歪められたのは初めてだ。

 頭がガンガンする。

 それまで黙って見ていたアルフレード王子が、沙良の肩を抱いた。


「そこまで。サラ、落ち着いてください。サラが混乱すると、皆が大変なのですよ。――伝染しますからね」


 穏やかに諭され、我に返る。

 部屋の中は大変なことになっていた。壁紙はめくれ、シャンデリアはちりちりと震えている。床も天井もぐにゃぐにゃと歪み、小物の家具たちはあちこちに飛び散っていた。

 シターデル長官が連れてきた兵士たちは軒並み倒れ、気を失っている。カナトやリーナもソファに伏していた。ヴァリューズ侍女長はなんとか意識を保っているけれど、床に膝をつき、苦しそうだ。


「こんな中でも、イルクとキリエは変化なしですか。さすがですね」


「そうでもねえよ。止めなきゃと思いつつ、足が動かなかった。このお妃君を荒れさせるとは、俺なんざぁ、キリエスキ近衛官殿の足元にも及びませんってな」


 茶化すイルクの口調も、決して褒めてはいなかった。

 アルフレード王子が、厳しい声を出す。


「キリエスキ・ラーマ。君の気持ちは分かるが、職務とは切り離してもらいたい。君の発言は不敬罪のうえ、沙良を責める内容は明らかに不当だった。本来なら、この場で焼却刑に処すべき態度だが」


 王子がひたと見つめると、キリエは苦悶の表情を浮かべ始めた。白い輪郭が崩れ、少しずつ小さくなっていく。


「ちょっ、ちょっとアル?」


 ネレスィマナンでは、どんな罪状でも最高刑は消却刑だ。文字どおり、その場で跡形もなく消滅させられる刑で、王か王子にしかその能力はない。

 沙良がアルに駆け寄ると、王子はにっこり笑った。深い湖の色だった瞳が、アイスブルーに戻っている。


「本気ではありませんよ。いくら私でも、独断で刑を執行したりできません。それに、この件でキリエ一人を責めるのも、フェアではないでしょう」


「そ、そうなんだけど……。冗談きついよ、アル~」


 王子にしがみついたまま、沙良はずるずると座り込んでしまった。

 キリエが不敬罪なんて代物シロモノで命を落としたら、ゴザシュ大臣と根っこは同じだ。王子は、沙良の気持ちを分かったうえで、キリエに少しお灸を据えたのだ。

 さんざん喚いた後なので、気が抜けてしまった。


(てか、やっぱり、アルが最強じゃない……?)


 同時に、部屋のあちこちでため息や呻き声が出始めた。床に崩れていた者たちが気が付き、慌てて立ち上がる。さすがに、議員であるシターデル長官は、ひざ掛けにもたれながらも意識を保っていた。


「今回は不問とする。キリエスキ。自分の言動について、よく考えるように。さて、――サラ。話を戻します。大丈夫ですか?」


「あ、はい。……皆さん、ご迷惑をおかけしてごめんなさい」


 頭を下げる沙良にオロオロする人々を横目に、シターデル長官はキリエを拘束させた。二人の兵に付き添われ、キリエは黙って退室して行った。

 アルフレード王子は、沙良と並んでソファーに腰掛ける。見ようによっては、沙良と他の人々の間で防波堤になっているようだった。


「ゴザシュは命に別状はありません。ですが、もし私が彼を警護の陣営に入れていなければ、今ごろサラもゴザシュの命も失われていたでしょう。それが名を捕った者と捕られた者の運命です。不本意でしょうが、この点は飲み込んでください」


 沙良がうなずくと、柔らかく問いかけてくる。


「私は今からゴザシュに会いに行きます。一緒に行きますか?」


「もちろん。連れてって!」


 沙良は勢い込んで立ち上がった。

 ヴァリューズ侍女長がビクビクしながら申し出て、沙良は初めて自分がネグリジェ姿なことに気がついた。シターデル長官が来た時には大量にシルクを巻きつけていたけれど、その後すっかり撥ねのけてしまっていたのだ。

 いちおう年頃の女性としては赤面ものだったけれど、人間とちがって裸でなければいいのかもしれない。そう無理矢理自分を納得させ、沙良は超特急で着替えて、アルと一緒にゴザシュ大臣の居住棟へドアをくぐって行った。




 はあ―――――――っ。


 アルフレード王子と沙良の姿が消えた途端、部屋に残った全員がため息を吐き、ついで、一斉に疲れた笑いが洩れた。

 シターデル長官とイルクが譲り合った結果、同列に座り直し、リーナがお茶を淹れてまわる。

 シターデル長官はあちこちにお触れで指示を出してから、やれやれとソファにもたれた。反対の端に座っているイルクの背もたれまでが、ミシミシと鳴る。


「なんと申しますか、目にも耳にも頭にも、刺激的なお妃君ですなあ。いやはや、おもしろかった」


 イルクが苦笑する。


「シターデル長官はやはり大物ですね。人間のお妃君、しかもあのパワーを見せつけられて、おもしろいと言えるとは」


 実際に付き合うには相当なエネルギーが必要ですよ、とめずらしくストレートにイルクがぼやくのを聞いて、長官は爆笑した。ソファが揺れ、イルクが上下にバウンドする。


「王子殿下も、同じことをおっしゃっておられましたよ」


「だろうな……」


 納得顔でうなずくイルクに、シターデル長官はオーバーに首と手を振った。


「ちがうちがう。名にし負うイルク殿を参らせるなんざ、希代のお妃君だってね。そうおっしゃってたんですよ」


 憮然とするイルクに、その場のみなが、遠慮がちながらも笑顔になった。


「ところで、人間のお妃君ってのは、着替えも自分でするのかね?」


 もちろん、沙良は衣装室で着替えた。けれど、言い合いは聴こえていたらしい。ヴァリューズ侍女長は顔を赤らめながら、咳払いをした。


「いつものことなのですが。お妃君は身の回りの世話を拒まれて、ご自分でなさると譲られないのです。最近、湯を沸かせるようになられて、入浴も一人で済ませてしまわれますし。――本当に、まったく……。ええ、たしかに、とてもエネルギーの必要な方でもありますわ」


と言いつつ、笑みを隠せない女官長の雰囲気に、カナトが口をはさむ。


「あのねぇ、お妃君は、いつかはご飯も自分で作りたいんだって」


「カナト、ダメじゃない、言ったらっ」


「まあっ、なんてことを! おまえたちがお諭しすべきなのですよ、そういうときは!」


 きっと睨まれた2人に、シターデル長官は救いの手を差し伸べる。


「君たちは、先ほどのお妃君が怖くなかったのかね? 気を失っていただろう」


 リーナとカナトは顔を見合わせた。


「カナトは、すごく怖かった、です」


 そうかそうか、と膝を叩く長官に、でも、とカナトは続ける。


「でも、嫌じゃにゃかった、です。すごーく強い力だったから、動けなかったけど、お妃君は、えっと、悲しかっただけ、と思いました」


 うまく説明できずに首を傾げるカナトの横で、リーナが感慨深げにつぶやいた。


「――お妃君は、どなたのことも責めていらっしゃいませんでしたよね」


 ヴァリューズ侍女長もイルクも、目を見開いた。シターデル長官はふむ、と顎に手をやる。


「ただ状況に戸惑い、辛くて仕方なくて怒って悲しんで、それを放出されただけです。あれほど強くなくとも、そのような心持ちは私どもにも理解できます。……お妃君には、よく人間について言われている負の要素は、ほとんど含まれていなかったように思いました」


「へえ。よく見ていたものだ」


 イルクが感心したように笑う。


「それは君の種族特有の感知力かな? 実は、俺も最初からサラを見ていて、そこに一番感心したんだ」


 ヴァリューズ侍女長が眉をひそめる。


「私は……、最初の夜のお妃君については、王子殿下にずいぶん無礼な発言をなさったことしか覚えておりません」


 王子のプロポーズを受け、沙良が速攻で断ったことを話すと、シターデル長官は大喜びした。


「だがな、サラが決して言わなかった事こそが大事だと、俺は思ってるんだ。責任逃れで、卑怯で、悲嘆に溺れたがる人間。俺たちが今まで見てきた人間が必ず口にしたセリフを、サラは一度も言っていない」


――好きでこんなところに来たわけじゃない。


――自分がこんなに辛いのは、あなたたちのせいだ。


――こんなことになるなんて思わなかった。どうしてくれるのか。


――どうしてここでも幸せになれないの? なんでこんな目にあうの?


 指折り暗唱するイルクに、全員がうなずく。

 シターデル長官は、ポンと太鼓腹を叩いた。


「ふむ、なるほどね。つまりここに居る者たちは皆、お妃君のことが気に入っているわけだ」


 私も含めてな、と片目をつむる長官の言葉に、


「うん。大好き」


というカナトの声が重なる。

 ヴァリューズ侍女長とリーナ、そしてイルクも、ゆっくりとうなずいた。





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