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呪われた君主  作者: 咲乃いろは
第八章 調整する距離
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失くして、得たもの

夜が明ければ、ルカの熱は引いたが、まだ身体は怠そうであった。特に右眼の痛みが完全には引いていないらしい。昨日よりは大分良くなっているからあと一日でも休めば回復するだろうと見て、今日一日は歩を進めずにこのまま過ごすことにした。

呪いの力も弱まってきていることから、芽依もルカに近付いていいとエルヴィスから許可が下りた。


「ごめんね、メイ。僕の所為で」

「何言ってんの。そんなこと言ったら私なんて一体何日皆の足を止めたと思ってるの」


威張ることではない。その間、ユラだけではなくルカも献身的に看病してくれていたと聞いている。毎日一緒に過ごしていれば人の世話になることだってあるだろう。すっかりルカの方が年上だということを忘れて、芽依は彼の頭を撫でた。くすぐったそうに照れるものだから、余計年上だと思えなくなる。


「でも不思議ね。私の呪いはなーんも反応したことなんてないっていうのに、ルカはたまにこういうことあるんでしょ?」

「うん。免疫力が下がってたりするとその分自分の魔力のバランスも崩れて、呪いがそこに反応しちゃうってエルヴィスが言ってた」

「うーん…。その理屈ならダライアスの一件で、私の呪いも反応しそうなものだけど」


それだけじゃない。これまでも芽依の体力や精神力が崩れてしまうことなどあったはずだ。そこに芽依が持つ時の呪いが反応したことなどなかったようにも感じる。反応した時と言えば、それは免疫力の低下によることではなく、芽依の魔力自体に誘発されていたという形でだけだ。


「そもそも、呪い自体がそれぞれの特徴があるものだからね。特にメイはどこにも壊死が見られないという時点でおかしな状態なんだよ」

「皆から言われるけど、本当に何ともないのよね。ただ、この傷が治らないだけで」


そっと手を這わせた首の傷は、ダライアスの事件で開いてしまってからまだ完全に塞がってはいない。痛みは殆どないが、雑に扱えば出血する。芽依の魔力で呪いが反応し、自身の魔力を無にして治癒を止めているとエルヴィスは言っていた。この傷を治すには呪いを解呪するしか方法はなさそうである。




「そういえば聞いてなかったけど、ルカの呪いは何の呪いなの?」


世界に穿たれた呪いは五つ。時、光、水、空気、生命。そのうち芽依は時の呪いをその身に宿してしまったわけだが、そういえばルカの呪いの種類を訊いたことはなかった。


「僕の?僕のは光の呪い…だと思う」

「『思う』?」

「よく知らないんだ。元々あまり魔法とか詳しくなかったから、興味もなくて、呪いの器と言われてもピンと来てなくて、気が付いたら呪いを宿していたっていう感じで…」


エルヴィス程ではないが、ルカも魔法に関して相当博識で、いろいろなことをよく知っているしエルヴィスの話を聞いていてもよく理解していると思う。だが、それは呪いを宿してから得た知識で、ルカの君主だった人に報いるために身に付けたものだったという。調べたには調べたのだが、どうやら自分が宿している呪いは光の呪いかもしれないという曖昧な情報だった。


「多分、君主様は知っていたけど、確かめる前に死んじゃったからさ」

「そう、なの」


気にしていないような素振りのルカに、余計胸を締め付けられるようで、芽依には真っ直ぐ彼を見ることが出来なかった。伏せた視線を地面に縫い付けていると、膝の上で握った手の上に温かい体温が被さった。




「そんな顔しないでよ、メイ」

「…ルカ」




彼はもう視力などないはずの右眼まで真っ直ぐに芽依に向けて、今度こそ年上だと思える表情を浮かべていた。







「君主様がいなくなっちゃったのは今でも悲しいし寂しいけど、今はメイがいてくれるから大丈夫なんだ」







メイが僕の君主だ、と淀みのない声でルカはそう言った。彼はついていく主を間違えてはいないだろうか。大好きだった君主の場所に、芽依がいていいのだろうか。何もかもがおこがましくて、身が縮まる思いだけれど、芽依はルカの声に応えたい。この想いに応えたい。上手くできなくても、ただ真っ直ぐに応えたいのだ。






「ありがとう、ルカ」






彼らが見る背中が曲がっていないように。















***















芽依たちが滞在した場所の近くには湖があり、昼間は気温も低くはなかったので身体を流すにはちょうどいい機会だった。ルカは身体を拭く程度だったが、ユラもエルヴィスもさっと身体を流してきたようだ。

ルカと雑談をしていた芽依に、ユラが天幕の外から声を掛ける。


「メイ様、次行きますか?」

「あっ、うん。ちょっと待っ────…て……っ!」


穏やかな林の中だが、さすがに芽依が入っている間は傍にユラがついていなければ危険である。呼びに来たユラに、慌ててタオルを準備して振り向くと、その姿に息を止める。


「?」

「な…、な…、…」

「な…?茄子」


しりとりじゃない。


「何て格好してるのよ!」

「はい?」


入口で天幕を捲って顔を出しているユラは、水浴びをしてきたその足だったからか、殆ど裸。かろうじて下は穿いているが、ベルトも閉められていなければボタンも閉まっていない。パンツかどうかは知らないが下着のようなものがチラチラと顔を覗かせている。例えそこを大目に見たとしても、上半身はそれどころじゃなかった。髪から落ちた雫が程よくついた筋肉に艶を与え、そこに畳みかけるように太陽の光が照らしていた。白めの肌には勿体ないくらいの大きな古傷も見えるが、それも気にならないくらいの肉体美が芽依の視界一面に広がっていた。


「服を着ろ服を!」

「着てますけど」

「上よ!風邪ひくわよ!」

「はあ?あんたみたいにひ弱な身体じゃあるまいしひくわけねぇだろ、このくらいで」


ひ弱で悪かったな。芽依がひ弱なわけではなく、ユラ達がおかしいのだ。髪が渇くまで服が着れないというユラに、芽依は無理矢理彼をその場に座らせて撫でくり回すように頭を拭き、服を巻き付けた。冗談じゃない。自然乾燥なんて待ってられるか。目の行き場がない。


「何を今更恥ずかしがってんですか。裸なんて何回か見ただろ」

「そ、そうだけど…」


ボサボサになった髪をそのままに、ユラは芽依が巻きつけた服に袖を通す。ボタンは途中までしか締めないが、肌色が少なくなっただけでもほっと息をつく。ユラの言う通り、彼のこんな姿を見ることは初めてではない。宿に泊まれば護衛の観点から殆ど一緒の部屋であるし、野宿の時にしろ今回のように水浴びをすれば見かける機会もあるだろう。今回こんなにも以上に反応してしまったのは、久しぶりだったからだろうか。


「と、とにかくユラは無防備なのよ」

「……あんたに言われたくねぇよ」


ユラがボソッと呟くものだから、芽依には何と言ったか聞こえなくて、聞き返したが答えてはくれなかった。













もう慣れてしまったが、ミリナ国の城で借りた服はとにかく複雑だ。何より重ねる布が多い。ただの飾りに過ぎないものもあると思うのだが、着なかったら着なかったでどこか気の抜けた格好になってしまうので、これはこれで機能を果たしているのだと信じて身に付けている。

小さな湖は浅くも深くも狭くも広くもなく、周りを木々に囲まれていていい目隠しにもなって快適な場所だった。といっても、人の気配などすぐ近くで待っているユラを除いてないのだから、目隠しも何もあっても仕方ないのだが。

最初は外で一糸纏わぬ姿になるなんて誰が見ていないとしても恥ずかしさこの上なかった。今ではもう躊躇うよりさっと脱いでさっと水に浸かってしまった方が素っ裸を晒している時間が少ないと悟った。経験とはたまに恐ろしくも感じる。


「冷た…」


気温は高いと言っても、夏のような暑さでもなく、水温や体温を上げる程のものではない。つま先から浸かっていく水は冷たく、じわりと身体を冷やしていった。肩まで浸かる頃には慣れてしまったが、この水温に長く入っておけばそれこそ風邪でも引きそうだ。早めに上がった方が良さそうだと、汚れを落とすように左肩から手に掛けてすっと水を馴染ませた。


「…!」


右手の指先が左手のそこまで辿り着いたとき、芽依ははっと目を見張る。そこの変化に気が付いたからだ。





指輪が、ない。





バシャ、水しぶきを上げて自分の歩いたところを見渡す。水の中に潜って水底に視線を這わせたが、落ちている様子はない。服を脱ぐ前までは見た覚えがあるから、あるならきっとこの湖の中。





「ど、どうしよう…」





水の中は土や石が積もっていて、紛れ込んだら見つけようもない。目にするまで気付かなかったというのに、気付いてしまったら急に左手の小指に違和感しかなくなって、心臓がドクドクと脈打った。


ユラからもらったお守りをなくしてしまった。






まだ、お礼も言えていないのに。






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