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5-4. 結婚は、しなくてもいいはず! 4




 正直なところ、自分が魔法を使っているなんて、わくわくが止まらない。

 王子が、手のひらを水平に上に向ける。


れも、決まった形式はありません。手の上に球が浮かんでいる想像をしてください」


 沙良も両手をお椀のようにして、その中に浮かぶ球をイメージしてみる。

 ほぼ一瞬で、手のなかに真珠色の球が浮かび上がった。


「わわっ」


 色もツヤも真珠そっくりだけれど、大きさはピンポン球くらい。ふよふよと浮かぶパールの球は、かすかに光っている。


「おや、真珠とは。お妃君には、あまたの祝福があるようですね。この色と形は一人ずつ固有なので、個人の識別にも使われています」


 だから、リーニィ姫からの金のお触れを見て、王子とイルクはすぐに警戒を解いたのだ。ゴザシュ大臣も衛兵たちも、誰からか分かっていたからこそ却って困っていた。


「その球に、伝言を吹き込むんですよ。実際に声をかけてもいいですし、思い浮かべるだけでも録音されます」


 王子の手の上にも、ふっと球が沸き上がる。

 王子のお触れは、完全な球ではなかった。王子の髪と瞳の色、白金色プラチナ蒼水色アイスブルーのマーブル模様で、輪郭がゆっくりと揺れ動いている。


(グミっぽい? や、もっと柔らかそうな……。んー、この美麗な王子にこの譬えはどうかと思うけど、なんかスライムみたい……)


「練習してみましょう」


 言いながら、王子はお触れを2つ出した。1つは沙良に、もう一つはイルクの前に飛ぶ。


「送る相手を思い浮かべれば、触れは自動的に届きます。受信者が開こうと思って触れればいいのですよ」


 昨晩のリーニィ姫からのお触れは、受信者でない王子が割り込んだので、「開け」と唱えた。といっても、そんな荒業ができるのはよほど力が強い者だけで、普通は受信者以外がお触れを横取りすることはできないらしい。


「へええ。セキュリティばっちりですね~」


 言いながら、ちょん、と指先でつつく。

 王子のお触れは音もなく崩れた。


“サラ。部屋の住み心地はいかがですか。あなたの部屋なので、お好みに合わせて、自由に変えてくださいね”


 ふわん、と王子の声が落ちてくる。

 同時に、イルクも王子のお触れを開いていた。


“イルク。私のお妃君に、君は少し無礼がすぎる。騎士の礼を保ちつつ、サラを守るように”


「へーへー」


 ダルそうなイルクの手のひらの上には、黒鋼クロガネ色の小さな球。鈍く光っていて、ぱっと見は堅そうだ。その球が、瞬時に沙良の前に来る。

 こちらも突いてみると、小さく震えた後、いくつもの塊に破裂して割れた。


「ひえ」


 リーニィ姫のお触れは、派手なファンファーレとともにくす玉のように開いた。色や形だけでなく、開き方にも個性が出るらしい。


“俺に礼を求めるなら、お妃君にも気品を求めたいもんだ。俺が思わずひざまずくような高貴なる女性に成長あそばされることを切に期待するね”


(こっ、こいつ……っ)


 怒りのあまりもう一つお触れを出した沙良は、同時に王子とイルクに返事を送る。

 沙良のお触れは、王子の目の前で、くるんと90度前に回転した。――まるで、お辞儀のように。


(え、会釈―――? どこまでサラリーマンなの、わたしってば!)


 沙良はカフェテーブルに突っ伏したけれど、王子もイルクも珍しがり、おもしろがっている。


「ほう。開く前に回転する触れなど、初めて見ました」


 そして、開き方自体はものすごくスタンダードに、音もなくぱくんと左右に割れただけ。平凡なところも含めて、自分のお触れっぽいと、沙良はいっそう凹む。


「は? この回転、開くのと関係ないじゃねーか。なんだよ、このムダな動き」


“うるさいわーっ。あんたは生まれたときから何百年も公爵子息やってんでしょ! こちとら高貴な立場とやらになってから、たった10時間なの! キャリア長いあんたのほうが気を遣うのが世間の常識ってもんでしょーがっ”


 ほぼ同時に、王子へのお触れも開く。


“えっと、いろいろご迷惑おかけするとは思いますが、技術取得はがんばります! あ、でも、結婚はしない方向で! は~。王子とイルクのスーツ姿、マジスパダリっぽくて鼻血出そ~”


「…………」


「…………」


「………………あぅ」


 痛いほどの沈黙が落ち、


「……まあ、まずはきちんと文章にしてみて、声に出して吹き込んでみるところから始めたほうがいいかもしれませんね?」


王子が優しく諭し、


「アホか、おまえは! 脳内妄想を相手に垂れ流してどうする!」


イルクには叱られた。




 その後見せられた最後の技術まほう・『影絵』は、つまり3D立体映像ホログラフィーだった。

 王子が両手を開いた空間に、沙良が大広間に登場し、聖見台に乗って飛び廻っている姿が映し出される。


「この国では、種族間で言葉が通じないほうが多いのです。その場で実際に起こったことを見せるのが、いちばんの早道なんですよ」


 大荷物を抱え、ポストにかがみ込んでへっぴり腰の自分の姿は情けなかったけれど、王子の説明には沙良も納得する。


「これ、もろスターウォーズですね! オビワンケノービ、あなただけが頼りです、ってレイア姫が助けを求めるシーン! すごいすごい!」


 興奮したものの、沙良の影絵はうまくいかなかった。


「慣れてくれば色や音をつけることもできるのですが……」


「お妃君はそれ以前だな。雑念が混じりすぎ。鳥の目で俯瞰して、それをそのまま写せ」


「人間は鳥瞰なんかできないのが普通なんですっ」


 沙良の場合、手のひらに囲い込んだ空間に映像を映し出すことは簡単だった。

 けれどもその後、その映像を“実際にあったとおりに動かす“のが難しいのだ。たどたどしく動く像は、視点がブレるとすぐに崩れて消えてしまった。

 3人でお茶しているこの場面を手のなかに再現しようとしても、沙良はもちろん、王子もイルクも、スズシロ様もヴァリューズ侍女長もふっと崩れていく。

 沙良以外の人達はだんだん映像も鮮明になり、細かいところまで再現できてきているのに、沙良本人の像だけがずっとぼやけているのも、「俯瞰」ができていないからだろう。


「理屈は分かるんですけど……。自分のいる場を鳥瞰なんかしたことないから、難しいです」


「ああ、なるほど。では、サラの存在しない場面を再現してみたらいかがですか。例えばあなたの地球の職場とか」


「え~……?」


 自信はなかったものの、実際に手の輪のなかに自分の職場を思い映してみれば、想像よりずっと簡単に、正確に再現できた。


「ね? 影絵は、サラの脳の記憶映像をそのまま引っ張ってくる技術です。――ここがサラの仕事場ですか」


「はい。わたし、金融関係の仕事をしてまして。あ、ここがわたしの席です」


 たった半日しか経っていないのに、懐かしく感じる。

 日本ももう翌日だろうか。昨日のプレスリリースで問い合わせが多いだろうに、沙良は無断欠勤になっているのだろうか。同僚や上司や部下は、心配してくれているか怒っているかどっちだろう。

 王子は優しい目で、沙良に微笑みかけた。たまにこの人は心が読めている気がする。


「そう。――じゃあ、この席に、サラを座らせてあげましょう」


 いつもの席に、ちょこんと沙良が乗った。他の人達に比べて多少映像が荒いけれど、きちんと沙良だと分かる。


「この要領ですよ。支障がなければ、サラが登場しない映像でもかまいませんしね」


「ま、重臣どもに人間界のことを説明するときなんかにゃ、べつにお妃君がいようといまいと関係ねーからな」


 少し驚いたけれど、ここで過ごす以上、そういう機会も訪れるだろう。まずは、この3つの魔法を使えるようになることだ。


「最終的には、影絵の映像を触れに込め、次元の違う場所にいる相手に送れるようになってくださいね」


 それはつまり、動画付きメッセージを遠方の相手に一瞬で送れ、ということだ。


(で、できる気がしないんだけど……。あー。現代日本なら超簡単なのにぃ~)


 にこやかな王子に、沙良は引きつった笑みを返した。




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