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3-1. そもそも、お妃君って?



 3人を乗せて、円形舞台は旋回を続けた。

 沙良の肩を抱き、王子が小さくささやく。


「笑顔で手を振ってください。皆、あなたを待ち望んでいたのです」


「え。ど、どこに」


「どこでもかまいません。この聖見台に立っている者は、360度全方位どんなズームでも、見たい側の望むように見えます」


「す、すごいですね。……えっと、こんな感じ……?」


 どこでもいいと言われると、どこを見ていいか分からない。沙良はあちこちに向けて手を振り、なんとか笑顔らしきものを作った。

 観客が好きなズームで見えるって、いったいどんな技術なのか。

 王子が「聖見台」と呼んだこの円盤はただの一枚板で、カメラどころか物は1つもない。3人乗っているだけでいっぱいいっぱいだ。


(やっぱり魔法? まあ、機械技術テクノロジーよりは、そっちのほうが納得いくけど)


 それにしても、ギリシャ神話のような王子の口から「360度どんなズームでも」という単語が出ると、違和感がすごい。


(いや、わたしに分かりやすいように、王子のセリフも自動翻訳されてるのかも?)


 そういえば、そういう能力を授かったのだ。

 静かに混乱している沙良の心を読んだかのように、王子の声が届く。


「そろそろいいでしょう。あなたの部屋に向かいます」


「は、――ひゃああああっ?」


 途端、聖見台が上昇する。


(ぶっ、ぶつかるっ)


 首をすくめたけれど、天井どころか何かを突き抜けた感覚もなく、あっという間に、沙良はだだっ広い部屋の中にいた。


「ええええっ、いきなりっ? てか、豪華っ」


「私の居城です。これからは、ここがあなたの部屋になります」


「きょじょう……。ああ、住んでるお城……やっぱ王子様はお城に住んでるんですね~……」


 マンションのポストを開けてこのかた、驚きすぎて疲れた。

 正直、これまでのあれこれより、「ザ・お城」というこのゴージャスな部屋こそ、いちばんファンタジー感が強い。事実は小説より奇なりとはよく言ったものだ。いや、これ事実なのか!?

 まだだいぶ混乱している沙良は、自分の両の頬を叩いてみる。


(落ち着け、建て直せ、わたし!)


 社会人としての自負はどこへ行った。

 たとえここが物理法則も相対性理論も通用しない世界でも、とにかく王子とその隣の黒い護衛の人(イルクとか呼ばれてた)とは、話が通じると思う。

 話を合わせろと真剣に言われたのだから、その必要があったということ。「空気が読める」生き物相手なら、サラリーマンの技術が活かせるはずだ。たぶん。そう信じて進むしかない。


(というか……。今さらだけど、この人達、人間にしか見えないよねえ……?)


 あの大広間で盛りあがっていた生き物達の大部分は、いわゆる「妖精」ぽかった。まあ、沙良の妖精のイメージなど「小さい人間に羽根が付いている」程度だが、まさにそういうのが飛び廻っていたし。

 またもや混乱しそうになった沙良を、王子が柔らかくエスコートする。

 たぶん白大理石の床に、足首まで埋まりそうな薔薇色の絨毯。曲線が優美な猫足テーブルはこれまたたぶん黒紫檀くろしたん

 ダークグリーンのゴブラン織りにこれでもかと金糸銀糸の刺繍が入っているソファに座らせられた。ものすごくふかふかで、沈み込みそうになる。


「お疲れさまでした。サラ、とお呼びしてもよろしいでしょうか?」


「あ、はい!」


「では、サラ。私のことは、アルフレードと呼んでください」


 アルフレード王子の優美な手の動きの先に、にじむように人影が現れる。

 なんとか姿勢を正した沙良は、また叫びそうになる口をぐっと閉じる。

 突如現れたのは、お年を召した女性だった。


「彼女はヴァリューズ。今後、サラの侍女長を務めます」


 ヴァリューズ侍女長は、細長い顔立ちに優しそうなしわをくしゃっと寄せて、きれいにお辞儀をした。


「お仕えできて光栄にございます、サラ様」


「お、お世話になります……。…………あの、アルフレード殿下。先にお話をうかがってもいいですか?」


 まずは説明を受けたい。これ以上新しい情報が入っても、処理しきれない。


「殿下は不要です。――そうですね。まずは、ここが何処かというなら、ここは、ネレスィマナン/どこにでもありどこにもない世界、です」


 2つの単語が、同時通訳のように二重に響いた。


「どこにでもあり、どこにもない世界……?」


 なんだそれは。

 つぶやく沙良に、王子はにっこりする。


「なるほど。サラには、そう聴こえましたか。それでは、それが正解でしょう」


「は」


 ヴァリューズ侍女長がお茶を淹れてくれた。ラベンダー色の温かいお茶は、一口含んだだけで緊張がほどけていく。


「この国は、そうですね、サラに分かりやすく言うと、妖精の国という感じでしょうか。妖精だけではなく精霊、妖怪、付喪神(つくもがみ)といった種族もいますが。そして私は、現状ただ一人の王族です」


 ああ、サラが来てくれたのでこれからは2人ですね、とまた微笑みかけられて、言葉が出なかった。


「サラにとっては、この国は理解できない事だらけでしょう。明日から少しずつ、妃教育の時間を設けます。大丈夫ですよ、それほど難しいことはありません。ただ、そうですね。私達に興味と愛情を持って暮らしていただければ嬉しいです」


 王子の声は上等なヒーリングミュージックのようだ。

 ラベンダーの香りと温かさに気が抜けた沙良は、努力しないと王子の声を翻訳できなくなってきている。


(このお茶、リラックス効果ありすぎじゃない? 寝るな、わたし! 寝ちゃダメだ、絶対にっ)


 一生でこれほど寝落ちしてはいけない場面はそうそうないと思う。


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