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呪われた君主  作者: 咲乃いろは
第八章 調整する距離
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男所帯

「あ……、……え……?」


彼の顔が見えるくらいに距離をとっても、状況を把握できるわけではなかった。ユラの唇が離れた後の額を手で押さえれば、妙にそこが熱く感じる。


「…ユ、ラ……?な、」

「虫がいたんで」

「は?」


何が起こったのかと問おうとすれば、食い気味にユラの答えが返って来た。何も言えていないのに。


「む、虫って…」

「メイ様に、虫がとまってたんで」

「い、いや、でも今、口…」

「食べました」

「まじで?」


だから手で払うわけでもなく、口を近付けたのか。踊り食いをしたかったのなら何となく頷ける。まさかこの世界では虫を食べるのが主流なのだろうか。これから食文化についていけるかどうか心配である。

芽依の額にどんな虫がとまっていて、ユラがどんな虫を食べたかは不明であるが、ひとまず二人は天幕に戻って休むことにした。


夜明けはもうすぐそこだ。










***










そこから離れるのは後ろ髪を引かれる思いだったが、いつまでも当てのない探し物をしておくわけにもいかない。気持ちばかりの眠りから覚めると、ぼーっとした頭で朝食を摂って出発した。

数時間歩けば到着するというネロという小さな国は、国民の八割が男性なのだそうだ。何故そんなことになっているのかは未だ明かされていないことなのだが、遺伝子がどうのこうのと説明されたエルヴィスの言葉は芽依の頭には入ることはなかった。







「う、わ。本当男ばっかり」


国に入れば、噂通り男、男、男、女の格好をしたやっぱり男。女性もチラチラ見えるが、圧倒的な男の量はむさ苦しさを町中に充満させていた。様々な男がより取り見取りである状況で、やはり芽依を囲む三人の男たちはその中でも一線を画す雰囲気を醸し出していた。入国者が、それもこの男の国に女がウロウロしているとなれば、芽依が奇異な目で見られるのは分かる。だが、人目を引いていたのは芽依よりも後ろの男達だった。エルヴィスは絡まれるのは面倒だともっさり男に変身しているが、そうじゃなくてもバランスの整ったスタイルと透き通った髪はそこに隠れる顔を見てみたいと思うものであるし、少年のような愛らしさを持つルカは数多の視線に気づいていもいない。食べちゃいたいとか言われているけど大丈夫か。そして、最も自覚がないのは芽依の横にピッタリくっついているこの男だ。


「……ユラ…?ちょ、ちょっと歩きづらいんだけど…?」

「こんな男だらけの国で、あんたのことだからまた気に入られて誘拐でもされかねない。すっげぇ見られてるみたいだし、外を歩く時だけ我慢してください」


いや、見られてるのあんただから。

どうやら同性が有り余ってしまう世界では、異性はもちろん、同性に魅力を見出すことが往々にしてあるらしい。事実、芽依に向けられている視線よりもユラに向けられている視線の方が圧倒的に多い。整った目鼻立ちと引き締められた体躯、滑らかな身体の線の割に男性特有の骨ばった骨格や筋はある。何をしたわけでもないのにそこにいるだけでふわりとしたフェロモンが漂う。目を向けるなと言う方が難しい話だ。

芽依自身がどうこうというわけでなく、こんな目を引く奴らと一緒にいるということの方が変なやっかみを招いて窮地に追い込まれかねないと、芽依は気が重くなったのである。


「でも本当に、女の人は隠れるように生活しているのね。何だか可哀そう…」

「以前はもう少し女性も多かったみたいだけど、やっぱり住みづらいとさらに少なくなったみたい。今でもここに残っているのはここでの仕事が辞められないとか、家族がいたりだとか、何かしら理由がある人達みたいだよ」


いつの間にかちゃっかり国の事情を聞き出していたエルヴィスはそう説明した。男女比を元に戻すためにも、この国では女性の家賃が安かったり、給料が高かったり、何かと優遇はされているようだが、あまり効果はないらしい。もちろん、それがあるからこの国に留まる人もいるし、生活苦に陥っている人はこの環境を求めてやってくるものも一定数いるようだが。




「この世界には不思議な国が多い……わっ!」


周りを見渡しながら歩いていたのが悪かった。急に足元にぶつかってきた衝撃に反応しきることが出来ず、後ろ向きに倒れそうになった。上手くユラが支えてくれたから身体が傾いただけに留まり、ついでにぶつかってきた方にも手を伸ばしたようである。芽依の腰くらいまでの身長の少年が、鼻を押さえていた。


「…いってぇ…」

「ごめんね。私前をちゃんと見ていなくて。大丈夫?」


ぶつかってきたのは少年の方だが、ちゃんと前を見ていなかった芽依も悪い。素直に謝って目線を合わせようと腰を屈めると、決して好意的ではない朱色の瞳が長い睫毛の奥から現れた。


「…………ブス」

「……」


随分な挨拶である。心配して差し出した手がいやに虚しい。警戒されないようにと営業スマイルを浮かべまま固まっている芽依に、少年はさらに睨むような視線を送った。


「ブスな上に胸もねぇのな、お前」

「っ!??!?」


むに、と掴めるか掴めないか分からない左胸を鷲掴みされる。声にならない叫びが芽依から漏れた。いや、子どものすることだけれども。笑って見過ごしてやらねばならぬことだけれども。こんな人前で貧乳がばれるようなことをしなくてもいいじゃないか。


「薄っぺらい身体で色気もな────…ひっ!?」

「おいこらガキ」


さらなる罵倒で芽依を打ちのめそうとする少年の首筋に、光る刃が添えられていた。先程までの気だるさ十割の表情はどこかにかき消え、据わった目だけが高い位置から見下ろしていた。


「この人に色気なんぞ必要ねぇんだよ。そんなもんあったら護衛も大変だろうが」

「ユラ?私だって色気はほしいわ」


フォローするのか落ち込ませるのかどっちかにしてほしい。ダブルパンチで辛くて突っ込む気力もない。

まあまあと仲介に入ったルカのお陰でユラはようやく剣を納めたが、少年に対する警戒心は緩まっていないようだ。少年を支えていたはずの手はいつの間にか拘束するそれになっていた。


「大体、そっちからぶつかってきておいて謝罪の言葉もないのか」

「あーはいはい。ごめんごめん」

「うん?喧嘩売ってんの?」

「ひぃっ!ごめんなさい!」


キンッ、とユラが親指で弾いた剣の刃が再び太陽の光を眩しく反射させた。ユラもユラで子どもに対して大人げないことこの上ない。見た所小学校高学年くらいのまだ青さの残る年齢なのに。


「とにかく、目上に対する言葉遣いは気を付けろよ?ガキ」

「もう、ユラ!やめなさいってば。喧嘩売ってんのはあんたじゃない」


大体、ユラが言えることではないはずだ。主に向かって馬鹿とかいうくせに。

少年は表情こそとてつもなく不満そうにはしていたが、また刃を向けられかねないと口を噤んだ。被っていたキャップを深く頭に撫でつけると、じゃあな、と言って駆け出していく。

だが、その後ろ姿がどうにもぎこちなくて、芽依はそこに違和感を覚える。



「ねえ!」

「あん?」



耳に届くギリギリの距離で声を張り上げれば、少年は迷惑そうな表情のままそれでも足を止めて振り返った。


「足!大丈夫?」

「足?」


唐突な質問に、少年だけでなく、ユラもエルヴィスもルカも首を傾げた。何の話だとでも言いたそうな少年の顔だったが、だがそうとは言わなかった。


「痛いんじゃないの?」

「はあ?何で」


何でと言われても、そう思ったからとしか言えない。元気よく走り去っていくようにも思えたが、ほんの少し足を引き摺っているように見えたのだ。勘違いだったら勘違いでいい。もし芽依とぶつかった時に捻ってしまったのであれば、何だか後ろめたい気持ちになるのだ。

少年はその場から動かないので芽依の方から歩み寄っていく。ずっと大声で話すのは注目も集めてしまうし、喉もしんどい。




「勘違いだったらごめん。さっきぶつかったとき捻っちゃったんじゃないかと思って」

「…………」




何故だ。心配しているだけなのに何故そんなに睨む?幼い年齢にしては結構な覇気のある眼だ。芽依の方が圧されてしまいそうになる。たじろぎながらも少年の返事を待つが、一向に口を開こうとはしなかった。ただ、否定もしないのだ。握った拳に力が入ったり緩まったりしている。


「ちょっと見ていい?」

「……」


返事が返ってこないと思いながらも一応窺うが、やはり少年は黙ったまま。屈んでもう一度顔を見ても拒否しようとはしなかったので肯定と取っていいのだろうと、ゆっくりと細い足首の靴下を捲った。

僅かに腫れたそこは、触れば少しだけ熱を持っていた。


「手当てしよう?」

「……いいよ、別に。必要ない」


やっと喋った声は小さく、低い。拒否するように目線を外に逸らしていた。


「ぶつかっちゃったお詫びに、ね?手当てさせて?」


と言っても、手当てするのは多分ルカになるのだが。

それ以上は芽依も何も言わず彼の返事を待ったのだが、何分も逡巡を見せたあと、やっと分かったと頷いてくれた。






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