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呪われた君主  作者: 咲乃いろは
第六章 君主の気持ち、護衛の思い
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折れるのはいつだって

体調が悪いわけでもないのに胸の辺りが気持ち悪い。谷底から出てきて約丸一日、ユラとは一言も口を利いていない。ユラは普段から口数が多い方でもないし、いつも通りと言えばそうなのだろうが、芽依の方は明らかに不自然だ。目が合いそうになれば逸らすし、ユラとエルヴィスの会話に巻き込まれそうになると無理矢理ルカに話し掛ける。ユラも気付いているのだろうが、特に何も言わなかった。


「──……イ、メイ!」

「っ!」


耳元で呼ばれてはっとする。振り向けばルカが心配そうに覗き込んでいた。


「大丈夫?」

「え……、ええ。ごめん、ぼーっとしてた。どうしたの?」

「いや……、僕本当についてきて良かったの?メイとユラを喧嘩させてまで……」

「良いに決まってるでしょ。それに、喧嘩なんてしてないわ。ちょっとした方向性の違いよ」

「……解散しそうじゃん」


喧嘩なんかじゃない。ただ、芽依が意地を張っているだけ。ルカを一緒に連れていきたいと、ちゃんと落ち着いて説明すればユラも分かってくれたかもしれない。なのに、いっときの感情であんな言い方をするから、ユラだって怒るに決まってる。

もっと、心を強く持ちたい。ユラの怒りも、焦りも、悲しみも受け入れられるくらいに。

不意に、足元がガクンと揺れる。段差のあるのに気が付かなかったのだ。足首がグニッと曲がり、身体はバランスを崩したが、地面に転がることはなかった。


「………………無事ですか」

「……あ、……ありがとう。平気」


ユラが後ろから腰に手を回し、支えてくれたのだ。顔を見れないままお礼だけを言い、彼から身を離そうとした。


「待て」

「っ?」


さっさと離れたかったのに、ユラの体温が手首を掴んだ。腕の長さ以上の距離が取れない。今はもっと離れていたいのに。


「な、なに……」

「何じゃないですよ。足、捻っただろ」

「…………」


肯定も否定もしないのに、ユラは黙って芽依の足元に膝を折る。傅くような格好で右足首に触れた。そしてエルヴィスを呼び、治癒魔法をかけるように指示したので、慌てて足を引っ込めた。


「だ、大丈夫!大したことないし、走ったりしなければ動けるから!」

「………治癒魔法が苦手なのは分かりますが、放っとくと悪化しますよ」

「…………そ、そうだけど」


一瞬我慢すればいいものだ。これまで我儘は言えないと芽依は諦めてぎこちなく頷いた。エルヴィスは何故か謝ってきて、ユラと場所を入れ替わって治癒魔法をかけようとした。


「待って!」


足首の周りに光が集まり始めた時、ルカが慌ててエルヴィスを止めた。温かくなり始めていた所の体温が一気に冷める。


「ルカ?どした?」

「これ!」


立ち上がったエルヴィスに、ルカは雑草のようなものを差し出す。よく見れば辺りに少し繁殖している植物だ。


「外傷に効く薬草なんだ!治癒魔法ほどよくはならないけど、軽い怪我ならこれを磨り潰して塗っておけば充分よくなるよ」

「薬草か…。僕、この薬草は知らないけど、ルカは詳しいの?」

「く、詳しいってほどじゃないよ。たまたま知ってただけ……。それからこっちの薬草は痛み止めになるから、煎じて飲むといいよ……」

「詳しいね」

「詳しくないよ!」


何が恥ずかしいのか、ルカは顔を真っ赤にしながら博識具合を披露する。からかうエルヴィスも充分学はあるのだが、ルカは段違いだった。特に薬草に関しては飛び抜けていて、毒やその治療法についてもよく知っていた。





「前に、君主様の役に立ちたくて猛勉強したんだ。僕は魔法もそんなに使えないし、宿した呪いを君主様が命懸けで解呪してくれるんだから、少しでもそれに見合った何かがしたくて……」


そのままここで休もうと天幕を張り、ルカは薬草を磨りながら思い出すように言った。

呪いを宿しているだけでその任は果たされているというのに、ルカはそれは自分の運命でしかないと呟いた。


「君主様は強くて、頭が良くて、僕の勉強なんて役に立たなかったけど、今こうしてメイの役には立ってよかったよ」

「ルカ…、ありがとう。……きっとあなたの君主様はそんなルカを頼りにしていたはずよ」


自分をそんな風に想ってくれる人がいるだけで、どんなに心強かったことか。ルカはへへ、と笑うと芽依の足首に薬草を塗り、丁寧に包帯を巻いた。手慣れている様子だったので、彼の君主にもよくこうしてあげていたのだろう。


「あ、それから食べられそうな木の実とかもあったから、適当に甘く煮てクリームにしてパンに挟んだけど、良かったら食べ……、」

「メイちゃーん!これうまいよ!」

「最後の一個もーらい」

「あっ、ユラ!それ僕の!」

「………………メイの分は後でもう一回作るよ……」


男子共に食い尽くされていた。

ルカは料理も上手だ。あんな場所でずっと一人で生活してきただけのことはある。その中で学んだことも多いという。


最後の一個を貪ったユラは徐に立ち上がり、芽依の元までやってくる。自然と身が固くなった。

すっとしゃがむと足首を凝視して、それから芽依の顔を覗くように見た。


「痛いですか?」

「い、……たくないわよ。ルカが作ってくれた薬が効いてるし」

「そうですか」

「…………」

「…………」


それだけだったのか、ユラの続きはない。不自然な沈黙が流れる中で、ユラはその場に腰を下ろした。何故だ。何故会話も続かないのにそこに居座ろうとする?そしてルカは何故そそくさと離れていくんだ。お願いだからここにいてほしい。


久々な気がするこの距離。言うほど離れていたわけでもないし、久々でも全然ない。

気まずいのに落ち着く。沈黙が辛いのに苦ではない。不思議な感覚だった。



「……あの、あのね、ユ──」

「すみませんでした」

「……え?」


謝ろうとした芽依を阻むように、ユラの声が被さった。突然の言葉に、芽依は思わず目を丸くする。


「何ですか、その顔。俺が謝ると何かおかしいか」

「あ、いや……、そうじゃなくて……。その、私が謝ろうとしてたから」

「何で」

「何でって……、私が、我儘言って、言い方が悪くて、ユラは心配してくれただけなのに、私が意地張ってたから」


ユラが謝るとは思いもしなくて、けれどそれはユラも芽依に同じ思いを抱いていたようだ。本気で驚いている表情をしていた。


「意地張ってたのは俺の方でしょ。視野が狭くて、良く考えもしないうちにあんたを否定した。俺はどうもあんたのこととなると周りが見えづらくなる」

「……、ユ、ラ……?」


どういう意味なのか。あんたって誰だ。主をそんな風に呼ぶのはユラだけだから、分かってはいるのだけれど。

ユラは片手で目元を覆い、くしゃりと前髪を握った。


「あんたを否定するつもりはない。反抗するつもりもない。忠誠なんて当の前に誓ってるし、命を懸ける相手だととっくに悟ってる。だからこそ、あんたが理不尽な危険に晒されるのを黙って見ているわけにはいかない」


大して強くもないのに、我儘で負けん気ばかり立派な君主を持つと護衛は大変だ。


「ユラ……、」


ごめんね。

それを言うとユラをもっと苦しめそうで、代わりにそっと彼の頭を自分の胸に寄せた。魂の鼓動を聴かせるように。

ユラも抵抗など見せず、力を抜いてされるがままに芽依の力に従った。そこで口を開くから少しくすぐったい。



「ルカが優秀で、あんたのことをちゃんと考えている奴だということは充分分かった。……結局、俺が間違ってたんです」

「誰も間違ってなんかいないわ。ユラは私を護ろうとしただけ。任を果たそうとしただけよ」



表情が見えない頭に、謝罪の意味を込めて額をくっつける。



「私も、ごめんなさい。……リアさんの名前を出すなんて狡かったわ」

「……あれはちょっとキましたよ。俺がそれ以上言えないと分かっていながら」

「だからごめんって。そこは全面的に私が悪い」

()()()?他には?」

「意地悪ね。ルカのことは変えるつもりはないわよ」

「分かってますよ。強情な君主の護衛の時は、今度から手当て付けてもらわねぇと」




そのまま眠ってしまったユラは、芽依が谷に落ちた時からずっと寝ていなかったと後で聞いた。






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