6-2. 迷路庭園 2
本日は2話更新します。こちらは1話目です。
「要不要の問題!? つか、月とか太陽って、時間を測るためのモノじゃないでしょ?」
大音量で叫ぶ沙良に、イルクは顔をしかめた。
「とりあえず落ち着け。サラが混乱すると、いろいろめんどくさい。見ろ。リーナもカナトも怯えちまってる」
伝染するんだよ、と意味不明なことをつぶやかれて、初めて沙良は、周囲の壁や家具からざわざわと不安げな気配が伝わってくることに気づいた。
カナトのミンクのような気は総毛立ち、耳と尻尾がぴったりと体に張り付いている。リーナの表情はさほど変わらないけれど、若葉色の髪の毛は暴風雨に煽られたようなありさまだ。
部屋全体が不穏な空気に揺れ、息苦しい。
アルフレード王子はサラの手を引き、最近お気に入りのオットマンに座らせてくれた。そのままゆっくりと話し始める。
「この国では、時間の観念も言語もバラバラの種族がともに暮らしています。サラが現れたときのような催しなど滅多にありませんし、国全体で統一した時間など必要ないのですよ」
「あのでも、わたし、普段どおり、ご飯食べて寝て起きてました!」
「サラはサラの体内時計に合わせて生活していただけです。人間としての感覚で、そのサイクルを一日と頭で換算していたのでしょうね」
人間の体内時計とてきっちり24時間ではないでしょう? と言われて、沙良は答えられない。
「この国の者たちにとっても同じです。各自が自分の体内時計に従って生活していて、その種族の性質に合わせて、周囲の明るさや温度、湿度、匂いなど、外環境のほうが変化します」
「じゃ、じゃあ、窓の外が暗くなっていたのは、わたしのため? わたしが寝ているとき、わたしの周りだけ暗くなったってことなんですか?」
「そういうことです。 沙良がよく眠れるよう、窓やろうそくや部屋の皆ががんばっていると、ヴァリューズ侍女長から聞いていませんか?」
「そこまで思いつきませんよ―――っ」
頭を抱えて叫ぶ沙良に、イルクがにやにやと笑う。
「今分かったんならいーじゃないか。だいだい、それで今まで支障なかったんだろ? サラはやっぱり腹が据わってるな」
きっとにらみつける沙良に、イルクは、順応性が高いという意味だよととぼけた。
「そんなんで、ちがう種族どうしの集団行動とかはどうするんですか?」
「特に問題ありません」
沙良の疑問に、王子はさらりと答える。
ネレスィマナンの種族たちは、沙良がこの国の言語を自動翻訳しているように、生まれつきちがう種族の時間を自分の体内時計に置き換えることができる。
そのため、一方が正午だと思っているとき、ほかの者にとっては真夜中だとしても、とにかく同時に一か所に集まることはできるらしい。
お互いの時がどうしても合致しない場合は、より能力の高い種族が相手に合わせるのが暗黙の了解なのだそうだ。
「じゃ、じゃあ。アル王子がいつも晩ごはんを一緒に食べてくれるのは……?」
「ま、アルは王族だからな。アル自身の時間軸は持ってないんだよ。常に合わせる側だから」
「サラは、ことこの国の時間については、生まれたての赤子以下ですからね。ここにいる全員が、沙良の時間に合わせて生活していますよ」
アルフレード王子とイルクから、とんでもないことをさらっと言われる。
ヴァリューズ侍女長や侍女たちからも当然のようにうなずかれて、沙良はそうとうな努力をして、そういうものなのだと飲み込んだ。
衝撃の事実を知ってから、また数日後。
「さてっ。今日はどこの庭に散歩に行こうかな~」
今日も、沙良は新しい庭を開拓するつもりだ。どこでもドアで行ける場所を増やすために、沙良は毎日城のあちこちを、文字どおり渡り歩いている。
たいていはヴァリューズ侍女長が付いてきてくれるけれど、リーナやカナトに任せることも増えてきた。
「昨日は睡蓮の庭でしたから……。本日は趣向を変えて、ストーンヘンジのお庭などはいかがでございましょう?」
「ストーンヘンジ? イギリスにたくさんあるやつだよね。やっぱりあれって妖精の通用門なの?」
「門といいますか、妖精に馴染みのよい場所ですので、地球の妖精たちのたまり場にはなっているようでございます」
「へ~」
実はストーンヘンジは世界中にあって、そういう場所ではネレスィマナンとの交信もしやすいらしい。フリーWi-Fi完備のカフェみたいなものだろうか。
「お気をつけて行ってらっしゃいませ」
ヴァリューズ侍女長がドアを開け、目の前に石の舞台が広がった。
オレンジ色に輝くストーンヘンジの中を歩くのはおもしろかった。
侍女長から話が行っていたらしく、積み重ねられた石たちがやたらステキなバリトンで、滔々と自分たちの歴史を語ってくれた。
「へえ。ストーンヘンジって、真ん中にいちばん光が集まるようにできてるんだ~。日光浴みたいなもの?」
沙良の反応がいいので、ストーンたちも張り切っている。
「いぃやいやぁぁ。我らが中心はぁ、生体エェネェルギィィをー、増幅ぅさせるんじゃよーーーい」
地球のストーンヘンジは本家本元を真似て、夏至の夜の月あかりが増幅されるようにできているらしい。
「へっえ――――。すっごい! ストーンヘンジってそんな仕掛けだったんだあ。……あれ?」
そして沙良も、はたと気づいた。
眠気を誘う語り口にカナトはすでに丸くなっているし、腕の中のスズシロ様もずり落ちそうだ。きちんと控えてくれているリーナに訊いてみる。
「今さらだけど、太陽がないのに、なんでこんなに明るいのかな? それにみんな、どこから栄養を摂っているの?」
リーナがにこにこと答える。
「たぶんお妃君のおっしゃっている”太陽”は、私たちにとっては、このお城です」
そしてリーナは、影絵を見せてくれた。
巨大な城の映像が浮かび上がる。
王城を俯瞰して見たのは初めてだ。
城の上部にはシンデレラ城のような3本の尖塔が高く、そして眩しいほど輝いていた。下の部分は堅牢な要塞のようだ。
たぶん、三本の尖塔のうちの一つが、沙良が訪ねたアル王子の執務室だろう。
「この国の種族のほとんどは、城からの光を養分にしています。王城はお妃君のおっしゃる”太陽”のような、命の源です」
リーナの言葉と同時に、影絵のお城はさらに強く光り輝いた。
最初からこの中に住んでいた沙良には、お日さまを見つけられなかったのも当然だったのだ。




