表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
3/45

2. お妃君登場




 すり鉢のような大広間は、期待と興奮で膨れあがっていた。

 闇の中、上空に浮かぶ円形の舞台だけが、明るく照らされている。

 とうとう、我らが王子のお妃君きさきぎみが現れるのだ。


「長かった……」


 そう口にしたのは、どこの種族か。

 この国の悠久の歴史のなかでも、1,000年以上妃君(きさきぎみ)を迎えていない王子は初めてだ。

 王族に匹敵する寿命をもつ大公家ならいざ知らず、いまやこの国のほとんどの種族が「王妃」を、すなわち「王」の存在を、目にしたことがない。


「やっとアルフレード王子が、王となられる」


「最後のときの歪みが正されるのだな。……我らが(おさ)も、解放される」


 静かに、だが激しい熱量でささやきが交わされ、誰もが円形の舞台を見上げる。

 そして不意に、目を焼くほどの白い光が現れた。




§§



「うわっ、ととっ」


 ホワイトアウトから突然重力が戻って来て、転びそうになった沙良は慌てて足に力を込めた。


(え、なんでこの恰好!?)


今の沙良は、ポストに手を伸ばしたあの姿勢だった。

 濡れた傘を手首にかけ、両肩には重たいバッグが2つ。片っぽのエコバッグには大根が丸ごと一本。

へっぴり腰のまま宙に伸ばした右手が、マヌケすぎる。

 “声”に文句を言おうとしても、さっきとちがって辺りは真っ暗だ。


(や、完全な暗闇でもない、のかな? ……あれ、実はめちゃくちゃ何かいる、感じ……?)


 沙良が立っている場所は、小さい円形の床だった。

 周囲が暗すぎてよく分からないけれど、浮いている気がする。足場が頼りなくて怖い。とにかくまっすぐ立ってみた。

 はるか眼下には、チラチラとたくさんの色が瞬いている。

意識をそちらに向けてみると、たくさんの息遣いやひそやかな音が聴こえた。シュゴーとかふしゅぅぅぅとかグルルルルとか、不穏な音だらけだ。

 闇に眼が慣れてくると、ぼんやりと円形闘技場コロッセオのような形が見えてきた。いや、吹き抜けの感じがしないので、ドームなのかもしれない。上も端も、見当がつかないほど大きい。

 いちばん遠くに目をこらしてみる。

 遠い場所の小山は、まるで人影のようだ。


「えっ?」


 そう思った瞬間、その小山がもぞりと動き、かっと瞳が開いて、沙良の視線とぶつかった。


(え、人!? ホントに!?)


 遠近法がおかしすぎる。あのサイズは、あり得ない。

 思わず後ずさり、円から落ちそうになって固まる。


(どどどどーしたらっ。ナニコレわたしにどうしろと? 王子の妃とか以前に、命の保証は!?)


 ()()()()()()()()()()()()()()()()など、この場では1㎎も役に立たない。

 そこまで考えて、いきなり頭が冷えた。

 つまりここは、()()()()()()()()()()()なのだ。

 ということは、あの小山は巨人族、とか。人間とは程遠い息遣いも、人狼(?)とかオーク(!)とかバンシー(もはやワケが分からない)とか、そういうのがごちゃごちゃ溜まっているのだろう、そう考えれば納得できるかも。できるといいな。できるはず。うんできるったらできる!




 沙良がひとりパニックと闘っている間、闇の一隅がぽうっと明るくなった。

 そこから沙良のいる円盤まで光の道が伸び、2人の男性が歩いてくる。

 1人は護衛のようだ。少し後ろに控えていて、全身真っ黒で闇に沈んでいる。

 前を歩く男性は、まっすぐに沙良を目指して来た。

古代ギリシャ人のような長い衣装をまとっている。白地に金色の刺繍のあしらわれた長いトゥニカと、濃紫こむらさきのマントがキラキラしい。

 プラチナブロンドの髪は肩より少し長く、サラサラとたなびいている。

 透明な蒼い瞳は、美しい水のようだ。

 すっと通った鼻梁に切れ長の目。桜色の薄い唇。大理石のような美肌。


(うわあ。――まぎれもなく、御伽噺の王子様だ~)


 世界遺産の彫像のごとき造作に、沙良は自分の現状も忘れてうっかり見惚れてしまった。

 その歩く彫刻が、沙良の前で片膝をついた。

 形のいい唇が、音楽を紡ぎ出す。それは沙良の頭のなかですぐに言葉に変換された。


「ようこそ、お妃君。私はアルフレード。あなたの夫となる者です」


 パラララ~ンと、オーケストラ演奏のような音が響き渡る。

 空耳かと思ったら、いきなり円形闘技場は光に包まれ、本当に音楽が鳴っていた。

花や光の粒が舞い、鳥や蝶やその他正体不明のいろんなものが飛んでいる。

 何十本もの虹が、一斉に懸かった。

 うおおおおおっという雄たけびや拍手で、足元の空気が揺れる。

 呆然としている沙良の手を取り、アルフレード殿下はその指先にキスを落とした。


「ひょえっ」


 飛び上がりそうになる沙良を、殿下は微笑んで見上げてくる。

 その瞳は喜びと、なによりも信頼に満ち溢れていて、落ち着かない気持ちになった。


「で、殿下。あの、失礼とは存じますが、そのですね、わたし、まだあなたと結婚するとは」

「我々は皆、あなたを歓迎します」


 完璧な笑顔のまま、王子は沙良の言葉をぶった切った。同時に、控えていた護衛の男性が、すばやく沙良の背後に立つ。


(ひええっ。なに、結婚しなかったら、わたし殺されちゃうの!?)


 ムリヤリ押し切られはしたけれど、あの“声”の話しぶりは、結婚か命かという危険な空気はなかった。というか、断ったら死ぬのなら、前もってもう少し警告しておいてほしかった。

 後ろから、聞き取れないほどの小声が届く。ジャズの低音のようだ。

 一瞬遅れて、護衛の言葉が翻訳された。


「――今は黙っとけ。余計なことを口走られたら守れない」


「え」


 目の前の王子が、つややかに笑む。


「ああ。イルクの言葉が理解できるのなら、やはりあなたはお妃君だ。どうかあなたのお名を賜る栄誉を、私に与えていただきたい」


「は」


 前後を見返して、忙しい。

 もはや、大広間は大騒ぎだ。

 円形闘技場全体に色と音と光が舞い乱れ、妖精らしき羽根つきの人が飛び交い、巨人たちは集まってずしんずしんと踊っている。沙良の真横で、いくつもの光の粒が弾けてはまた輝く。

 握られたままの右手が、いっそう強くつかまれた。


「――この場は私に合わせて」


真剣なその声に、沙良も腹を据えた。


「――はい。わたしは、沙良です」


 少し迷って名前しか言わなかった沙良に、王子も目を見開いた。


「すばらしい。――皆の者! 神々はネレスィマナンに祝福を贈りたもうた! 我らがお妃君、サラ殿だ!」


 そのままアルフレード殿下は沙良の右手を高く掲げ、大広間は喜びに爆発した。




 耳を聾する歓声のなかで、沙良の背後にいた護衛、イルクがつぶやく。


「……よりによって、人間がお妃君たぁね」


 荒れるぞ、という言葉を飲み込み、王子とその親友は視線を交わし合った。



評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ