7-2. 導火線 2
本日は3話更新しています。こちらは3話目です。
少し落ち着いた沙良は、ゴザシュ大臣に訊ねた。
「あーいや、そのぅ……。お妃君だけが、殿下を王にすることができ」
「アルフレード王子の即位に反対する勢力がいるってことですか? でも、すべての種族が王子に忠誠を誓っているんですよね? そうでもない種族もいるってことですか?」
沙良の言葉は、ゴザシュ大臣だけでなく、その場にいた全員を打った。
実際にぶたれたように、大臣も侍女長も侍女たちもビクッとし、その後信じられないことを聞いたように凍りついた。
キリエの口から、冷たい声が発せられた。
「そんなわけがないでしょう。お妃君は、妖精王の真の姿を知らない。人間ごときが、我々の妖精王への忠誠を軽んじないでいただきたい」
本来諫めるべきヴァリューズ侍女長も口を開けないでいる。
侍女長も侍女たちもゴザシュ大臣も、キリエの言葉のその内容には異論などないのだと、沙良にも分かった。
「そっか。失礼なこと言っちゃって、ごめん」
さっさと謝った沙良に、キリエを筆頭に全員が驚いているのも気づかず、沙良は自分の考えに没頭する。
(でも。即位に反対じゃないなら、たぶんアンチわたしだよね? それって誰の誰に対する反乱なわけ? 意味分かんないんだけど!)
沙良とて、自分が王妃に樹つことに反対する者が多いだろうというくらいは、想像がつく。
けれど、そもそも王族への忠誠が絶対なら、即位を前に反乱などあり得ない。
「――なんで内乱? 国を乱すのは、ひいては王族への叛意につながるよね。そんなバカなこと、誰がするわけ?」
沙良のつぶやきを聞き、ゴザシュ大臣はひとつ大きくうなずいた。
「仰せのとおり。儂はいま、お妃君こそ王妃様にふさわしいと感じ入りましてござる。――アルフレード殿下からは口留めされておりましたが、ご説明申しあげまする」
ゆっくりと近づいてきたゴザシュ大臣は、沙良の足元にひざまずいた。
「最初は事故のようなものでござった。騒ぎが大きくなったとき、何者かが煽動したのでござる。この事故はお妃君のせいだと」
「あ~、ムカつくけど、そういうのありそ~。ん? じゃ、わたしの親征って、とにかく顔を見せて、無関係と証明しろって意味?」
「まったく逆にござる。一度でも矢面にお立ちになれば、お妃君を戦犯として、その場で処刑するつもりと心得まする」
「しょ、処刑。さすがにそれはヤだけど……、アルフレード王子とかイルクとか、守ってくれるんじゃないの? ほら、いちおうお妃君なわけだし、わたし」
「今このときも、お守りいたしておりまする。お姿をお見せにならないことが、いちばん御身をお守りしやすいのでする」
ゴザシュ大臣は床に付けていた顔をあげ、必死に訴えた。
「どうぞ、お妃君。このお部屋からお出になりませぬようっ。儂のシワ腹ひとつかっ捌いてでも、お妃君を不逞の輩からお守り申し上げ奉りまするっ」
もう一度、さらに深く平伏したゴザシュ大臣の気持ちは伝わった。
(わたしのこと、本気で守ろうとしてくれてるんだね……)
ありがたい、と思った瞬間、沙良の身体から力が抜ける。ふっと笑みが浮かんだ。
「ありがとう、ございます。ゴザシュ大臣は武士みたいですね……。お家を守る、ご家老って感、じ……」
その瞬間、ゴザシュ大臣の全身が強く明るく、輝いた。
(あ!)
この光は、見覚えがある。
「待って! ちがう! ダメ、今のナシでっ!」
叫ぶ沙良を見つめながら、温かい光のなかでゴザシュ大臣は不思議な顔をしていた。驚いて目を見開きながらも、満ち足りた笑みが徐々に広がっていく。
「おお……。これが、名を捕られる感覚か……。ふぉっふぉっふぉっ、なかなかに得難い経験じゃのう、根菜の精霊」
「んだなぃ、大臣さま。沙良さまの力は、心地よかろーもん?」
「まったく、おぬしの言うとおりよ」
光は長く長く続き、ふっと消えた。
後には、なんともいえない表情のギャラリーたちと、対照的に晴れ晴れとしているゴザシュ大臣。
「あらためまして、お妃君。カロー・ゴザシュでござる。今後それがしのことはカローとお呼びくだされ」
「か、カローさん……?」
そんな冗談みたいな。とは、さすがに口に出せない。
けれど、頭のなかでは、沙良は文句を喚き散らしていた。
(妖精が武士、ってどーいうことよっ? しかも家老!? なんなの、この人、なんの精霊なの? 武士の魂とか言わないでよねっ)
そこで、もっと怖いことに思い当たる。
武士の魂といえば、日本刀。ネレスィマナンは付喪神の国でもある。もし本当にカローさんの本体(?)が日本刀で、うっかりそんな発言したら、いっそうとんでもないことになる。
(植物の効能は秘密だとは聞いてたけど! この先わたし、誰かが何かに似てるってことも口にしちゃダメなわけ!? じょっおだんじゃないわよっ!)
スズシロ様のときでさえ重みに耐えられなかったのに、国の一角を担う重役の名を捕ってしまったなんて、正直なかったことにしたい。
泣いてもすがっても、腹踊りでも土下座でも、捕ってしまった名を返せるのなら何でもする。
けれど、それはできない相談なのだ。
そして、今回の件はすべて沙良に責任がある。たとえ、出会いがしらの事故のようなものだとしても。
沙良は大きく息を吐いた。
「はあ……。本当にごめんなさい、カローさん……。お詫びの言葉くらいじゃ追いつかないけれど、あなたの名前も力も、何一つわたしのために使う必要はないですから……」
謝りながらうなだれていく沙良に、ゴザシュ大臣はむしろ明るく声をかけた。
「いやいや、それがし、久方ぶりに総身に力が湧いてきたようでござるぞ!」
「や、それはなんか変なドーパミンとか出て興奮状態なだけじゃ」
「わはは。どぉぱみん? お妃君はおもしろいことを仰る! それがしの名はたくさんありますでの、お気になさることはござらん。――そうですな、お妃君が望まれるなら、それがしの力をお妃君のためだけに振るうことはないと、お約束進ぜましょう」
パッと沙良が顔をあげる。瞳に、希望が灯った。
「え。そう、なんですか? そんな感じでいいんですか、カローさん?」
「いかにも」
悠々とうなずくカローに、沙良はどっと安心した。
思わずスズシロ様を抱きしめると、「ぐぇ」と小さく呻きながらも、ぽんぽんと両腕を叩いてくれる。
「まあなぁ~、このお方くらい古い名前ぎょーさんお持ちなら、サラ殿がお気に病むこともなかやろかのぃ?」
「よ、よかったあ~っ」
なにやら若返ってすらいるカローさんは、これまでに見せなかったいたずらっぽい笑みを浮かべた。
「お妃君はお優しい方でござるな。――ふむ。ならば、それがしの名の使い道は決まりもうしたの。今後、お妃君が危ない方向へ走り出そうとしたら、それがしの名を懸けてお止めすれば、必ず聞き届けていただけると。そういうことでござりまするな! いや、これは重畳重畳!」
「えっ……」
さすが国の重鎮。一瞬で沙良の罪悪感と責任感を突いてきた。
精霊としての力だけでなく政治力も天下一品なのだと、イヤでも納得させられた。
安堵のあまり、沙良はもう一度見逃した。
ゴザシュ大臣の名を捕ったとき、ヴァリューズ侍女長も侍女たちもキリエですら、恐怖に身じろぎ一つできなかったことを。
そして結局、“内乱”の詳細を教えてもらえなかったことを。




