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6-1. 迷路庭園 1




 それから4-5日の間に、沙良の生活は劇的に変化した。

 『お触れ』と『渡り』、二つの魔法を使えるようになったことは大きかった。仕事でメッセージを飛ばすのには慣れているし、どこでもドアは一番欲しかったものなので、すぐに使いこなせるようになった。

 ただ『影絵』だけは、あまりうまくならなかった。

 『影絵』は、見た瞬間から沙良にとっては 3D立体映像ホログラフィーだったので、そういう物を作らねばと気負いすぎてしまうらしい。

 メッセンジャーやどこでもドアとちがってイメージが弱いぶん、沙良が作った影絵はいつも崩れてしまった。

 それでも毎晩、その日行った庭や場所を再現してみては、ヴァリューズ侍女長やほかの侍女達にも評価してもらっている。



 そう、なによりいちばん大きな変化は、沙良専用の侍女が増えたことだ。

 身の回りの世話をしてくれる侍女が2人。そして、護衛が1人つくようになった。

 侍女は、リーナとカナト。

 リーナは樹の精霊で、明るい黄緑色の長いくせっ毛と深い焦茶色の瞳の、優しい雰囲気の少女だ。

 カナトのほうは、沙良はひと目見た瞬間に、「あ、猫だ」と思ってしまった。

 それを口に出していいか分からず、ひたすらカナトを見つめて固まった沙良に、ヴァリューズ侍女長は少し笑いながらうなずいた。


「ええ。お察しのとおり、カナトは猫の一族の娘ですわ、お妃君」


「あ、やっぱり! えと、それは言ってもいいものなんですか?」


「まあ、カナトの場合、一目瞭然ですからねえ」


「はい! あたしはあんまり人型ににゃるのが上手じゃないので、バレバレだから却っていいと、イルク様に言われました!」


 あいかわらずのイルクの失礼さも本人はまったく気にしておらず、いちばん最初に沙良に懐いてくれた。灰白色のふかふかの毛並みで、よくじゃれついてくる。紅玉のような瞳がキュートだ。


「カナト、お妃君に向かってお話するときは、あたしって言ったらダメ。わたくしって言うの。そういう決まり」


 リーナは侍女としてはカナトより先輩らしく、おっとりとカナトをたしなめる。カナトはそんなリーナを尊敬し、頼りにしているようだ。


「うん、まあ、わたし達しかいないところでは、好きにしゃべってもかまわないよー」


 侍女の仕事などさっぱり分からない沙良も、カナトのことを叱らないので、気に入られたのかもしれない。

 そんな風に、二人の侍女とは仲良くなれたけれど。

 どうにも、護衛役のキリエとは親しくなれない。

 キリエは全身、白い。肌はミルク色で、ものすごく短い髪も白でほとんど目立たないし、瞳はよく見ると銀色だ。とはいえ、いつも開いているかどうか分からないぐらい細いので、沙良がキリエの瞳は銀色だと知ったのはだいぶ後のことだ。

 そして、おそろしく無口で無表情だった。

 キリエだけは、何度見ても何の種族なのか、さっぱり想像がつかない。それならば王子やイルクのように完全な人間型かというと、そういうわけでもない。細い目や尖った耳、長すぎる手足など妖精っぽい雰囲気がいちばん強いのはキリエだ。

 もうひとつ。


(たぶん、キリエって人間が嫌い、だよね……)


 初対面の時からそう感じたけれど、しばらく観察して、今は確信している。

 キリエは、リーナやカナトと話しているときはほんの少し表情が和らぐ。ヴァリューズ侍女長に対しては緊張と同時に、敬意も見える。

 沙良を相手にするときひときわ無表情なのは、たぶん敵意を隠すためだ。そして、沙良の傍にいるときのキリエは、常にピリピリしている。


「えっとさあ。キリエは、私がお后君なことをどう思ってるの?」


 思い切って尋ねても、キリエは小さく口を引き結んで、頭を下げるだけ。

 全身から話したくない、という空気が発散されているようで、それ以上は聞けなくなってしまった。

 なぜキリエを護衛につけたのか、もやもやした気持ちもあるけれど、王子やイルクは沙良の安全に対して絶対の約束をしてくれた。

 だから沙良も、キリエが最良の護衛なのだと信じることにしている。




 そして知れば知るほど、ネレスィマナンは、人間の常識から大きく外れた世界だった。

 まず、この世界には、月も星も、そして太陽もない。

 自他共に認める順応性の高い沙良も、これに気付いたときは本気で仰天した。


(え!? あれ、露の女王と会ったときは、どうだったっけ……? ほぼ夜明けだったから……月とか星とか見えなくても気にしてなかった!)


 沙良がベッドから夜空を見上げたとき、同じ王城内でも、真昼のように明るい場所や暗闇に包まれた場所がてんでんばらばらに存在していた。


(え、え? 今は、朝、だよね? ……何日目の? わたし、何回眠った?)


 思い返せば、ここに来てから、日付や決まった時刻を聞いた覚えがない。けれど沙良は、きちんと三食食事をして、周囲が暗くなったら眠っていた。

 沙良が混乱の極みにいるちょうどそのとき、アルフレード王子とイルクが朝食にやってきた。


「おー、サラ。朝っぱらからテンション高いな?」


 契約結婚を承諾して以来、アルフレード王子とは朝と夜の食事を共にしている。

 イルクは時間に関係なく、ちょこちょこ顔を出す。いつの間にか呼び捨てにされていたけれど、本音を言えば沙良もそのほうが気楽なので、今では三人の間では、名前で呼び合っている。


「あ、ちょうどよかった。アル! イルク! 今さらだけど、ネレスィマナン(ここ)ってお日さまも月もないの!?」


「なんだ、今ごろ気付いたのか?」


 正直なところ、ネレスィマナンに来てから何日経ったかも曖昧だ。リズムが一定でカレンダーも時計もテレビもないと、これほど日にちの感覚が薄れるとは沙良にも予想外だった。


「以前も言ったが、ここでは皆が同じ時間で生きているわけじゃない。月や太陽なんざ不要だろーが」





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