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呪われた君主  作者: 咲乃いろは
第一章 受け継がれた君主
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魂が見せたもの

その日、夢を見た。


久々に記憶に残る夢だった。


知らない空間に一人立っていた。何も見えず、音も聞こえず、動いているものもなく、渇いた世界がただ茫然と広がっていた。ここはどこだろうと疑問が浮かぶ前に、芽依は答えを知っていた。





ここは、呪いに侵された世界。



















「────…っ!!」


半ば弾かれたように飛び起き、勢いで布団はベッドの下にずり落ちた。額から滴る程の汗、背中もびっしょりである。顔に貼り付く髪を退け、汗を手のひらで拭う。そこを手当てされているのを忘れて、思いっきり触れてしまった。汗をかいていたことも手伝って、ガーゼがポトリと膝の上に落ちる。


「悪夢でも見ました?」

「ひっ!!」


突然上から降ってきた声に、芽依は引き攣ったようなみっともない声が出た。身を固くしたままで見上げると、壁に背を預けたユラが銅像のように立っていた。


「ユユユユユラ!び、びっくりするじゃない!」

「変な声聞こえてくるから魔物でも入り込んだのかと思って心配してやったんでしょ。失礼な」

「それどっちが失礼なのよ」


ユラは嫌味ったらしく口端を上げてニヤニヤしながらも、サイドテーブルにあった水をグラスに注いで芽依に渡してやる。


「ん」

「あ、ありがとう…」


息が上がって血液は沸騰していそうなのに、何故か体温が低い。汗で冷えてしまったのだろうか。

水を喉に通すと、冷水でもないのに血を落ち着かせるように染み渡っていく。一口飲むと二口三口、と結局グラスが空になるまで飲み干してしまった。

ふう、と息をつくと、待っていたようにユラの声がかかる。


「いい飲みっぷり」

「ごちそうさまでした」

「で?」

「ん?」


ユラがベッドの脇にしゃがみ、今度は下から覗き込むように芽依を見上げた。薄暗い中でも彼の翠色の瞳は光源のように光を放つ。


「こんなに冷たくなるくらい、どんな夢見たんですか?」

「っ、」


男性特有の骨ばった手の甲が、すっと芽依の輪郭を撫でる。汗を掬うように、慎重に。冷たいと言った彼の手の方が冷たかった。


「す…少し怖い夢…。暗くて、目を開けているのに何も見えなくて、聞こえなくて、冷たい世界。怖いと思ったけど、そう思う前に感情を奪われていって、無となった」


上手く言えない。語彙力のなさだとかそういう問題でもなく、あの夢はどんな表現をしてもしっくりくるものなどないのだ。これ以上何を言っても同じことしか言えないような気がして口ごもっていると、突然視界が遮られた。


「っわ!」

「魂は本当に本物ってわけか」

「っ?え?何?」


どうやらユラが布団を頭から落としてきたようで、バフバフと顔の出口を探す。その音で彼が呟いた何かは芽依には聞こえなかった。やっと顔を出せば髪は静電気でぐちゃぐちゃ、パタリと閉まった扉の音がした後で、ユラの姿はもうなかった。












***












途中で目が覚めてしまって、もう眠れないと思っていたのだが、枕に頭を置いてしまえば、再び寝入るのは早かったらしい。寝てしまったことも覚えていないくらいに熟睡してしまった。異世界という不慣れな場所であるとはいえ、キングサイズのベッドは本当に寝心地がよかった。人生でこの大きさのベッドに寝れるなんて思わなかった。


「メイ様!起きてください!」

「んんぅ…、学校…、めんどくさい…」

「何を仰っているんですか!ここはミリナ国ですよ」

「!」


バスティンの呆れが混じる声で、芽依は完全に目を覚ます。一晩明けて、忘れていたのだ。

自分がこの国の君主になってしまったということ。


「やっと起きられましたね。何度お声掛けしたと思ってるんですか」

「あぁ、ごめんなさい。ベッドがあまりにも気持ちがよくて」


顔を洗おうと目を擦りながらベッドから足を出すと、バスティンが温かいタオルをよこしてくれる。一瞬何に使うのかとそこを見たまま固まっていると、バスティンの方が怪訝な顔をした。


「顔をお拭き下さい?」

「え、あ…ああ、そういうこと。ありがとう」


そうか。今自分は君主様だった。世話を焼かれることに慣れていなく、どうもスマートな対応ができない。しようとも思っていないが。ここで当たり前のように振舞えば、本当に心から君主を認めてしまったも同然だ。せめて気持ちだけでも抗っていたい。


「今度から自分で顔を洗いに行くからタオルは大丈夫。朝もできるだけ自分で起きるわ」

「は、はぁ…」


君主様扱いしないでほしいと暗に滲ませると、バスティンは微妙な反応をした。今までの君主様にどんな世話をしてきたかは分からないが、日課のようになっていることを突然断られては戸惑いもするだろう。だが、彼には申し訳ないが、至れり尽くせりの日常は芽依にはどうもむず痒い。


「ですがメイ姫様」

「君主と言っても、私は放っておいてほしい君主になるわ。自分のことは自分でできるから」

「と言われましても」

「ありがとう、バスティン。気持ちだけありがたく受け取っ」

「メイ様がこの城にいるのは本日までですが」

「て…………、…え?」


タオルは自分で片付けようと持っていた手から力が抜ける。ベチャ、と虚しい音を立ててタオルが大理石の上に落ちた。




芽依は今日から旅に出るらしい。






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