8-6. リーニィ姫とのお茶会 6
本日は6話を、12時から1時間ずつ更新いたします。こちらは6話目です。
「喜んでいただけて、よかった。――ですが、キリエについては、謝罪しなければなりません。私は、親近感を持たせてくれるお妃君と接して、少しでもキリエに人間への悪感情を減らしてもらいたかったのです。ですが、キリエの固定観念は、思ったより頑固だったようですね」
目で続きを待つ沙良に、アルは淡々と告げる。
「キリエの種族は、人間に滅ぼされたのですよ」
「はいっ!?」
なにやら柔らかい紺色の物体を口に入れていた沙良は、むせそうになった。ネレスィマナンでは、肉や魚っぽい見た目のものは、食事には供されない。
「え、え?」
「重要な事案ではありますが、めずらしいことでもありません」
「そんな……」
それでは、この国で人間が忌避すべき存在なのは、当然ではないか。とはいえ、反面、人間を下等生物と蔑む人もいる。
それに、めったに人間が来ないというのに、どうやって種族丸ごと滅ぼしたりできるというのか。
(武器があるならともかく……。お互い丸腰なら、人間が束になってもこの国で妖精たちに勝てると思えないんだけど?)
疑問と質問がぐるぐるしている。
デザートは、真珠色に光るシャーベットだった。口の中でふっと溶ける冷たさが沙良をクールダウンしてくれた。
食事が終わりかける頃、王子が口調を変えた。
「ところで、イルクとキリエに探索を申し付けたようですね」
沙良も、急いで頭を切り替える。
「あ、はい。ちょっとその場の勢いもあって。キリエ一人だと無謀なことをしそうで心配だったので、いきなりイルクをくっつけちゃったんです。ごめんなさい」
「いいえ、素晴らしい考えだと思います。後ほど、私からの命令という形に改めておきましょう。キリエもそのほうが動きやすいでしょうからね」
「はい、そうしていただけると助かります」
(――こういうところなんだよなあ)
軍隊のように指揮系統がきちんと決まっている組織で、中途半端な権限を持つ者があーだこーだと口を挟むのは、最悪の事態を招く場合がある。
自分が部下だった頃、そして部下を持つ職階になるまで、会社でもこの手の問題はついてまわった。
そういう点で話の早いアルフレード王子は、やはり理想の上司だと思う。
王子の顔にゆっくりと笑みが広がった。
「サラ。ネレスィマナンの代々の王と王妃は、よくこうして国の施政について話し合ってきたのです。たいていそこで出た結論は、評議会の決議よりも強い効力を持ちます」
おっとぉ。
沙良は胸の内で身がまえ、先回りする。
「わたしは勉強中のお妃君であって、まだ王妃ではありませんから」
「イルクの報告を聞いて、私も実感しました。サラの政治センスはかなり高度です。順応性、勇気、胆力、そして分析力にまで優れていることを、サラ自身が証明してくれました。やはり、“天”からの授かり物にまちがいはないのです。あなたは素晴らしい王妃になりますよ」
食事を終えたアルフレードは給仕を下がらせ、一瞬の間に沙良の斜め向かいの席に座っていた。あやうくスプーンを落としそうになるサラの目をのぞき込みながら、
「私は本気でサラを王妃に迎えたい。今までももちろんそのつもりでしたが、これからは積極的に沙良を説得するつもりです。――説得? ちがうな。誘惑、と呼ぶのですよね、これは」
王子のアイスブルーの瞳が、深い青に染まっていく。吸い込まれそうになって、沙良は目をそらした。
「私がもっとも驚いた点はね。サラが、イルクとキリエを組み合わせたことです」
よく分からず、王子の顔を見上げると、アルの瞳はもう明るい氷の色に戻っていた。
「キリエをサラの護衛に推薦したのは、イルクの父君です。評議会ではゴザシュ大臣に次ぐ、実力者。王家の次に長い家系を誇る、火の一族の長です。ああ、イルクは、父君とは別に議員として独立しているんですよ」
ゆったりと蜂蜜酒を含み、王子は言葉を継ぐ。
「イルクと父君は、いろいろと複雑でね。父君が後援している軍人あがりのキリエとイルクの間にも緊張があります。サラは普段から2人を観察していて、無意識には気づいていたのでしょう。お互いがもっともストッパーとなり得るペアを組ませた。あのイルクをあれほど動揺させ、かつ感心させた沙良こそ、大物ですよ?」
「そんな深い意図があったわけでは……」
「無意識ですくいあげた情報を的確に扱えるからこそ、大物なのですよ」
そして、アルフレード王子は沙良の手を取り、部屋までエスコートしてくれた。
寝室の前で、当然のように、手の甲と額にキスを受ける。
これほど恭しいキスは、初めてだった。
広いベッドに寝転ぶ。
(わたしは、アルのことをどう思ってるんだろう)
いい人だ。立派な王子だし、優しいとも思う。あの人が上司なら、心からリスペクトして働く。とんでもない美形だけれど、意外とよく笑うし、最近なんとか慣れてきた。
それでも、恋愛感情として好きかというと。
そもそも最初から、沙良はこれを契約結婚だと認識していたのだ。
アルフレード王子にとって、自分を王位に就けるお妃君は必要不可欠な存在。そのお后君が王妃になるのがいちばん平和的な解決方法だと言われて、承諾した。
沙良としては、衣食住を確保してもらい、新入社員の気持ちでがんばってきた。
それをいきなり自分を好きになって欲しいと言われても、困るのだ。
(いや、待てよ。だいたいなんでわたし、新入社員とか思ったんだっけ?)
がばっと起き上がる。
(そっか! あの“声”だ。あれが、転職とかジョブチェンジとか言うから、引きずられたんだ)
正直、フェアな取引で王妃になることを承諾したのに、そこに感情まで付けろというのは、契約違反だと思う。
「や、どうしてもね? 絶対に好きになれって言われたら、たぶんなれる、とは思うけどっ。でもそれって恋愛か?」
脳裏に、ファーニア姫とリーニィ姫の顔が浮かぶ。
楠の木の根本で、哀しげに微笑んでいたファーニア。沙良に自分の恋を譲ろうとした、その痛みは沙良には分からない。
射貫くように沙良を見つめ、隠すことも拭うこともせず涙を落としたリーニィ。あの黄金の炎は、沙良の中にはない。
「はあ……」
ごそごそとベッドの上を這う。あのときリーニィ姫が落とした涙は、沙良のクローゼットに厳重に保管されている。
しずく型のペンダントトップのような、黄金の塊。よく見ると、金色がオーロラのようにゆらゆらと変化している。
ヴァリューズ侍女長によると、リーニィ姫の涙は、ティアドロップというそのものズバリの名前で、ひじょうに貴重なアイテムらしい。
けれど、沙良はただ、次に会うときにこれを返してあげたいと思っているのだった。
「あー、もう。わたしにどうしろっていうのよ!?」
「下手な考え休むに似たり……、もう寝なぃ。難儀なお人じゃのぅ」
むにゃむにゃとつぶやくスズシロ様の助言に従い、沙良はシルクのタオルケットに潜り込んだ。




