episode37 王を理解しようとした者がいた件
【前回のあらすじ】
全国大会の決勝後、岩佐宏美と喧嘩別れした柴崎楓は、心を閉ざしてしまった件
「……であるからして、一八四八年にウィーン体制が崩壊しました。一八四八年は、それ以外にもたくさんの出来事がおきましたので、いやしーやこの年は、と覚えてください」
ドヤ顔で話す世界史の先生の語呂合わせは絶妙に使えないため、誰一人としてそのギャグに反応しない。
まだ教師生活三年目の先生は真顔で黒板に向き直り、板書を始める。
せめて意思なく(一四七九年)成立エジプト王国とか、関連事項と覚えやすいものを教えてほしい。
眠たくなる授業を聞き続けるくらいなら、軽くラジオのように聞き流しながら内職した方が効率がいいのでは。
そう思い、俺は教科書でノートと問題集を隠しながら、問題を解いている。
周りを目だけで監視すると、結構な人数が別の教科書を開いているのがうかがえる。
ネットで拾った知識によると、先生からは内職をしていると結構バレてたりしているらしい。
だからこそ俺は、世界史の授業で世界史の内職をするという「僕、世界史やってますよ保険」に加入している。
実際、今まで一度も先生から指摘を受けていないため、みんなにこの保険に加入することを勧めたいが、あまりに加入数が多いと、万一誰かが怒られた時に連帯責任になる可能性が高い。
そんな気付かないうちに連帯保証人になることはせず、陰に潜みながら続ける。
ふと窓際を見ると、柴崎の長い髪と背中が目に入る。これまた珍しい光景だ。
いつもつまらなさそうにしながらも授業を真面目に受けている彼女が、完全にうつ伏せになって寝ている。
陽の当たり具合も絶妙で、さぞかし気持ちよさそう。
何の夢でも見ているのかと、夢愛好家の俺は柴崎の脳内が気になった。
成績が優秀なことは既に職員内で周知されているのか、はたまた今まさに起きている事件が原因なのか。
目の前の新人教師は声を掛けるのをためらうように、何度も柴崎のことをチラ見していた。
三年生の四月、ほとんどの人は内職に忙しいからそれに気づいていないだろうが。
が、今気になるのはその前の席。
柴崎の寝てる姿が先生の目に嫌でも入ってくる理由。
星矢の連続欠席。
春木先生にたまたま昼休みに遭遇することができたため聞いてみると、風邪での欠席ではないらしい。
それ以上の理由を教えてくれなかったことも気になるが、まあ個人情報ということなのだろう。
本当、あいつは何をやっているんだ。
平和な時間が流れる中、俺はどことなく嫌な予感が胸の中を渦巻いていた。
嵐の前の静けさとでも言うのだろうか。
授業にも内職にもなかなか身が入らず、ちらちらと廊下側の窓に目を向けるも、その先は見えない仕様になっている。
その時、黒い影が廊下を通り過ぎた。
短い時間であったのと、ぼんやりとしか窓の先の物体が見えないため、よく確認できなかったが、背格好や色から男子生徒であることは気付いた。
授業中にお腹でも下したのだろうか。
なんだか悶々とする気持ちを抱えながら、頑張って徹夜で作ったような語呂合わせを披露する世界史の授業を聞き流しながら過ごした。
***
ざわざわと教室の外が騒がしい。
世界史の授業が終わり、次は体育の授業のため更衣室へ移動しようと体操着を抱えると、いつもより廊下の喧騒が大きいことに気付く。
俺は扉を開けて青信号になって横断歩道を渡る小学生のように、廊下の左右を見渡すと、中央階段に人が集まっているのを確認した。
まさかと思い群衆に紛れる。
予感した通り、掲示板にまた、例のポスターが掲示されていた。
内容は前と全く同じもの。昨日と同一犯で間違いはなかった。
「柴崎ってやっぱり顔がいいだけの女だよなー」
「この学校に入れたのも、裏口入学だったり。だってあの人、三年生になってこの進学校に来たんでしょ」
「俺はいいと思うぜ。どうせ裏ではヤリまくってるんだから、俺にもいつかチャンスあるかも」
沸々と胸の奥から怒りがこみ上げてくる。
聞こえてくるのは全部、柴崎の悪口ばかり。
今いる生徒の中に、クライメイトはいない。
つまり、柴崎のことをろくに知りもしない連中ばかりだ。
にも関わらず、どうしてこんな紙ペラ数枚に書かれた、事実かも分からない戯言を信じて平然と悪く言えるんだ。
確かに柴崎の人に対する当たりは強い。
けれどそれはきっと、過去に何かがあって人を避けているに違いない。
あれだけきれいな人だ。
常に嫉妬の目を向けられて、いじめのようなことを過去にも受けてきたのだろう。
だからこそ、人を本気で信じ切れていないのかもしれない。
それこそ、走れメロスの王様だ。
彼女はきれいだから。
彼女は気が強いから。
彼女は悪い人だから。
王は悪者だから。
本人の本当の心を知らずに、ギャーギャーとわめく群衆。
理解するのを最初から諦めている。
まるで、風のように走るメロスに虚言を告げてその足を止めようとしたフィロストラトスのように愚かだ。
俺だって柴崎のことを完全に知り尽くしている訳じゃない。
けれど、夢の侵食で出会って、恋愛シミュレーションゲームで協力しながら少し心の中を覗き込んで、そうして知った柴崎楓という人物がけなされるのを、黙って見てることはできなかった。
メロスでもなく、セリヌンティウスでもない。
あの物語では出てこなかった第三者として。
王を理解しようとする一人の男として、俺は声を上げようと息を吸い込んだ。
「みんな、やめないか!」
その声を出したのは、自分ではなかった。
いつの間に階段を上がってきたのか。
群衆の見つめる先、俺の驚いた目の先には、弓道部顧問、峰田先生が中央階段の前で腕を組んで立っていた。
2章episode2「走れメロスを論じた件」の伏線がここで回収されました。まだ読んでいない方がいましたら、ぜひ読んでほしいです!




