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5-4. 結婚は、しなくてもいいはず! 5




「さて。これで、ここで暮らすための最低限の技術についてはお伝えできましたね。それでは、大切な話の続きをしましょうか」


「あ、時間管理についてですね。ぜひ!」


 疲れはしたものの、これも避けて通れない。しかも、早く習得すればするほど日本に帰れるチャンスが増えるのだ。

 勢い込んだ沙良に、けれど王子はめずらしく呆れた顔をした。


「そちらはまだムリですよ。――そうではなく。サラは、先ほどの触れでも、私との結婚はナシで、とおっしゃいましたね?」


「げ。そっちですか。あ、いえ」


 思わずつぶやき、ごまかしたけれど、王子は逃がしてはくれなかった。


「サラが恋愛事に疎い方だということはよく分かりました。ですが、サラは、仕事が好きとおっしゃいましたね? この国において、王妃とは唯一無二の職業とも言えます。そう考えて、私と婚姻を結んでくれませんか?」


「うわあ……。ぐいぐい来ますねぇ……」


 驚きつつも、沙良にも、王子の態度の違いは分かる。

 昨晩はそれなりに雰囲気を作ってプロポーズ(?)してくれたようだけれど、いまの王子は完全にビジネスモードだ。

 それならば、沙良にも対応のしようがある。

 きちんと座り直し、正面からアルフレード王子の顔、正確にはクラバットの結び目を見つめた。相手の首元をしっかり見るのは、交渉の基本だ。


「王子は、お妃君はこの国に存在するだけで王子を王位に就けると言いましたよね。露の女王は、時間の流れが正しく戻ると話していました。――時間の管理も、お妃君の管轄なんですか?」


 沙良にとってこの国は分からないことだらけだ。今も、大事な情報収集の場なのだ。

 王子は軽く首を振った。


「いいえ。お妃君がこの国にるだけで時間の流れは正しくなりますが、それ以上のこと、時間を操ることを望むのならば、それは王妃の管轄です」


 だから王子は、「まだムリ」と言ったのだ。どういう手続きを踏むにしろ、沙良が「王妃」にならなければ、時間管理の方法は教えてもらえないのだろう。


(なるほどね。やっぱり、わたしの推測で合ってるんだ)


 王子が言葉を継ぐ。


「王妃は時間管理の面だけで必要なのではありません。『王族』で『お妃君』であるサラが現れてくれて、私はやっと『王』になれます。ですが、王族には後継者が必要です。そしてこの国では、『王』と『王妃』の間からしか後継者は生まれません」


 その真摯な口調にぐらっと来たけれど、


(でも。わたしも分かってきたよ! そう簡単に騙されたりしないもんねっ)


 沙良は、今まで見聞きした情報だけで勝負するしかない。もう一度だけ、確認しておく。これは王子の言質を取るためでもある。


「えっと、つまり、わたしはもう『お妃君』だけど、結婚しないと『王妃』にはならない、ってことですか? 時間管理とか教えてもらうのは、王妃になってからってことで」


 王子は笑みを浮かべてうなずいた。


「ええ。そのとおりです」


 OK。カードを切ろう。


「わたしも、よく分かりました。つまり、『お妃君』と『王妃』って、別人でもいいってことですね?」


 くっ、と王子の喉元が動く。

 イルクはさっと口を覆い、すぐに真面目な顔になって手を下ろした。

 いつもふざけているイルクのその様子だけでも、沙良が正解を言い当てたことが分かる。

 あえて王子の目を覗き込み、にっこりしてみた。


「当たりですよね、王子? べつにあなたとわたしが結婚する必要ってないんでしょう。『お妃君わたし』がこの国にいるかぎり、ネレスィマナンの時間は正しく流れる。そして、誰かほかの方を『王妃』にすれば、正しい後継者が生まれてくるんですよね?」


 そう。

 この世界に来てからずっと、耳に流れ込んでくる言葉はとても厳密だった。

 翻訳しきれない単語は同時通訳のようにいくつも意味が重なって聴こえてくるし、会話のなかで相手の本質を聞き取ってしまったら『名』を捕ってしまう。


「――これほど言葉が厳密な世界で、常に『お妃君』と『王妃』が分けて使われているってことは、別人だと考えるほうが自然です」


 どうですか? と問うた沙良に、王子はため息を吐いた。


(うわ、ため息吐くだけで絵になるな、もーっ)


 憂いと感嘆に満ちた瞳を向けられ、背中がぞくっとする。意図していないこの色気は、心臓に悪い。


「――お見事です、サラ。正直なところ、そこを見破られるとは考えていませんでした。しかも、こんなに早く」


「えっ。わたしを騙すつもりだったんですか!?」


 声がうわずる。責めるつもりはなかったのに、思いがけず強い調子になってしまった。


「いいえ。騙すなどというつもりは、まったく。――どう言ったらいいのか……。まず、妃君と王妃が別の存在だと知っている者は多くありません。妃君が王妃になることは慣例なので」


「え」


 思わず、ヴァリューズ侍女長を振り返る。彼女は優しい顔立ちに困惑をにじませて、頼りなくうなずいた。


「ええ……? あの、私共は皆、お妃君が王妃様になられるものと思っておりましたので……。ああ、でも、王族の儀礼集にそういう文言があったやも……?」


 ばっ、と膝の上のスズシロ様を見やる。


「ンな顔されてもだなぃ~。儂が知るわけなかろーもん? 王も王妃も見たことなかけんね!」


「え、でも昨日リーニィ姫は……っ」


 沙良のことを『お妃君』と呼びかけ、そのうえで、「下賤な存在は王妃にふさわしくない」と宣戦布告してきたのだ。


「あれって、完全にお妃君と王妃を分けて話してましたよね?」


 沙良の訴えに、王子が額に手を当てる。


「リーニィのあの発言だけで、そこにたどり着いたわけですか……。とんでもないですね、サラ」


「そもそも今から王妃の座を巡って争うって、わたしはすでにお妃君なわけですから、ああ、別の人が王妃になってもかまわないんだなーって、そりゃ分かりますよ」


「いや、そこじゃねーよ。お妃君、アンタ、リーニィのあの失礼な言いがかりのとき、そんなこと考えてたのか。冷静すぎんだろ」


「初対面でケンカ腰の人は、情報の宝庫ですよね」


 こちらに要望をまくし立てる人は、黙って怒る人よりずっと扱いやすい。サラリーマン交渉術の基本である。

 リーニィ姫はネレスィマナンの公爵令嬢だけに、この国の常識だけでモノを言っていた。沙良の立場、人間への侮蔑、階級の強固さ。たくさんのヒントをくれ、なによりも。


「この国の人達も、恋をするんだなって。それが分かったのも大きいです。王子のこと、ホントに好きなお姫様がいっぱいいるんですよね? 王子も、わたしとムリな契約結婚なんかしないで、そのなかの誰かと結婚したほうがいいと思います」


「「あ~~~~~」」


 王子がうなだれ、イルクが空を仰いだ。





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