9-1. 美男子たちの密談 1
本日は4話更新しています。こちらは1話目です。
地球へ行っていたイルクが、大量の書物を抱えて戻ってきた。
「よう、アル。現代女子の恋愛について、参考文献を見繕ってきたぞ」
アルフレード王子に手渡されたのは、
「Cartoon? これが参考文献?」
「新聞の一コママンガじゃなくて、これは日本のコミック。いまや世界に冠たる文化の一大ジャンルさ。――そうだな、妖精が出てくるファンタジーなんかよりずっと人気あるぜ」
「へえ。……これはどう読むんだ? 右から左? その後、下へ行くのか」
「あー、コマ割り、慣れないと読みにくいかもな……」
いちおう読み方は習ったものの、結局、すべてに目を通したというイルクに『影絵』で話を再現してもらい、口頭で講義を受けた。
「現代女性の恋愛事情つっても、ジャンルがバラバラでさ。とりあえず参考にできそうなところで、職場恋愛ものと契約結婚ものを軸に集めてきた」
「契約結婚もの? そんな特殊なジャンルもあるのか」
王子としては、沙良が「契約結婚」という単語を口にしたとき、ずいぶん特殊用語を使いこなすものだと驚いたのだが。
「いや、それが、けっこう人気分野なんだと。ただ職場恋愛で契約婚ものって、まあ、その、なんつーか、関係が進むときゃ一気呵成なんだよ。つっても、おまえとあのお妃君だろ? 難しいかもしれんと思って、基本に立ち返って学園ラブコメとかも持ってきた」
「べつに、私は一気に進んでもかまわないのだが」
「だーっ、ンなこと言っちまう時点で落第! ほら、ここ読め! 現代の女子は、互いに同じ気持ちになるってところに重点を置いてんだってよ。お、たしかこのマンガに、結婚相手に求める理想ってのが箇条書きしてあったぞ、読んどけ」
「……自分とまったく同じ感情を共有するなど、生物として不可能だと思うのだが」
「そのとーり! 安心しろ、人間だってホントは分かってる。つまり勝負の肝は、どんだけその美しき幻想を相手に信じさせられるか、ってこった」
そしてイルクは、短い期間に学んできた「現代女子との恋愛教訓」を唱え始めた。
曰く、契約結婚においては、とにかく同居し、身体的感情的ふれあいの機会を増やすべし。それにより、形だけの夫婦に情が生まれる。
曰く、職場恋愛、学園もの双方に共通することは、やたら相手とぶつかるべし。荷物を拾うときには、必ず相手の指先に触れること。
曰く、“頭ぽんぽん”は、相手の好意がほぼ恋愛感情にまで高まっていなければただのセクハラと見做され、かえって嫌われる危険性が高い。
曰く、運命の相手との出会いは、往々にして最初は悪感情から始まる場合が多い。……等々。
アルフレード王子にとっても、初めて耳にする概念と単語のオンパレードだ。
イルクの説明を理解し、自分の身に置き換えてシミュレーションを行うのには多大なエネルギーを要した。
「……こんなに集中したのは、何百年ぶりかな……」
どっと寝台に倒れ伏した周囲には、恋愛マンガが散らばっている。
「まだだぞー。ほら、現代働く女性の、理想の夫像とは?」
「イケメンで優しくて思いやりがあって、カネを稼げて、料理の腕はプロ級。その他の家事も楽々こなし、常に熱く深く妻だけを愛し、言葉でも身体でも愛を表現すること」
ずいぶん要求が多いような気もするが、男性の側も同じなのだろうか。ああ、だから最近の人間界では婚姻者が減っているのか。
微妙な表情の王子に、イルクも苦笑を返す。
「まあ、見果てぬドリームってやつだから。現実はそうはいかないって分かってるから、こういう書物の人気があるんだろ? つーか、今さらだが、アルってほとんどこの条件満たしてないか?」
「料理などやったことないし、その他の家事とは何なのか想像もつかないが」
「いーんだよ。そこは、家事代行者を雇える分限者ってことで」
王子はあいまいにうなずく。
「そういうものか……? ああ、そういえば、以前サラが言っていたスパダリとは? ここにはないが」
「あー、これに社会的地位の高さを加えた、理想のさらに上をいく男のこと。いちおう言っておくと、ここまでいくと御伽噺だと、人間の女性達だって分かってるぜ? ――って、考えてみりゃ、アルって本物のスパダリじゃないか」
「ちょっと待ってくれ、混乱してきた。イルク、もし私がサラの理想どおりならば、なぜ彼女は私と恋に落ちないんだ?」
うんうん、とイルクがオーバーにうなずく。
「だよなぁ。俺もそこが不思議で、ずいぶん参考文献を漁ったぜ。まあ、つまり、サラとおまえは、基本からやり直せってことじゃないか」
「基本?」
「恋愛では、出会いのシーンが重要らしいんだよ。2人の初対面って、恋愛どころじゃなかっただろう? おまえは常に紳士的だから、第一印象最悪にしてそこから上がるって芸当もできないし」
「……そういう問題だったのか」
自慢ではなく、万物から好かれるのが妖精王の血筋なのだ。初対面を悪印象からやり直せと言われても、何をどうしていいものか見当もつなかい。
「そんな不可能なこと、俺がおまえに要求するわけないだろ。まあ、任せとけ」
「いろいろ調べてきてくれたんだな、イルク。ありがたい。人間界に詳しいとは知っていたが、まさかここまでとは」
素直に感謝すると、幼なじみは得意そうに笑った。
「いや、俺もこういう分野は全然。ロンドンでひと仕事終えてから、そういやバンシーの血筋が東京に帰化してたな、と思い出してさ。いろいろ教えてもらったんだよ」
バンシーとは、泣き女とも言われ、人が亡くなる前に軒下に姿を見せる妖精だ。類似型の精霊は地球のあちこちにいる。
「バンシーか。地球ではどうやって生計を立てているのだ?」
「占い師だ。そこそこ人気あるらしいぞ。最近は人間にも細かい種族分かれがあって、俺はダメンズタイプとかなんとか。さすがに高度すぎてよく分かんなかったけど」
「いや、じゅうぶんだ。恩に着る」
そうして幼なじみの2人は至高の彫像のような顔を突き合わせ、お妃君を恋に落とす計画を練るのだった。




