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7-1. 導火線 1


本日は3話更新しています。こちらは2話目です。





 沙良はしばらく前から、自分のマンションのキーを探していた。ポストを開けたとき、片手にぶら下げていたはずの鍵。

 沙良がこの国に持ち込んだ物は、当日身に着けていた衣服やハンドバッグ、傘、スーパーの買い物まで、すべて一つの棚に片付けられている。

 卵やトマトは早い段階で厨房に回されたけれど、出てきた料理は鮮やかな紫のひし形で、首をひねりながら食べたものだ。

 ふと思い立って探し始めたものの、スーツのポケットにもクローゼットの引き出しにもなかった。そうなると小さい物だけに、可能性のある場所は無限に広がってしまう。


「お妃君。朝食のお時間ですが、……どうなさったのですか?」


「ああ、ヴァリューズ。日本から持ってきたわたしの家の鍵、どこにあるか知らない? 見あたらないんだけど」


「お妃君がこの国にいらしたときの物は、すべてこの棚の中ですわ。貴重品ですから、まちがえようがございません」


「うーん、貴重品ではないんだけど。トイレットペーパーまで飾ってあるし……。鍵だけ、ないんだよねぇ」


 半信半疑のヴァリューズ侍女長にリーナ、カナト、キリエまで総動員して居住フロアを探しまわった結果、沙良はあきらめた。

 そもそもこの広大な棟でたった一つの鍵を見つけるなど、ほぼ不可能だ。

 失せ物は、必死でさがしている時には見つからず、忘れた頃にひょっこり出てくるものだ。


「そんなに気にしなくていいよ。どうせ今は使えないしね」


 沙良はそう言って笑ったけれど、ヴァリューズ侍女長はこの件を深刻に受け止め、王子にお触れを飛ばしておいた。




 日々は穏やかに過ぎていった。

 技術まほう習得は順調で、周囲の人達との関係も、まあ、おおむね良好。

 すぐに始まった時間管理の講義は、今のところネレスィマナンという国についての総論で、初めて知ることばかりでおもしろい。


「へえ~。ネレスィマナンって、連邦制なんだぁ。各種族に自治区があって、長が治めてるんだね」


 その上に統一議会が存在し、そのトップがアルフレード王子である。

 いくつかの種族から代表者が選出され、統一議会に参加できるのはたった12名。種族の数は「正確には数えきれない」ほど多いらしいので、そうとうのエリートだ。


「でも、アルフレード王子の権限が唯一無二で絶対、なわけか。まあ、連邦議会のトップって、次元のちがう絶対権力者だもんね」


 各地域に大きな自治権を認めている以上、統一議会の行うことは、国全体の利益もしくは被害に対処することだ。

 アメリカ合衆国大統領やソビエト連邦大統領だけが核爆弾の発射権限をもつように、連邦制のトップの権力は絶大なものになる。

 沙良の相づちに、講師役のゴザシュ大臣は、自分のことのように喜んだ。


「そのとおり! 素晴らしい、お妃君はご理解がお早くござる」


「や、それは褒めすぎですって。わたしの世界にも似たような国がありますし……」


「あいやしばらく! 聞き捨てなりませんな、我が国のようなところは他にはござらん! 似て非なる国、それは偽物ですな」


「えぇ……?」


 いきなり血相を変えるゴザシュ大臣も、この暑苦しささえなければ最高の講師なのだけれども。

 沙良はつい苦笑してしまい、ゴザシュ大臣に叱られ、アルフレード王子賛美を聞かされることになる。


「まあ、そういった偽物国には常に忠誠の問題があるでしょうがな! ふおっふぉっふぉっ、ネレスィマナンのすべての種族は王族に忠誠を誓っておりますでな! おさはそれぞれおれど、皆にとって主といえば、殿下こそが唯お一人の治天の君ですぞ!」


「ち、治天の君……。ゴザシュ大臣てば、ときどきオーバーですよねえ」


「なんの、お妃君、大仰でもなんでもござらん。殿下こそがこの世界の天も地もべておられるのじゃて!」


「へ~……」


「真面目に聞からっしゃいっ!」


 そんな感じで、楽しくにぎやかに、それなりに忙しく過ごしていた。


――だから、たぶん、沙良は少し油断していた。


 後から考えれば、ヒントはあったのだ。

 最初は何人かの大臣が交代で講義に来ていたのに、途中からゴザシュ大臣が専任講師になったこと。

 忙しい王子が沙良に会いに来る、その間隔がほんの少し長くなってきていたこと。

 キリエの雰囲気がどんどんピリピリしていって、ヴァリューズ侍女長が注意するまでになったこと。

 けれど一つ一つは些細なことで、沙良はゴザシュ大臣の講義が好きだったし、キリエが沙良にキツイのは最初からだし、気にしていなかった。

 王子が沙良を訪ねてくる間隔が空いていたことなど、なんとなく喜んでいた。王子から結婚をせっつかれることが減ってラッキー、くらいに思っていたのだ。

 もちろん、沙良に気づかれないよう、周囲の者たちは細心の注意を払っていた。ヴァリューズ侍女長やリーナ、カナト、沙良の居室たちの努力で、沙良はのんびりと過ごしていられたのだ。



 それでも、その朝の騒々しい空気だけは、沙良の部屋の壁や窓たちにも遮断できなかった。

 ヴァリューズ侍女長の魔力を以てしても、許可を得ていない『お触れ』が次々と来るのを止められなかった。

 講義を終えた沙良がゴザシュ大臣と一緒に部屋に戻ってきた瞬間、大量のお触れが部屋に飛び込んできた。

 色も形もバラバラなそれらが、沙良のおでこや身体にぶつかり、開いていく。


“内乱勃発!”


“お妃君の関与を問う!”


“スレバラ地区壊滅!”


“ゴート将軍生死不明!”


“お妃君のご親征を請う!”


「な」


 初めて聞くことばかりで、沙良は固まった。


(スレバラ地区? ゴート将軍って誰? 内乱!?)


 ネレスィマナンの細かい地域までは、まだ習っていない。高位貴族とは謁見を禁止されているので、上層部の人間の名前などほとんど知らない。

 けれど、それよりも。


「な、んで、わたしが問い詰められてるの? 親征、って、軍を出せってことだよね? なんでわたしが!?」


 ヴァリューズ侍女長が沙良を抱きかかえるようにして、ソファに座らせる。


「お耳に入れる必要はございません、お妃君!」


 膝の上に飛び乗って来たスズシロ様が、沙良の耳を小さな両手で塞ぐ。


「聞かんでよか!」


 リーナも傍にひざまずき、カナトは沙良の膝に抱き着いてきた。

 無意識に、カナトのふにふにの肉球と、スズシロ様のすべすべの胴体をつかんでしまう。

 蒼褪めた沙良は、震えが止まらない。

 無表情のまま、キリエは、次々に入ってくるお触れを切って捨てている。


「どういう、こと……?」


 沙良の問いを、ゴザシュ大臣が受けた。


「お妃君にはお耳汚しでございました。地方で小競り合いがございましての。……まあ、新しい王がとうというときには、ありがちな事にござる」


 小さな身体のしわくちゃな顔で、目がきょろっと動く。この人も、偉い立場にいるのに嘘が下手だ。


「や、小競り合いってレベルじゃないんですよね? それに、どうしてわたしが、疑われてるんですか?」



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