美里の夏休み日記〜千鶴と美里の仲良し事件簿〜
8月26日
楽譜の落とし物
夏休みがそろそろ終わるというのに、まだまだあついです。
こうあつい日がつづくと、みんな頭がボーッとするのでしょう。団地の公園に布の手提げが忘れられていました。
見つけたわたしは、いっしょに遊んでいたちづちゃんと管理人さんのところへ、持っていきました。
みんなで中を見ると、あるのは楽譜だけです。警察にとどけるほどのものでもなく、管理人室であずかってもらうことになりました。
よく調べると、楽譜の間にレシートがはさまっていました。駅前のネイルサロンのです。なくしたのは、たぶん近所の人でしょう。
レシートからでは、どこのだれのものかはわからないと思いましたが、いっぺん調べてみることにして、ちづちゃんとお店まで行きました。
わすれ物のことを話して、お店の人に見せましたが、やはり心当たりはないという返事でした。
管理人さんは、掲示板に置き忘れた人は取りにくるようにという注意書きをはり出しました。でも、名乗り出る人はありません。
わたしたちは、そうさに入ることにしました。
管理人さんに頼んで、もういちど楽譜見せてもらいました。どんな楽器のものか知りたかったのです。
ピアノではなさそうでした。習いにいっている友達のでは、五線譜が二段になっています。
これは一段で、音符の横に1から4までの数字がつけてあります。曲の名前は外国語で読めません。
家からデジカメを持ってきて、一枚目を写真にとりました。
8月27日
楽譜の落し物つづき
きょうは登校日です。
あすからの学校キャンプについて説明会がありました。
夕ごはんを早く食べて、学校に集合です。校庭のテントに、ひと晩とまります。
帰りに職員室へ寄りました。音楽の先生に楽譜の写真を見てもらいたかったからです。
音楽の先生も、自分の知っている楽器ではなく、ちょっと首をかしげておられましたが、近くにいた先生がギターの楽譜ではないかと教えてくださいました。
ギターには、エレキやフォークなどいくつか種類があり、楽譜が少しずつ違うそうです。その先生はエレキを弾かれますが、クラシックギターの楽譜ではないかということでした。
それで、クラシックギターの先生を紹介してもらいました。
8月28日
きもだめし
「二人ずつ組になって。だれでもいいから、相手を選びなさい」
きょうから校内キャンプです。三年生が一泊二日で校庭にテントを張りました。
いちばんの楽しみは、夜のきもだめしです。皆を集めて、先生が指示を出されました。
二人ずつが、くらい理科室に入ってガイコツがくわえている番号札を持って帰ってくるのです。わたしは、ちづちゃんとペアを組みました。
ときどき泣き出してしまう子がいるそうですが、わたしは理科室のガイコツさんとも、人体模型の筋肉マンとも大の仲良しなのでこわくありません。
わたしたちは、うすぐらい理科室へ入って行きました。
夜の教室は、昼間とちがって気持ち悪いというのを、はじめて知りました。明るいときに人がたくさんいるところほど、夜は気味悪い感じがするそうです。
パネルで仕切られていて、迷路みたいになっています。
わたしは、ちづちゃんの手を引いて進んでいきました。
回虫や内ぞうの標本は、自分の部屋にもミニチュアを置いているので、あまりこわくありません。まだ私の持っている脳のぷよぷよ標本の方が気持ちわるいです。
上からぶらさがっているリボンもしゃがんで通り過ぎました。あまりこわがりすぎて、二年前にけいれんを起こした子がいたので、何があるか、さきに皆に教えてくれています。
そして、いよいよメーンの標本です。子供たちが通るときに、先生が下から懐中電灯を照らすということに決まっていました。
さいしょは筋肉マン。半分はだか、半分筋肉だけの男の子の顔は、夜もあんがい愛きょうがあって、かわいいです。
夜のガイコツさんはもっとすてきでした。あれで、あごがガチガチと動いたら、もう最高です。
ちづちゃんも私も、ぜんぜん平気でした。
わたしたちは、笑いながらガイコツさんの歯から番号札を引き抜きました。すると、力を入れすぎたのか、あごの骨がはずれ、落ちかけたのです。それを受け止めようとした女の先生が足元の台につまずき、標本ごとたおれられました。
がらがったん。
手に持っていたライトが、たおれたはずみで先生のお顔を下から照らしました。
それを見た私たちは、
「ぎゃーっ、こふぁあ〜い!」
と、逃げ出してしまいました。
だって、夜遅くなって先生がメークを落とされ、知らない人に見えたので……。
でも、あとが大変でした。理科室の電気がつくと、倒れた先生のお顔はこわばって、わなわなとふるえられていました。
先生たちは、女の先生をなだめるのに大わらわで、わたしたちのことは、ほったらかしでした。
おかげで、きもだめしはとちゅうで中止になりました。
8月29日
楽譜つづきのつづき。
きょうは、しょうかいしていただいたギターの先生のところへ行く日でした。
お昼ごはんのあと、ちづちゃんと出かけました。ひとつ向こうの駅近くにある教室です。
先生に楽譜の写真を見てもらいました。すると、これは「過ぎ去りしトレモロ」というギター曲だと教えてくれました。パラグアイの人が作ったものです。
かなりむずかしい曲で、何年も練習をしないと、うまくひけないそうです。初心者ではないと話されてました。
長くギターをひいている人だとわかりましたが、落とし主をさがすのに、大してさんこうにはなりません。
帰りに先生は、この曲をを弾いてくださいました。
トレモロは、メロディーを細かくふるえるようにしてひく方法です。
ギターというのが、これほどやさしくて、きれいな音色を出す楽器だとは知りませんでした。首からさげて、ジャンジャカと大きな音を出すものだと思い込んでいたからです。
左手をいっぱいに広げて弦を押さえ、右手はくすり指と、中指、人さし指で順にはじいてメロディーを、親指はばんそうを受け持ちます。クラシックギターは、ピックを使わず指だけでえんそうをするのです。
音符の横の数字は、左手のどの指でギターを押さえるのかをしめす記号でした。
そのきれいなひびきに、二人ともうっとり。両手のなめらかな指の動きにもびっくりしてしまいました。
えんそうが終わっても、その指先に見とれていました。すると、あることに気づきました。
右手と左手のつめの長さが違うのです。それに、右のつめの形が、ふつうの人のようにまるくなっておらず、てっぺんが一直線になっています。
「右手のつめは、弦をはじくため長くのばす。でも、左手の指は、となりの弦に当たらないよう、立てて真上から強く押さえなければならないから、短くするんだ」
先生は、こう教えてくれました。
右が平らなのは、弦との当たりぐあいをスムーズにしていい音を出すためだとか。ただし、この方は人によってちがい、まるく山形にしているギタリストもいるということです。
これで、そうさは一度に解決へと向かいました。
先生にお礼を言ったわたしたちは、その足でネイルサロンにかけていきました。
バランスをとるため、左右のつめの長さをこころもち変えている人もいますが、大きくちがう人はそんなにいないでしょう。もしかすると、右のを平たくしているかも。
つめの形のことを話すと、お店の人は、3棟の五階に住むおねえさんだと教えてくれました。
急いでもどったわたしたちは、管理人さんから楽譜をうけとり、その人の部屋へ持っていきました。
おねえさんは、とても喜んでくれました。指運びの書き込みもしてあって、大事な楽譜でした。同じ曲のでも、楽譜が替わるとひきにくいので、困っていたそうです。
考え事をしていて、どこへ忘れたか思い出せず、掲示板は見ていませんでした。
お礼に、おねえさんは、わたしたち二人にクリームいっぱいのロールケーキをごちそうしてくれました。
うふふ、しあわせ〜♪
(おわり)
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