9-3. 美男子たちの密談 3
本日は4話更新しています。こちらは3話目です。
沙良の部屋に、雨が降り出した。
リーニィ姫の仕業である。
ねだられて一度はお茶会に招いたものの、案の定というか、その後もお姫様はご機嫌斜めらしい。
「それにしても、やり方がセコいというか……。お土産は、ちゃっかり喜んだくせにさ~」
お茶会の直後、マナーとして、沙良はリーニィ姫に礼状を送った。
「また会いましょう」はわりと本心だったし、沙良のレシピのクッキーと、ファーニアからもらった貴重な茶葉までおすそ分けしたのだ。
その後、定型文の返事が届いたものの、最後にひと言、
“さすがの銘茶でした。人間のクッキーは優雅さと品に欠けますけれど”
と付け加えられていて、沙良はむしろ「口に入れたんだ」と驚いた。
それで手打ちは成ったと思っていたところに、この嫌がらせである。
人間のお妃君をいじめる気満々でやって来て、返り討ちに遭ったのだから当然だ、と周囲は言うけれど。
「返り討ちって。わたしのほうは、べつに闘ってたつもりはないんだけど」
「お妃君は全然平気で、リーニィ姫様は泣いて帰った。お妃君の勝ちー! ってみんな思ってますにゃ~」
「リーニィ姫様の渾身のイヤミも、お妃君にはまったく効いていませんでしたものね」
カナトとリーナはどことなく得意げだけれど、ヴァリューズ侍女長が引き締める。
「だからこそ、いまもリーニィ姫のご不興が続いているのでしょう。さ、止んでいる今のうちに乾かしますよ」
室内の雨はずっと降っているわけでもない。アルフレード王子が部屋に来れば、一瞬で止む。
王子からもリーニィ姫にお叱りのお触れが飛び、そうするとしばらくは平和なのだけれど、いつの間にかまたしとしとと降り出すのだ。
「お妃君のお部屋はあれからまた、警備を厚くしましたから。リーニィ姫といえど、お得意の水にしか手を出せなかったのでしょうが……、日常生活が困りますね」
さすが、水はすべての命の源だ。
ヴァリューズ侍女長が苦い顔で、めずらしくグチった。
日本から持ち込んだ傘をさしている沙良も、うんざりしつつある。
けれど、それより被害甚大なのは、スズシロ様とリーナだ。
「ぐふぅ……。身体に穴が空きそうたぃ~……」
やはり、植物にとってはかなり堪えるらしい。スズシロ様はぐたっとへばっているし、リーナは若葉の髪の毛がペタンと力なく垂れ下がり、心なしか色もくすんで見える。
どんどん顔色が悪くなるリーナ、ふやけているスズシロ様を早くなんとかしなければならない。
といって、沙良が思いつくことなど、
「あのさ。ファーニア姫に、リーナとスズシロ様を診てもらえないかな?」
この程度なのだけれど。
「ふにゃっ?!」
「お、妃君、それは……っ」
「や、顔を合わせないほうがいいのも分かってるけど。でもそれ言ったら、リーニィ姫とだけ会ったのだって、アルが水の一族だけ贔屓してるみたいに思われるのもマズいんじゃない?」
虚を突かれたように、ヴァリューズ侍女長が開きかけた口をつぐんだ。勢いを得て、沙良は続ける。正直、もう一度会うならファーニア姫のほうが断然楽しみだ。
「一族の娘さんの具合が悪いから診察をお願いしたい、って、かなりいい大義名分じゃない? ホントに会わないほうがいいなら、わたしは隠れてるし。みんなの体調が最優先だよね」
しばらく考え込んでいたヴァリューズ侍女長は、意外にもしっかりとうなずいた。
「――よいお考えかと存じます。水と樹木の一族は結びつきが強いですから、リーニィ姫の行いが樹木の一族に知られれば、水の公爵もリーニィ姫を諫めるかもしれませんし」
たしかに、水の一族と樹木の一族が同列なら、片方の姫の嫌がらせで体調を崩した侍女をもう片方の姫が救った、という展開は避けたいだろう。
アルフレード王子の了承を得、その後もまずヴァリューズ侍女長がファーニア姫の侍女長にお伺いを立て、リーナは一族のコネを通して意向を探る。
話がまとまってから、形式的に沙良からファーニア姫に招待のお触れを送り、やっとファーニア姫の診断日が決まった。
とはいえ、実質的な被害は、そこで終了した。
ファーニア姫が沙良の居室を訪ねる、と決まった時点で、ぴたっと雨が止んだのだ。
「……パパ公爵から怒られたのかなぁ、リーニィ姫」
「水の公爵としても、外聞が悪いですから。リーニィ姫をお叱りになられたそうですよ。姫様は覚えがない、と反抗されたらしいですが」
「へえ……」
やらかしておいて身に覚えがないと言い張るとは、小さい子から一転政治家のようである。
とにかく沙良は室内で傘をさすというマヌケな状態から解放され、リーナはみるみる元気になった。スズシロ様はまだぶよぶよしているけれど、乾かせば大丈夫だろう。
「干すと、タクアンになっちゃったりする?」
「なか」
「そっか。よかった」
平和になった部屋でほのぼのしていると、唐突にアルフレード王子とイルクがやって来た。
「曲がり角でぶつかる」作戦あたりから、アルも事前連絡ナシでいきなり現れるようになったのだ。
「おお、マイスウィートハニー。今日もお美しい」
そして、唐突に熱に浮かされたようなことを言い出した。妖精王は風邪引いたりしないとは思うけれども。
「はい? いきなりどーしちゃったんですか?」
「理想の夫は日々、妻に愛をささやくものらしいので」
おもむろに、王子がその場に片膝をつく。
「えっと、スパダリ劇場禁止って言いましたよね?!」
「サラがお好みの口説き方を教えてくれませんから。学んだ知識で進むしかありません」
王子の手のなかに、わさっとバラの花束が登場した。
「どっから出てきたんですか、その巨大な花束!」
「参考文献でも突然表れていましたが。そういうものではないのですか? ――サラ。私と結婚してください」
赤いバラの山をつきつけられる。
膝をついた状態で、王子の顔は、沙良の胸元の高さだ。いつもは見上げなければならないほどなので、顔がいつもより近い。
金髪碧眼のイケメンがバラ持ってひざまずいてプロポーズってマンガか。そりゃぁマンガのとおりにやってるからね!
沸騰しそうな頭で、なんとか答えを返す。
「ああああのっ、結婚はするってことに、もうなってますよねっ」
「ええ。ものはついでで、愛ある夫婦生活を送れればと」
「ものはついででそーゆー大事な要求をしないでくださいっ」
掲げられたままの花束が不憫で、つい受け取ってしまう。
途端に、深紅のバラたちが「おめでとうございます、お妃君!」と声をそろえた。満面の笑顔のバラが怖い。
流れるように腕を引かれ、腰を抱き寄せられる。
さっきよりさらに近いご尊顔が、甘い視線と声を繰り出した。
「私を愛することは、どうしても不可能ですか?」
「ふふふ不可能というほどでは、……近い、近いってば!」
「夫婦ならこの距離感は普通だと学びました」
逃げ腰の沙良はどんどん背中が反って、もはやイナバウアー状態だ。




