表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
26/45

7-3. 導火線 3


本日は2話更新します。こちらは1話目です。




「サラの部屋に触れが集中しただと! いったいどういうことだ? 警備はどうなっていた!?」


 執務室にアルフレード王子の声が響く。

 常に平静で穏やかな王子が、これほど声を荒げることはひじょうにめずらしかった。


「しかも内乱の責を問うただと!? 何を考えている! サラとあの騒ぎとはなんの関係もない!」


 隣で、イルクは王子の顔色をうかがう。


(へえ、大臣たちに見せるための演技かと思ったら。意外に本気か?)


 アルはめったに感情を見せない。王族という種族はそれが普通とはいえ、幼なじみとしては、時々寂しく感じることもある。

 だが、サラと食事を共にするようになって、少しだけアルは変わったと思う。


(まあ、変わったつっても、多少表情が豊かになったとかよく笑うようになったとか、その程度だけどな。恋愛までは長ぇわ、こりゃ)


 騒然とする部屋の中で、一人ノンキなことを考えている自分に皮肉な笑みが浮かぶ。


(ったく、めんどくさいな、妖精って生き物は。まあ、その中でも俺がいちばんめんどくさい部類だけどさ)


 人間は、絶対的な王に対して絶対の忠誠があれが、国など簡単に治まると思っているだろう。

 この国のあらゆる者たちが一直線にアルフレードに忠誠を向けていても、それでも問題は起こるのだ。

 だが、イルクの忠誠だけは、ほかの種族のものとは種類が違う。


(俺は自分の意思で、アルを選んだ。種族よりも本能よりも、アルへの信頼を俺はいちばんに選ぶ。それは盲目的な忠誠とは異なるものだ)


 この思いが、今のイルクを強く支えているのだ。


「――サラの居棟の警護はすべて見直す。つぎ、状況を報告しろ」


 イルクが物思いにふけっている間にも、戦況は続々と入ってくる。


「あんまよくねーな」


「そうだな。ゴート将軍が行方不明なのは痛い」


 イルクの雑な口調に周囲の大臣たちは顔をしかめるが、気にせず答えるアルフレード王子に表情を引き締め直す。

 ゴート将軍はアンチ人間派の急先鋒だ。だから今回この騒乱の鎮圧に選ばれたのだが、大方の予想を裏切ってもしも将軍が命を失うようなことになれば、国中でアンチ人間派の力が強まるだろう。


(サラにとっては、ますます逆風だな)


 賑やかでワタワタしていてけれど、常に一生懸命な新しいお妃君を思い浮かべる。

 おそらく彼女の魅力は計り知れないあの力よりも、いつも笑顔でがんばるその姿だ。

 魅力。

 思いもよらない単語が頭に浮かんで、イルクは動揺した。

 たしかに人間のお妃君は、イルクが最初に思っていたよりもずっと魅力的な存在だった。

 だが、彼女はアルフレード王子の后だ。


(まあ、今まで人間の印象が悪すぎたからな。たまにいいのに当たったせいで、評価が高くなりすぎたか)


 小さく頭を振って、イルクは目の前の話し合いに集中した。


「結局のところ、ゴート将軍の生死を確認しなきゃ、今の戦力じゃどうしようもないだろ?」


「仰るとおりですが。あの泡の中に確認に行ける者はおりません」


 青白く情けない発言を繰り返す大臣たちに、イルクは冷たい視線をくれる。


「俺が行く」


「は!?」

「危険すぎます!」

「反対です!」


 湧き上がる声を、アルフレード王子は一言で抑えた。


「私も反対だ、イルク。いまお前にそばを離れられるのは困る」


 王子のその言葉に、あからさまにしかめっ面をしてみせる公爵がいた。

 エスターク侯爵。――イルクの父親、火の精霊の長だ。

 火の公爵とその嫡男との仲違いは、広く知れ渡っている。

 人間のお妃君の護衛役に選ばれたイルクと正反対に、エスターク侯爵は、ゴート将軍の反人間派運動の後援者である。


「ゴートのおっさんからは、俺も武芸を習った。生きてるなら助けたいし、死んでるならそれなりにムカつく。だいたいあの泡に対抗できるのは、火の一族ぐらいのもんだと思わないか?」


 地方で起きた騒乱は、はじめは一部の奴隷の反抗だった。

 だが、彼らはいくつかの精霊の力を取り込み、今や複数の自治区を泡で包んでしまっている。

 その黒い泡は粘性が高く、火でも水でも風でも消せない。中に取り込まれた者たちが生きているのかどうかも分からない。

 必死でその泡の一部を切り取ってきた兵士のおかげで、少なくとも泡の最初の構造は水ということだけは判明した。


「だったらさ。火の一族が一番安全だろ?」


 うそぶきながらも、心の中では寒風が吹き荒れる。

 どう考えても、この動乱の黒幕は自分の父親だ。

 父は、己にかけられる疑いを一掃するために、反乱に水の力を使ったのだ。

 父は、どこからその力を得たのか。

 協力者は誰なのか?――その協力者は、いまでも無事なのだろうか?

 証拠はない。

 生まれたときから父を知っているイルクにだけは、確信があるが。

 つまりは、水の一族の中でもかなり力の強い者が、父親に利用されているのだ。その者は近い将来、この内乱の首謀者として犠牲スケープゴートにされるだろう。


(だからこそ、俺が止めなければ)


 火の一族には、王妃に差し出せるような女性がいない。エスターク公爵は王妃をめぐる政治闘争には興味も示さず、高潔な公爵という評判を得ている。

 だが、父には王妃などどうでもいいのだ。

 父が望んでいるのは破滅だけなのだから。


(そういう奴が、いちばんあぶねぇんだよな) 


 多くの者に勘違いされているが、エスターク侯爵はべつにアンチ人間派というわけではない。公爵にとっては人間のお妃君ですら、彼の目的にかなう駒の一つかどうかでしかないだろう。

 いま、目の前の円卓で静かに座っている父は、イルクの考えを読んだように小さく頬を歪めた。おもむろに口を開く。


「愚息がゴート将軍を助けに行くというのならば、私は指示しよう」


 会議の空気が、ざわざわと戸惑う。


「はん。どうせ、俺が騒ぎに巻き込まれて死んだら儲けもんってこったろ?」


「だからお前は愚息なのだ。まあ、ゴート将軍を助けて、お前が命を散らしたら、それなりに認めてやらんでもない」


「生まれてこの方、父上の期待に添えたことはないんでね。今回もきっちり生きて戻ってきますよ」


 毒を含んだ親子の応酬に、誰も口を挟めない。

 この親子の仲が悪いことは有名だが、それとは別に、たったいまエスターク公爵はアルフレード王子殿下の意向に真っ向から反対した。

 アルフレード王子殿下がイルク公爵子息を信頼し、側近として傍に置いていることは、皆が知っている。今はお妃君の警護も危険だし、王子がイルク公爵子息を手放したがらないことも当然だ。

 息子に賛成したふりをして、実は王子殿下に反対してみせた公爵の真意が掴めず、誰も彼もが真っ青になって黙り込んだ。


「殿下、我が愚息はお妃君の警護の束ね役とのこと。愚息が現地に赴くのならば、この際、お妃君にもご同行いただいたらどうですかな?」


「無理なことを申すな。エスターク侯爵」


 冷ややかな王子の声にも、公爵は小さく笑う。


「おや。ずいぶんとご寵愛のようで。噂もたまには正しいものですな。ですが、今のままでは、お妃君の不名誉な噂は払拭されませんぞ」


 反論しようとしたイルクは、鋭い視線で黙らせられた。


「私は、べつにお妃君を疑っているわけではありません。お妃君がこの世界にいらしてから一度もサン・ギュネシュ城を出たことがないことぐらい、皆知っております。本気であの反乱の黒幕がお妃君だと思ってる者など、おらんでしょう。ですが、人間には人間のことわりというものがある。ツボを押さえて彼らを説得できるのはお妃君しかおられないと、そう愚考したのです。――単に、同じ人間同士なのだから、彼らと言葉が通じるのではないか、とね」


 円卓はいっそうざわめいた。

 誰もが知っていて、口に出すのを控えていたこと。


――反乱を起こし、スレバラ地域を壊滅させた奴隷とは、人間なのだ。


 幾人かの大臣の首が頷いた。妖精たちにとって人間は永久に謎の存在だ。

 大臣たちの顔に納得が浮かぶのを見て、イルクは、これが父親の最終目的だったのかと唇を噛んだ。



評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ