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呪われた君主  作者: 咲乃いろは
第一章 受け継がれた君主
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道連れ

ひとまずこのボロボロの恰好をどうにかしようと、城の一室に入り、手当てをしてもらうことになった。そこはホテルのスイートルーム、いやそれ以上の広さと豪華さで、そこが君主様の部屋だったということは後々になって聞いたことだ。


「いった!ちょっ…もう少し優しくしてよ…!」

「充分優しくしておりますよ、メイ姫。このくらい、我慢してください」

「分かったわ。じゃあ我慢した分、バスティンの髪の毛を一本ずつ抜いていくから」

「!!??」


バスティンは身を守るように、いや髪の毛を守るようにざっと芽依から距離を取った。残り少ない髪の毛がふわりと靡き、勢い余って手を離してしまったピンセットが床に転がった。拾おうとして手を伸ばすと、芽依の手よりも早く伸びてきた手がピンセットをテーブルの上に戻した。


「高齢者を脅すなよ、君主様。手当てしてくれてんのに」

「……ユラ…」


響きのいい甘い声と共に、大きな影が芽依の上に被さっていた。その声で誰なのかはすぐに分かって、振り向きもせずに芽依は忌まわし気にその男の名を呼んだ。


「そんな顔しないでください。何、俺嫌われてんの?」

「当たり前でしょ。あんたの嫌味のせいで承諾しちゃったんだから」

「八つ当たりすか。結果的に決めたのはあんただろ」

「……」


違いない。決して弁が立つ男だとは思わないのだが、何故か毎度何も言えなくなる。黙る芽依に勝ち誇った笑みを浮かべるユラの表情も腹が立つのだ。


「大体、嫌うんなら俺の方ですけど。思いっきり殴りやがって」

「あ、あんたが勝手なことばかり言うからでしょ…。…そ、その、痛かった…?」

「すっげー痛かったですよ。口の中切ったわ」

「えっ、あ、ご、ごめんね…?」


そんなに強く叩いたつもりはなかったのだが、なんせ人を殴ったのなんて初めてで、しかも頭に血が上っていて、力加減なんてできなかったのだ。ユラだって芽依を怒らせるようなことを言ったのだが、さすがに殴るまでのことはなかったかもしれない。しかもこんなに綺麗な顔が少し腫れているくらいに強く。さらに口の中まで切ったなんて、傷害罪で訴えられても文句は言えないのではないだろうか。

ビクビクしながら構えていると、ユラはベ、と舌を出した。


「うっそ」

「っはぁ!?」


もう一度引っ叩きたくなった。


「王室付きの護衛がそんな細腕で殴られたくらいで怪我するか。蚊に刺されたのかと思いましたよ」

「っっっ…!こんの、意地悪イケメン!」

「それ貶してんの?褒めてんの?」

「どっちもよ!」


今度叩くときはグーにしよう。そうしよう。それからメリケンサックでもはめて殴ろう。そうしよう。


「で?終わったのか、手当て」


ユラは怒りを握りしめていた芽依の拳をとって、自分の方へ引き寄せる。まだ端を固定していなかった包帯が、ヒラリと垂れた。横目でバスティンに確認をとっていたのに、返事など聞かずにユラはそれを手際よく巻き直していった。まだ手を着けていなかった他の傷にも消毒などをさっさと済まし、最後に処置を終えた額の傷をガーゼの上からペチンと叩いた。


「あいた」

「おしまい。結構酷い傷もありますので今夜は早く寝て下さい。化膿して発熱されても面倒です」

「は、はい…。ありがとう…」

「どーいたしまして」


ユラは何食わぬ顔で部屋を後にしたが、奴は一体何をしに来たのだろうか。ピンセットが落ちる音を聞きつけて拾いに来たとか。地獄耳すぎて怖い。神経質すぎて恐ろしい。




「申し訳ありません。ユラが不躾で」

「あ、いえ…」


出逢った時はお前も充分不躾だったけどな、と思いながらも、眉を下げるバスティンが可哀そうに思えてきて芽依は思わず黙る。


「奴は腕は確かなんですが、どうも口が悪くて」

「はぁ…」


悪いのは口だけだろうか。態度も充分悪いし、あの人を見定めるような目はとても君主に向けるようなものではない。かと思えば手当てをしてくれた手つきはいやに優しかった。バスティンがするよりもずっと痛くなかった。


「根は悪くない奴なんで、多めに見て頂けると助かります。現状、ユラ以上にメイ姫君の護衛につく者としてふさわしいものはおりませんので」

「なに、そんなに強いの?あいつ」

「強いってものじゃありません。武術、剣術、策略、統率。何処をとっても奴の右に出る者はミリナ国にはいません」

「ほお、それはまた……」

「ただ、それだけの強さのためか、呪いを運ぶのもユラなのです」

「え?」


しゅん、と項垂れるバスティンは気を落としているようにも見えた。ユラが心配なのだと親心のようなものなのだろうか。

それにしても、呪いを運ぶとは一体何のことか。芽依が訊く前に、バスティンは話してくれた。


「先程もご説明致しました通り、土地に眠る呪いは、フリスの地に葬るため、一旦人間の身に宿さねばなりません。その役目を追うのが、今回はユラなのです」

「……それは、身体に呪いを受けるということ?受けたらどうなるの?」

「呪いは種類によって様々ですが、時の呪いはその名の通り時を狂わせる呪い。生命の時、空間の時、物質の時。基本的には呪いを抑え込める者がその任を追うのですが、そこに絶対はありません。いくら強靭な肉体や精神を持つ者でも、人間です。弱ることもあれば、バランスが崩れる時もある。そうなれば呪いは暴走し、最悪その人間は死に至ります」

「……っ、」


呪いという時点でいい話であるはずがない。そんなことは分っていたのに、実体を耳にすれば恐ろしいものだと確認のように実感する。

ユラがどんなに強い護衛なのかは分からないが、人間であることは間違いなくて、彼もまた、芽依と同じくらいに理不尽な境遇に合わされるのだ。だからあんなに意地悪を言ったのだろうか。八つ当たりはあっちの方だったのではないだろうか。


「極々私情なことではありますが、ユラは小さい頃から私が面倒を見てきたものでして、息子も同然。国の為だとは言え、受け入れ難い状況ではあるのです。もちろん、姫君にも無理を申しているのも分かっております。分かって頂きたいのは、姫君が一人で苦しむのではないということ」


真剣なバスティンの表情に、芽依は何も言えなくなった。







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