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呪われた君主  作者: 咲乃いろは
第一章 受け継がれた君主
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克服出来ない世界

もう一度確認しておくが、芽依はキャンプでさえした事がない。したくないとかそういうことではなく、単に機会がなかっただけの話なのだが、まさか異世界に来て初体験を済ませることになろうとは。


「ここ、へんな虫とかいないの?」

「いますよ。虫以外にもいろいろ」

「いろいろって何よ!?」


この際はぐらかさないでほしい。芽依の恐怖心を煽ることになるだろうが、得体の知れないものを想像している方が余っ程恐ろしいのだ。せめて物理攻撃が効くものであってほしい。


結局は城下町の先にある森を抜けることはできず、少し入った所で日が暮れてしまった。ユラ一人だったらまだしも、芽依の足ではどちらにしろ森は抜けられなかっただろうと聞いて、避けられない運命だったのだと気付く。

森の中は当たり前だが薄気味悪かった。生い茂る木々の葉が風でぶつかる音、変な鳴き声の動物と、奇妙な鳴き声の虫。姿形は見えなくても、きっと芽依には見たこともないものだろうと想像できる。人間の想像力が一番怖いものだと悟った。


おまけに昼間から高くなかった気温は日が暮れるとさらに下がり、森の中なんて当たり前に寒い。暖を取れるのはユラがおこした薪と、彼が貸してくれた上着だけだ。


「っくしゅんっ」


できるだけ火に近付くが、温まるのは火に翳しているところだけ。身震いをすれば、ユラが湯気の立つカップを渡してくれた。


「温まりますよ」

「……ありがとう」


素直に受け取って口に含むと、甘さと苦味が絶妙な生姜湯のようなものだった。こっくりした口当たりが喉を通って身体全体に染み渡る。

ユラは小さなナイフを使ってこれを作ってくれたみたいだが、城勤めだった割には随分と野外の仕様に手慣れていた。


「慣れているの?野宿」

「はい?」

「随分と慣れているから」

「ああ……、そりゃ姫様よりはね」


ユラは芽依を君主の立場だと格付る時にだけ姫だと呼ぶ。何だかわざとらしくて、少し悔しい。


「俺は元々貧しい村の出なんで、こんなのは生活の一部でしたよ。城に勤め出してからも野外訓練もありましたし、衛兵を含む城の人間は訓練受けてればこのくらいのことは誰でもしますよ」

「……なんか、意地悪な言い方ね」


まるで、幸せに育ってきた何も知らない君主みたいに。

間違ってなどいないけれど、芽依にはどうしようも出来ないのだから仕方ないのだ。過去を変えることなんてできない。

口を尖らせる芽依に、ユラはふっと口元を緩めた。一日の殆どを気だるげな表情をしているが、こうして笑えば凄くいい顔なのに勿体ない。


「気に障ったのならすみません。そんなつもりはなかったんですが」

「嘘ばっかり」

「本当ですよ。ただ、ずっと箱の中で暮らしてきている貴族様達には、少しは知って欲しいとは思いますがね。あんたたちを護るために、何が犠牲になっているかと」


少し弱まった薪に木を追加しながら、ユラは物憂げな顔で火を見つめる。そこに何を見ているのかは分からなかったが、伏せているその目が、少しだけ寂しそうだったのは芽依の気の所為だろうか。


「まあ、ぽっと出のあんたにこんなこと言ったって仕方ねぇんすけどね」

「ぽっと出って何よ。出さしたのはあんた達でしょ」


次の瞬間には顔を上げてニカリと笑っていたので、多分気の所為だ。ただ、笑っていたのは口元だけだったけれど。

何と言っていいか分からなくて、芽依はユラの代わりに火を見つめ、紛らわすように視線を固定した。ユラが作ってくれた飲み物もあっという間に冷えてしまって、二度目、三度目のくしゃみが連続で出る。


「っと、そんな薄っぺらい身体じゃ本当に風邪引きますね。これも被ってください」

「え、でも、それじゃユラが寒い……」


ユラは自分の夜具まで芽依に掛けると、そのまま自分は身一つで地面に寝そべった。


「俺は頑丈なんで大丈夫ですよ。あんたに風邪でも引かれた方が面倒だ。大人しくそれにくるまって寝てください」


明日は日が昇る頃に出発しますと言い残して、ユラは芽依がお礼を言う前に寝息をたて出した。護衛が護衛対象よりも先に寝るとは何事か。




「…………変なヤツ」




優しいのか意地悪なのか真面目なのか不真面目なのか分からない。






***







多分、夢の続きだ。


夢の続きなんて見れるものだったんだ。


でも、どうせ見るのなら、もっと楽しいものがよかった。


こんな、暗い世界の物語なんて、続いてほしくない。


闇に、世界を喰われていく夢なんて。








「───いやあぁぁっ!!」

「っ、メイ様!」


目を開けても、周りは暗い世界だった。

いや、夢の中に比べれば随分と明るかったので多少は安心した。…違う。安心したのは、視界に人がいたからだ。ユラがいたからだ。


「っひっ……、」


なのに、両手首を掴むユラの手を、芽依は拒むように振り切って自分の身体を抱きかかえる。恐らく様子のおかしい芽依を心配してくれたというのに、ユラには失礼なことをしたと思う。けれど、そんなことを考えていられないほどに今芽依の頭の中は混乱していた。

どっちが夢で、どっちが現実か。もちろんユラが見えているこちらの方が現実だと頭では分かっているが、心が分かっていない。いや、ユラがいるこの世界も現実でなければいいと思っているのか。

全てを、拒絶する感情が、芽依の中を支配する。


「いっ……やぁ……っ、……」

「メイ様、触らねぇから落ち着いて下さい。夢を…見たんですか?」

「……あ……、」


パニックになっている芽依に関わらず、真逆に落ち着いたユラの声が芽依の上がった息を整えてくれた。ぐにゃぐにゃに歪んだ視界も、砂嵐のような耳鳴りも、バクバクと音を立てる心臓も、徐々に徐々に凪いでいった。




「落ち着きましたか」

「う、うん……ごめんなさい…」

「そりゃいいけど、どうしました?また、悪夢でも?」


ユラは約束通り触ったり近づいたりせず、その場で芽依の顔を覗き込む。そんな整った顔で見ないで欲しい。きっと今、酷い顔をしているだろうから。


「悪夢、なのかな……。よく分からないんだけど、目の前が真っ暗で、真っ暗なのにさらに闇が覆ってきて、何もかも、全部、無くなってしま……、」


何に恐怖しているのか。身体が震えてくるほどはっきりと覚えている夢なのに、うまく言い表せない。語彙力の問題だと思いたかった。言葉に詰まる芽依に、ユラはもういいと遮った。呆れてしまったのだろうか。


「その夢はいつから?」

「……こ、この前……、お城の地下から帰ってきた時……」

「……呪いの影響かもしれません。もう思い出さなくていいから、忘れて下さい」


ユラはランタンに火を付けて、周りを明るくしてくれる。優しい光が、視界を包んでくれた。

だからだろうか。何か言いたくなったのは。



「ユラ」

「はい?」



別にどうでもいいかもしれない。興味ないかもしれない。ぽっと出の君主のことなんか。




「私ね、少し、暗い所が苦手なの」

「はい」




なのに、ユラの返事は意外にも真剣で。


「昔、小さい頃に誘拐された事があって、何も見えない真っ暗な所に閉じ込められて、その時から暗闇に入ると震えが止まらなくなる。身体が動かなくなる。勝手に身体がそうなってしまう」


もう暗闇が怖いわけではないのに。


「こうして、少しの灯りがあれば大分平気になったわ。けれど……、さっきの夢みたいな本当に何も見えない世界はまだ克服出来てなかったみたい」

「…………そうですか」


黙って聞いてくれていた割には、ユラの返事はそれだけだった。いや、返事をしてくれただけでも有難いと思った方がいいのだろうか。くだらない昔話に付き合わせたのだから。




「……ユ──、」

「っ、しっ!」


謝ろうとしたその瞬間、ユラはせっかく付けたランタンの火を即座に消して、触らないと言った芽依に覆いかぶさった。ふわりと香る、甘い匂い。


「ユ、ユラ?」

「静かに。()()います」

「えっ」


まだ日も昇っていない夜の森。叫んで飛び起きた芽依の声で何かが目を覚ましてもおかしくなかった。





パキ、と何かが木の枝を踏んだ音がした。






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