8-3. リーニィ姫とのお茶会 3
本日は6話を、12時から1時間ずつ更新いたします。こちらは3話目です。
「はぁ~っ、疲れたっ」
行儀が悪いと思いつつ、沙良はソファにひっくり返った。
リーナが、ファーニア姫からプレゼントされたお茶を淹れてくれる。みんなで飲もうと思って、抜かりなく取っておいたのだ。
ソファの周りにみんなが集まってきて、しぶしぶ身体を起こした。
沙良がエメラルドグリーンのお茶を含むと、全員そろってカップを傾ける。
期せずして、それぞれの口から「ほぅ……」とため息が洩れた。
「お疲れじゃったのぃ、サラ殿」
ちょこちょこと寄ってきたスズシロ様を抱きしめる。リーニィ姫の前には出さないほうがいいとアドバイスを受け、部屋に隠していたのだ。
「お妃君、ごめんにゃさい。カナトのほうが頭に血が上ってしまって」
はっと夢から覚めたように、ヴァリューズ侍女長もうなずく。
「本当に……。カナト、あとでお説教ですよ。お妃君の冷静なご対応に、私も感服いたしました」
「うーん。冷静っていうより、あんなことで怒らないでしょ、フツーの大人は」
下等生物らしいけど? と横目で笑ってみせると、ヴァリューズ侍女長たちは気まずそうに顔を伏せた。
「サラ殿、あんま責めるなやぃ。ここの人たちは、サラ殿に傷ついてほしくなかっただけたい」
「うん、分かってる。だいたい今の日本で、マジメに下賤なんて単語使う人いないし。怒るポイントがちがうってことだよね」
「ははっ。さすが腹据わってんな。で? 感想は?」
ふらふらと歩いてきたイルクが、沙良に訊ねる。彼はスズシロ様と一緒に、部屋に残って様子をうかがっていたのだ。あの茶番劇をもっとも楽しんでいたのは、イルクだろう。
「全体としては、会ってよかったと思う。人間のお妃君は忌避されているとか、それでも“天の意思”には逆らえないらしいとか、情報は多かった。でもいちばん重要なのは、アルが守ってくれているにも関わらず、わたしの情報が筒抜けらしいってことだよね」
イルクも真面目に答えた。
「そう、そこは正直、俺も驚いた。サラが考えているより、サラの身近の警護は厚くしてあるんだが」
「うん。つまり、リーニィ姫に情報を提供している人がいるってことだよね。――わたしの身近に」
覚悟を決めて持ち出したものの、沙良がそう言ったとたん、場の空気が重くなった。
そして、キリエを疑っていたのは自分だけではなかったことも、よく分かってしまった。
カナトなど、はっきりとキリエを仰ぎ見て、慌ててそっぽを向いている。カナトほど明らかでなくとも、ヴァリューズ侍女長もリーナも居た堪れない顔だ。――当のキリエ以外は。
沙良は軽く手を振って、話を続ける。
「とにかくさ、リーニィ姫は知ってること全部ぶちまけてくれそうだから、まだ何か引き出せるんじゃないかなーって期待してるんだ」
「ああ、それで、再度お茶会にお誘いになったのですね?」
ほぅ、と賞賛のまなざしが沙良に集中する。
「でも、お妃君! リーニィ姫様とお話するのは、ご不快ではにゃいですか?」
たしなめられながらも、カナトが訊きにくいことを訊いてきた。つい笑ってしまう。
「うん、積極的に仲良くなりたいタイプじゃないけど。でも、なんかかわいくない?」
「「「「は!?」」」」
「ワガママもイヤミもストレートでさ。分かりやすくて、小さい子どもみたいだよね。本当に怖いのは、表で笑って裏で根暗~いいじめを画策するタイプだもん」
「おみごと」
イルクが拍手する。ふざけた態度だけれど、少しは本気で褒めているらしい。
沙良もホッとして、結局ずるずるとソファにもたれ込む。
「情報収集のためとはいえ、リーニィ姫個人にはなんの恨みもないしさぁ。というか、恨みがあるのはあっちだよね。公爵令嬢に生まれて、王妃候補として蝶よ花よと育てられて何の疑問も持ってなかっただろうし。アルのことも本当に好きみたいだし、それをぽっと出の下級生物に横からかっさわれたら怒りの持って行き場がないだろーな、って。――まあ」
苦笑しつつ、続ける。
「あれだけ私情に流されまくりの性格だと、一国の王妃としてはどうかとも思うけど。って、わたしも、理想の王妃像とはほど遠いけどさ」
つぶやく沙良に、ヴァリューズ侍女長がひざまずく。
「お妃君は、紛れもなく“天”から贈られた私どもの王妃殿下でございます」
「うーん……。根拠があの“声”だけってのがね~。人間のわたしには、いまだに完全には納得がいってないし」
「王妃になる覚悟も定まっていない方が、綺麗事ばかりおっしゃらないでいただきたい」
凛と厳しい声が、沙良の周囲の人垣を突き破って届く。
「――キリエ」
「王妃になる気はないくせに、リーニィ姫を挑発なさる。“天の意思”なら仕方がないと責任逃れを確保しておきながら、リーニィ姫のお心は分かるなどと、八方美人もたいがいになさったらいかがです」
沙良自身も、自分の立場があいまいだということはよく承知している。けれど、それは沙良の、いや、誰の責任でもないと思っているので、責任逃れという気はなかった。
沙良個人としては、時間管理の方法を習得すればすぐにでも日本に帰るつもりなのだ。
もちろん、ここで暮らしていく間は、できるだけみんなと仲良くしていたい。そして、アルには早くきちんとした王妃を迎えてほしい。これが掛け値なし、沙良の正直な気持ちである。
だから、キリエの非難は完全に的外れだった。
沙良がキリエを見つめたのは、
「……めずらしいね、キリエがそんなに自分の気持ちを出すなんて」
そのことに驚いたのだ。
キリエは、はっとして固く口をつぐむ。
「キリエが口開くときって、たいていわたし怒られてるね。あのさぁ、前から思ってたけど、キリエって人間が嫌いだよね?」
「「お、お妃君!」」
「カナトはっ、お妃君のこと好きですにゃっ」
当のキリエは唇を引き結んで顔どころか髪の毛ひと筋も動かさない。むしろ周囲が動揺しまくって、沙良の言葉を認めている。
沙良は、頑ななキリエに向き直った。
「だからさ、こういうときこそ、護衛役の出番じゃないかな。どうして情報が洩れているのか。わたしには想像もつかないやり方もありそうだし、そこらへんの調査を、キリエにお任せしたいと思ってるんだ」
「「「え!?」」」
侍女長とリーナ、カナトが思わずといった声をあげる。イルクはにやにやしながら腕を組んだ。
「……なにをどうしたら、今までの会話が、だから、で繋がるのですか」
あいかわらず仏頂面を極めているものの、さすがに少し驚いたらしい。キリエにしたら長い返事がきた。




