8-1. リーニィ姫とのお茶会 1
本日は6話を、12時から1時間ずつ更新いたします。こちらは1話目です。
アルフレード王子から話を聞いて、沙良はリーニィ姫と会うことを承諾した。細かい経緯は分からなかったものの、軍を率いて地方の反乱を鎮圧しろと言われるよりはずっとマシだ。
高位貴族の女性が会って話すのは、必ずお茶会の場でなければならないそうで、粛々と準備が進められた。
ヴァリューズ侍女長たちが茶葉や茶器を吟味しているあいだ、沙良に課せられたミッションは、リーニィ姫をお茶に誘うことだった。
実際は水の公爵の圧力に負けたのだけれど、沙良のほうから誘うという形式が大事らしい。
これまたヴァリューズ侍女長のアドバイスを受け、
「会いたいと言われれば会ってもいいけれど、どちらかといえばご遠慮申し上げたい」
というような内容を、可能なかぎり回りくどく、美辞麗句で飾り立てたお触れを送った。
沙良の感覚からしても、なかなかに失礼なお触れだったと思うのだけれど、リーニィ姫からは間髪入れずに、「ご承諾いただき、感謝」という返事と、日付の指定が届いた。例によって華々しくリボンや花やキラキラな星が飛び散ってきて、全力で避けてしまった。
お茶会が決まってから、王子もイルクも、どんどん沙良に会いに来なくなった。
王子が初めて夕食をドタキャンしてきたときは、侍女たちのほうがショックを受けていたけれど、沙良自身も激務のときはプライベートにまで気が回らない。
「そういうこともあるよね」としか思わなかったけれど、時たま妙なお触れが飛び込んでくると、さすがに気になった。
警備をかいくぐって届いたそれは、一瞬後にはヴァリューズ侍女長に回収されてしまうので、内容までは分からない。
それでも、地方の反乱は悪い方向に進んでいるのではないか、と心配になる。
そんななかでも、沙良はできるだけ庭の散歩を続けていた。どこでもドアの練習にもなるし、単純に運動不足なのだ。
ファーニア姫と出会った迷路庭園は、沙良のお気に入りになった。スズシロ様を抱きながら、ゆっくりと歩く。
「は~、いよいよ明日がお茶会かぁ。どんな子なのかなあ、リーニィ姫って。ていうか、わたし何も手伝えなくて申し訳ないなぁ。みんな殺気立っているのにさ」
「気にせんでよか。サラ殿はしっかり寝て、明日元気にそのワガママ姫と対決すればよかったぃね」
「あれ? スズシロ様、リーニィ姫のこと知ってるの?」
「んな? 知るわけなかろーもん? 皆がそうゆぅとるだけくさ」
「ん~、自分の心に素直とかお振舞が自由奔放とかって噂も、どうかと思うけどさ。まあ、これだけは確実だよね。どーせリーニィ姫も美人だよ」
この国では、高位の種族になるほど容姿が美しい。公爵令嬢なのだから、リーニィ姫もきっとキレイだろう。
そこで、ファーニア姫を思い出した。
ファーニア姫も公爵令嬢で、王妃候補。そして、アルフレード王子に恋をしているという点で、2人はまったく同じ立場だ。
沙良がネレスィマナンに着いたその夜に宣戦布告してきたリーニィ姫と、この庭園で出会って沙良を認め、励ましてくれたファーニア姫。
「……今回のお茶会、ファーニア姫はどう思ってるんだろ? 会って聞いてみたいなあ」
思わずつぶやいたら、腕の中のスズシロ様が呆れる。
「夫の嫁候補に会いたかなんち、サラ殿は珍妙なお妃君だのぃ。ちかーっと趣味の悪かたぃ。なんが楽しかと?」
「あははっ、そう言われちゃうと、たしかに~」
でも。王妃云々の問題がなければ、ファーニア姫とは友達になれたと思う。残念と思うのも沙良の正直な気持ちだ。
少し気が晴れ、明日のお茶会のために部屋に戻ったら、そのファーニア姫からお触れが来ていた。
ヴァリューズ侍女長が慌て気味に報告してくる。
「お妃君。ファーニア姫から、明日のお茶会についていくつかご提案さしあげたいと、茶葉をいただきました」
「うわ。いい人だな~」
軽く思った沙良だったけれど、ヴァリューズ侍女長やカナトの感激ぶりは尋常ではなかった。
「まあ! これは樹木の一族でも門外不出の銘茶ですわ! 名前は知っていましたが、私も初めて拝見いたしました」
沙良宛てのメッセージカードを読む。茶葉と一緒に、丁寧な手書きのカードも入っていたのだ。
“お茶は、樹木と水の一族の力の結晶、芸術品です。こちらのお茶ならば、リーニィ姫にもお気に召すかと思います”
「ね!? うちの姫様は、そりゃあ素晴らしいんです! 皆さまもお分かりになられましたよね!」
いつもは控えめなリーナが、平らな胸をそっくり返して威張った。
「うん。リーナ、わたしもファーニアのファンになっちゃったよ~。よし、お礼を送ろう!」
そうして沙良たち主従は明日のお茶会の準備そっちのけで、ファーニア姫に沙良直伝クッキーのレシピを付けてお触れを送った。
ぎりぎりまでアルフレード王子ががんばってくれて、お茶会は公衆の面前ではなく、沙良の部屋のバルコニーで開かれた。
リーニィ・ノ=ウェイン・シュウセン姫は、やっぱり美少女だった。見た目は15歳くらいで、アルやイルク、ファーニア姫より年下のようだけれど、もちろん沙良より何百年も年上だろう。クラシカルで豪華、高級なビスクドールのようだ。
ややくどめの縦ロールのロングヘアーはラベンダー色。華やかな黄金色の瞳は、リーニィ姫の気の強さを表している。
とはいえ今日の沙良は、なるべく口をつぐんでいるつもりだ。
カローさんの名を取ってしまったことで、何かに似ているという発言も危険だと分かった。ビスクドールのようだなどと不用意に口走って、こんな怖いお姫様の名を捕りたくはない。
けれど、沙良が安心し、かつ拍子抜けしたことには、リーニィ姫が一方的にしゃべりまくってくれた。沙良を嫌っていることも、隠そうともしない。
「城の多くの者がお妃君にお目にかかりたいと、興味津々ですのよ。もちろん、人間がこの歴史ある城に迎えられるなんて、異例のことですもの。好奇心が疼いて当然ですわ。誰でも、珍獣はひと目見たいと思うものでしょう?」
姫君、と後ろからなだめる老女に、リーニィ姫はパシッと扇子を投げつける。それを拾い上げ、ひざまずいて捧げ渡すウサギのお小姓に、
「落ちたものなど、もういらないわ。おまえに下賜します」
姫は平然と言ってのけ、それを押しいただいたウサギくんは涙ぐんでいる。
この手の階級意識が苦手な沙良はめまいがしそうだったけれど、口を挟む暇もなく、リーニィ姫がまくし立てる。
「そもそも“天”から贈られたお妃君は、すぐに王城と国中にその姿を広め、接見を始めるものです。それをアルお兄様がお庇いだてなさって。お妃君が生活に慣れるまで、だなんて! アルお兄様はお優しいご性質ですけれど、貴族の反感を煽るような危険までおかす価値があるかしら? いまのお妃君に」
(これは……、しゃべらせといたら、いろいろ情報が出てくるかも)
沙良は神妙な顔つきで、内心期待していた。
王子をはじめ、身近な人たちが過保護なので、この国で人間に対する感情がどんなものなのか、どうにもつかめないのだ。リーニィ姫によれば、手始めは珍獣扱いらしい。
「たしかに、アルはわたしにとっても気を遣ってくれてますね」
小さく爆弾を仕掛けてみる。わざと王子を呼び捨てにし、いかにも嬉しそうに言ってのけると、リーニィ姫の端正な顔からはみるみる血の気が引いた。扇を持つ手が震えている。
(わっかりやすいなあ、この子)




