7-3. 導火線 3
本日は2話更新します。こちらは1話目です。
「サラの部屋に触れが集中しただと! いったいどういうことだ? 警備はどうなっていた!?」
執務室にアルフレード王子の声が響く。
常に平静で穏やかな王子が、これほど声を荒げることはひじょうにめずらしかった。
「しかも内乱の責を問うただと!? 何を考えている! サラとあの騒ぎとはなんの関係もない!」
隣で、イルクは王子の顔色をうかがう。
(へえ、大臣たちに見せるための演技かと思ったら。意外に本気か?)
アルはめったに感情を見せない。王族という種族はそれが普通とはいえ、幼なじみとしては、時々寂しく感じることもある。
だが、サラと食事を共にするようになって、少しだけアルは変わったと思う。
(まあ、変わったつっても、多少表情が豊かになったとかよく笑うようになったとか、その程度だけどな。恋愛までは長ぇわ、こりゃ)
騒然とする部屋の中で、一人ノンキなことを考えている自分に皮肉な笑みが浮かぶ。
(ったく、めんどくさいな、妖精って生き物は。まあ、その中でも俺がいちばんめんどくさい部類だけどさ)
人間は、絶対的な王に対して絶対の忠誠があれが、国など簡単に治まると思っているだろう。
この国のあらゆる者たちが一直線にアルフレードに忠誠を向けていても、それでも問題は起こるのだ。
だが、イルクの忠誠だけは、ほかの種族のものとは種類が違う。
(俺は自分の意思で、アルを選んだ。種族よりも本能よりも、アルへの信頼を俺はいちばんに選ぶ。それは盲目的な忠誠とは異なるものだ)
この思いが、今のイルクを強く支えているのだ。
「――サラの居棟の警護はすべて見直す。つぎ、状況を報告しろ」
イルクが物思いにふけっている間にも、戦況は続々と入ってくる。
「あんまよくねーな」
「そうだな。ゴート将軍が行方不明なのは痛い」
イルクの雑な口調に周囲の大臣たちは顔をしかめるが、気にせず答えるアルフレード王子に表情を引き締め直す。
ゴート将軍はアンチ人間派の急先鋒だ。だから今回この騒乱の鎮圧に選ばれたのだが、大方の予想を裏切ってもしも将軍が命を失うようなことになれば、国中でアンチ人間派の力が強まるだろう。
(サラにとっては、ますます逆風だな)
賑やかでワタワタしていてけれど、常に一生懸命な新しいお妃君を思い浮かべる。
おそらく彼女の魅力は計り知れないあの力よりも、いつも笑顔でがんばるその姿だ。
魅力。
思いもよらない単語が頭に浮かんで、イルクは動揺した。
たしかに人間のお妃君は、イルクが最初に思っていたよりもずっと魅力的な存在だった。
だが、彼女はアルフレード王子の后だ。
(まあ、今まで人間の印象が悪すぎたからな。たまにいいのに当たったせいで、評価が高くなりすぎたか)
小さく頭を振って、イルクは目の前の話し合いに集中した。
「結局のところ、ゴート将軍の生死を確認しなきゃ、今の戦力じゃどうしようもないだろ?」
「仰るとおりですが。あの泡の中に確認に行ける者はおりません」
青白く情けない発言を繰り返す大臣たちに、イルクは冷たい視線をくれる。
「俺が行く」
「は!?」
「危険すぎます!」
「反対です!」
湧き上がる声を、アルフレード王子は一言で抑えた。
「私も反対だ、イルク。いまお前にそばを離れられるのは困る」
王子のその言葉に、あからさまにしかめっ面をしてみせる公爵がいた。
エスターク侯爵。――イルクの父親、火の精霊の長だ。
火の公爵とその嫡男との仲違いは、広く知れ渡っている。
人間のお妃君の護衛役に選ばれたイルクと正反対に、エスターク侯爵は、ゴート将軍の反人間派運動の後援者である。
「ゴートのおっさんからは、俺も武芸を習った。生きてるなら助けたいし、死んでるならそれなりにムカつく。だいたいあの泡に対抗できるのは、火の一族ぐらいのもんだと思わないか?」
地方で起きた騒乱は、はじめは一部の奴隷の反抗だった。
だが、彼らはいくつかの精霊の力を取り込み、今や複数の自治区を泡で包んでしまっている。
その黒い泡は粘性が高く、火でも水でも風でも消せない。中に取り込まれた者たちが生きているのかどうかも分からない。
必死でその泡の一部を切り取ってきた兵士のおかげで、少なくとも泡の最初の構造は水ということだけは判明した。
「だったらさ。火の一族が一番安全だろ?」
うそぶきながらも、心の中では寒風が吹き荒れる。
どう考えても、この動乱の黒幕は自分の父親だ。
父は、己にかけられる疑いを一掃するために、反乱に水の力を使ったのだ。
父は、どこからその力を得たのか。
協力者は誰なのか?――その協力者は、いまでも無事なのだろうか?
証拠はない。
生まれたときから父を知っているイルクにだけは、確信があるが。
つまりは、水の一族の中でもかなり力の強い者が、父親に利用されているのだ。その者は近い将来、この内乱の首謀者として犠牲にされるだろう。
(だからこそ、俺が止めなければ)
火の一族には、王妃に差し出せるような女性がいない。エスターク公爵は王妃をめぐる政治闘争には興味も示さず、高潔な公爵という評判を得ている。
だが、父には王妃などどうでもいいのだ。
父が望んでいるのは破滅だけなのだから。
(そういう奴が、いちばんあぶねぇんだよな)
多くの者に勘違いされているが、エスターク侯爵はべつにアンチ人間派というわけではない。公爵にとっては人間のお妃君ですら、彼の目的にかなう駒の一つかどうかでしかないだろう。
いま、目の前の円卓で静かに座っている父は、イルクの考えを読んだように小さく頬を歪めた。おもむろに口を開く。
「愚息がゴート将軍を助けに行くというのならば、私は指示しよう」
会議の空気が、ざわざわと戸惑う。
「はん。どうせ、俺が騒ぎに巻き込まれて死んだら儲けもんってこったろ?」
「だからお前は愚息なのだ。まあ、ゴート将軍を助けて、お前が命を散らしたら、それなりに認めてやらんでもない」
「生まれてこの方、父上の期待に添えたことはないんでね。今回もきっちり生きて戻ってきますよ」
毒を含んだ親子の応酬に、誰も口を挟めない。
この親子の仲が悪いことは有名だが、それとは別に、たったいまエスターク公爵はアルフレード王子殿下の意向に真っ向から反対した。
アルフレード王子殿下がイルク公爵子息を信頼し、側近として傍に置いていることは、皆が知っている。今はお妃君の警護も危険だし、王子がイルク公爵子息を手放したがらないことも当然だ。
息子に賛成したふりをして、実は王子殿下に反対してみせた公爵の真意が掴めず、誰も彼もが真っ青になって黙り込んだ。
「殿下、我が愚息はお妃君の警護の束ね役とのこと。愚息が現地に赴くのならば、この際、お妃君にもご同行いただいたらどうですかな?」
「無理なことを申すな。エスターク侯爵」
冷ややかな王子の声にも、公爵は小さく笑う。
「おや。ずいぶんとご寵愛のようで。噂もたまには正しいものですな。ですが、今のままでは、お妃君の不名誉な噂は払拭されませんぞ」
反論しようとしたイルクは、鋭い視線で黙らせられた。
「私は、べつにお妃君を疑っているわけではありません。お妃君がこの世界にいらしてから一度もサン・ギュネシュ城を出たことがないことぐらい、皆知っております。本気であの反乱の黒幕がお妃君だと思ってる者など、おらんでしょう。ですが、人間には人間の理というものがある。ツボを押さえて彼らを説得できるのはお妃君しかおられないと、そう愚考したのです。――単に、同じ人間同士なのだから、彼らと言葉が通じるのではないか、とね」
円卓はいっそうざわめいた。
誰もが知っていて、口に出すのを控えていたこと。
――反乱を起こし、スレバラ地域を壊滅させた奴隷とは、人間なのだ。
幾人かの大臣の首が頷いた。妖精たちにとって人間は永久に謎の存在だ。
大臣たちの顔に納得が浮かぶのを見て、イルクは、これが父親の最終目的だったのかと唇を噛んだ。




