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10-1. 襲撃 1




(アルとファーニアに結婚してもらおう!)


 沙良の決意はともかく、現実的には何をどうしていいのか見当もつかない。

 そして沙良には、悩んでいる暇もなかった。

 その夜ベッドに入った直後、激しい攻撃を受けたのだ。



 突然、目もくらむ閃光が寝室に満ち。

 夏の終わりの嵐のようないかずちが、バリバリバリッと走った。

 六畳もの広さのベッドは、旧約聖書に出てくる海のようにぱっくりと半分に割れた。

 訳も分からずベッドから投げ飛ばされた沙良は、ベッドが壊れた瞬間に姿を現した王子の手で、シルクの天蓋とシーツと羽根布団にくるまれた。

 リビングとの壁が消え、ヴァリューズ侍女長とキリエが駆け込んでくる。


(……そういえば、シルクは私を守ってくれるんだっけ……?)


 雷の音と炸裂した光の強さに、沙良はまだぼんやりとしていた。

 アルが目の前で口を開いているが、沙良には聞こえない。耳には残響だけがわんわん鳴っている。

 王子が、沙良の目や耳にひんやりとした手を当てていき、――一気に周囲の騒音が聴こえるようになった。


「――――みっ、お妃君!」

「しっかりなさってください!」

「サラ、大丈夫ですか? 聞こえるならうなずいてください」


 いつも冷静沈着なアルが、ほんの少しだけ早口になっている。けれど。


「…………アルって、こんな時でも、表情が崩れないんだね。もっと焦った顔とか見てみたいな~」


 はじめは喉が詰まった感じだったけれど、話しているうちに、普段の声に戻った。なんとか笑い顔らしきものも作れた。


「サラ」

「お妃君」


 その場でへなへなと崩れる人あり、抱きついてくる人あり、笑って眺めている人あり、と大騒動の中、キリエは硬直していた。いつも白い顔が今は蒼白になっている。

 リーナが入れてくれたお茶を、沙良は受け取れなかった。腕が自分のものではないように震えている。


「やだな~、ドドメ色のお茶って。これ、飲んで大丈夫なものなの?」


 軽口を叩いていないと泣き出しそうだった。手だけでなく、体中が震えて、自分の思いどおりにならない。

 でも、そんなことは言いたくなかった。


「なにふざけてんだ。気持ちが落ち着くから、さっさと飲め」


 イルクにぐっと腕を掴まれて、沙良は涙がこぼれそうになった。鼻のつけ根がつんとして、目の奥が熱くなる。


(いやだ、絶対に、いまは泣きたくない)


 思わずギュッと目をつぶった沙良の口に、冷たいキスが来た。驚いた隙に、ぬるいお茶が一気に入ってくる。

 沙良が目を開けると、アルフレード王子が優しく笑っていた。


「ショックで動けないのは当然ですよ。この薬でラクになります、大丈夫です」


 王子はそのまま沙良を抱きかかえ、居間のソファーに寝かせた。そして、やはりむやみやたらとシルクの布で沙良を包んだ。


「身動きできないほど衝撃を受けたレディーに対して、もう少しデリケートに振る舞えないのか、イルクは?」


「サラがレディなら、俺だってデリケートの塊だろーが」


「ちょっと、イルク!」


 その言い草はないんじゃないの、と跳ね起きて、沙良は身体が元どおり動くことに気づく。どこも震えていないし、固まってもいない。


「――すごい。もう効いた」


 アルフレード王子がイルクに耳打ちし、その場で、イルクはかき消えた。


「サラ、どうです。もう落ち着いて話せますか?」


 正直なところあまり自信はなかったけれど、沙良は頷いた。びっくりするほど身体は楽になっているし、いまは少しでも情報が欲しい。

 すると王子は、その場に居る全員――ヴァリューズ侍女長、キリエ、リーナ、カナトに、座るよう告げた。

 少し意外だった。

 沙良が完全に一人きりになる時間は、極端に短い。ここで王子と内緒話をしたいわけではないけれど、襲われた状況から、身近な人物が関与しているとは、すぐに考えつくはずだ。

 どうしても、キリエに疑いを向けてしまう。けれど、キリエはそんな猪突猛進なタイプではない。これまでひたすら忍耐の一文字で沙良の護衛役を務めてきたのだ。

 だいたい、直接襲うなら2人きりの時にやればいい。それほど頻繁にあるわけではないけれど、確実な機会を狙えばいいだけだ。

 そう。直接襲うなら。


(キリエがわたしを襲うとは思わない。でも、スパイなら?)


 ありえると思う。

 アルフレード王子だってそこを考えていないはずはないのに、あえて沙良の身近な人を集めた。

 リーナが出してくれたぬるい薬湯を、両手で包み込むように飲む。ものすごく不味い。さっきは味わう余裕もなかったのだ。これは口に入れていいレベルを超えていると思う。

 王子とヴァリューズ侍女長は、しばらく沙良の寝室を動き回っていた。砕けたベッドの残骸や壁紙、クローゼットに手をかざし、ぼうっと記憶を浮かび上がらせているのだ。

 あちこちに、それぞれの者達が見た角度で、沙良が攻撃を受けた瞬間の映像が漂っている。

 アルフレード王子は、さまざまな映像をたぐり寄せ、ときには中に入って考え込んでいた。

 最後に、アルはサラの横にかがみ込んだ。


「サラ。あなたの視点からの映像も見たい。シルクのシーツと天蓋布を貸してください」


 アルフレードが手を触れると、無声映画のように立体映像が立ち上る。

 それは原寸大で、まるで同じ雷に2度打たれたような気分になり、沙良は目をそらした。音がなくてホッとした。

 カナトも怯えて、ヴァリューズ侍女長にしがみついている。




本日は行けるところまで、1時間ずつ更新します。こちらは3話目です。

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