8-5. リーニィ姫とのお茶会 5
本日は6話を、12時から1時間ずつ更新いたします。こちらは5話目です。
「報告を受けました」
晩餐の席で、アルフレード王子が言った。
食事のたびに、沙良はちがう食堂に連れて来られている。
今日のダイニングルームは楕円形のホールで、真珠色だ。
壁や天井は花崗岩で、床は白大理石。装飾もパールやオパールが施され、燭台すら雲母のランタンである。きらびやかなシャンデリアは実はすべてムーンストーンだった。
「端的に言えば、驚嘆しました。やはり、サラは王妃にふさわしいと確信しましたよ。ヴァリューズも賞賛していましたし、イルクも」
いつも2人は細長いダイニングテーブルの両端に座るのだけれど、アルフレードの声は穏やかで静かなのに、きちんと沙良に届く。
「イルクの脱帽した姿というものを、初めて見ました。とてもおもしろかったですね」
くすっと笑うと、王子は優雅に食前酒を口に含む。
(だから、買いかぶりだってば……!)
何度目かのぼやきを頭の中で繰り返していると、王子は見透かしたようにまた口の端で笑った。
「言ったはずです。私は人間について知っていると。サラはとても人間らしい人間ですが、それは我々にとって短所ばかりという意味ではありません」
「……イルクが、この国は、人間のサンプルが偏っていると言ってたけど」
もぞもぞとつぶやいても、サラの声もディランに届いている。王子の力なのか、部屋の仕組みなのか。
「たしかに、そういう面もありますね。好ましくないサンプルだけがあげつらわれているのは事実です」
「そう、そこの部分を聞きたかったの! 人間が、どうやって来るの? “声”に連れて来られるわたしみたいなのはめずらしいんでしょう?」
「ふふ。サラは、チェンジリングという言葉を聞いたことがありますか?」
「取替子……」
初めて聞いた単語だけれど、自動翻訳機能が説明してくれた。
妖精のなかには、ものすごく人間が好きとか、とにかくイタズラ好きな者が多い。彼らは人間の倫理観を持たないので、人間の赤ちゃんを見て、気に入ったら自分の国に連れて行ってしまうことがあるのだ。
「そのまま連れ去る者もいますが、代わりに木の枝や下位の精霊を置いていくこともあります。人間と妖精の間で交換された子どもを、“チェンジリング”と呼ぶのです」
口に入れたサラダを噴き出すかと思った。ネレスィマナンのサラダは食べられる花もふんだんに入っていて、華やかで美味しいのに。
「そ、それって誘拐ですよね?」
「ええ、人間側から見ればね。妖精にとっては、かわいくて気に入ったものをその場で手に入れただけのこと。サラ、気持ちは分かりますが、妖精の大半は、チェンジリングを罪とは認識していません」
食事の手を止め、沙良は椅子にもたれかかった。たしかに、いまは妖精の倫理観について議論しているわけではない。
「えぇ、っと、つまり、そういうチェンジリングで、ネレスィマナンに来る人間もいる、ってことですね」
こめかみをぐりぐりと揉みながら、なんとか質問を続ける。
「ええ。あとは、自らの意思でやって来る人間もいます。――いまは、そちらのほうが多いですね」
「えっ。ネレスィマナンって、来ようと思って来られるんですか!?」
日本に帰るために契約結婚までした自分は何なのだ。
色めき立つ沙良に、王子は手を振る。
「残念なお知らせですが、一方通行です。妖精の国を願った人間が、元の人間の世界に戻ることは叶いません」
「はあ……。意外とシビアなんですね」
「自分の生まれ育った世界を永遠に捨てようというのです。その程度の覚悟は必要では?」
これは、常識の範疇なのだろうか。
ファンタジーを読まない沙良には、驚きの知識ばかりだ。
妖精とか精霊とかが出てくる世界は、もっとふわふわでキラキラで、優しいばかりの勝手なイメージを抱いていた。
(あ~、いや、ハリポタも、そうでもなかったっけ……)
映画を観たかぎりでも、妖精間でも階級差があり、重苦しい決まりがごちゃごちゃあった。たしか、妖精に詳しいアイルランドの人が作者だったはずだ。
ふいに、王子が人差し指を自分の唇に当てる。
「ここから先は、極秘事項です。王と王妃のみにアクセス権限がありますので、サラが王妃になってくれればすぐにでもお教えしますよ」
だから、わたしは王妃にならないんだってば。
自棄になって、沙良は杏色の食前酒を飲み干した。見た目どおり、杏の香りがした。
前菜と新しい飲み物が運ばれてくる。
今日の給仕はリス族らしき人たちで、お仕着せも鈍い光を反射するシルクだった。クロスやナプキンなど、テーブルセットもすべてシルクと真珠製だ。
「今日のダイニングルーム、ステキですね」
少なくとも、色味が目に優しい。ロココ調の色が飛び交っている装飾よりは、オフホワイトを基調としたこの部屋は、かなり沙良の好みだ。
「ああ、サラですからね」
「?」
一人で納得している王子と、首をかしげる沙良が見つめ合う。少し考える素振りを見せて、王子は大きくうなずいた。
「なるほど。サラは、自分の名のことは分かっていないのですね? サラは、真珠とシルクの加護を受けているのですよ。この部屋が心地よく感じるのは当然です」
「え? 自分の名前がどういう意味かとか、誰が付けてくれたかとか、そういうことですか?」
「ええ。サラという音は、滑らかな布や水が流れる様ですよね。風を表してもいる。もともとは更紗だったのなら、布地、すなわち植物の加護もあります」
「あっ、はい、曾祖父が養蚕を営んでいて、それで最初は更紗だったって聞いたことある! え、アル、すごい!」
「サラの触れも真珠色だったでしょう。あれはシルクの色でもありますからね。――蚕は土の守り神です。そういう点で、サラは土の加護も受けているのですよ。4大要素の祝福を受けている者は、あまり多くありません。いい名をもらいましたね」
「うわ~……」
精霊の王からこんなお墨付きをもらえるとは、少しのあいだ沙良はぼーっとしてしまった。わりと単純な名前だと思っていたので、自分の名をこれほど好きになれるとは思わなかった。
「ありがとう、ございます……」
呆然としながらつぶやく沙良に、王子は微笑んだ。




